真田三兄弟 信綱・昌輝・昌幸

 武田の軍団は炎のように赤い


 赤備えと呼ばれる、具足を赤色で統一し、それが戦場を覆っていく姿は大火が燃え広がるようで、まさに武田信玄が旗として掲げた風林火山の侵掠如火(しんりゃくすることひのごとく)、これがぴたりと当てはまるだろう


 そんな武田軍が攻めてくるのだから、徳川方の緊張もひとしおである


 ただ、武田方もその軍団の中にはある一種の緊張が走っていた


 15000の大軍を甲斐国躑躅ヶ崎館に集結させた武田勝頼は武田家の始祖である新羅三郎義光しんらさぶろうよしみつ着用と伝わる楯無鎧たてなしよろいと日章旗の御旗みはたを持ち出してその御前で誓いを立てる


 「我らを裏切り徳川に奔った逆賊、それを見過ごすわけにいかず。今より三河へ出撃し憎き奥平の首を挙げる。御旗楯無もご照覧あれ!」


 この誓いは始祖の義光のみならず武田家の20代目として先祖代々に対して立てたものなので、もちろんここには武田信玄も含まれる

 これからの戦は長篠のみならず、織田の援軍を打ち破れば徳川方の城を連戦で奪い取り隙あらば浜松城も狙うという重要な戦いだ


 これは奥三河の地で病に倒れて信濃国伊那の駒場にて帰らぬ人となった信玄を越えていくための挑戦でもある

 亡き信玄のためにも、との意識は武田軍全体で共有されており、それが緊張感を生んでいた


 

 武田家や信玄に対する忠誠心という意味ではこの三兄弟もまた高い


 それは信濃国の小県郡ちいさがたぐんに領地を持つ真田家の兄弟で長男の信綱のぶつなから昌輝まさてる昌幸まさゆきと続く

なお、三男の昌幸は甲斐の武藤家の養子に入り武藤喜兵衛昌幸むとうきへえまさゆきと名乗っている


 彼らの父である真田幸隆さなだゆきたかはかつて流浪の身であったが若き日の信玄に登用されてからは調略などで大活躍し、故郷の信濃国小県に居を構える重臣となった


 幸隆は既に死去しているが生前息子たちには自らの経験を伝え、


 「武田家には多大なる恩があるからお前たちもしっかりと武田家を盛り立てていくのだぞ」


 と節々に言っていた


 父のその教えを胸に真田三兄弟は武田軍中衛として甲斐を出陣


 武田軍はその先鋒に山県昌景、内藤昌豊、馬場信春。中衛に武田信廉、武田信豊、真田信綱・昌輝、原昌胤。本陣が武田勝頼で武藤昌幸も従軍。後陣に小山田信茂、穴山信君・・・


 その錚々たる顔触れは織田徳川を恐怖に陥れるには十分なものであった


 武田軍は総大将こそ信玄から勝頼に代替わりしたものの、大将格には信玄期からの経験豊富な猛将が揃い、穴山・小山田などの一門衆もしっかりと勝頼の両脇を固める


 これは武田家の全盛とも言える編成だ


 その中にあって真田隊も整った隊列や高ぶる戦意などは外様の出身ながら譜代の部隊にまったく引けを取らない

 意気揚々として富士山を横目に信濃国諏訪へと入る


 行軍の途中信濃の高遠城で休息を取った時のこと


 真田信綱や昌輝に加え、本陣に従軍していた武藤昌幸も城下の草むらに焚火をして集まり、束の間の談笑をした


 まず信綱が話す


 「こうして三兄弟で集まって話すのは久々だな。昌幸はどうだ、武藤家で達者にやっているのか?」


 信綱が弟の昌幸を気遣う

すると昌幸は兄の気遣いに感謝しつつ、


 「ご安心ください。周りの者にも支えられて頑張ってますから」


 と返答し自分の胸を強く叩く


 これに信綱は笑顔を浮かべていたが、その隣に居た次男の昌輝があることを暴露する


 「昌幸、兄上の気遣いに騙されてはいけないよ。あんな大人に見えて戦支度の時には家臣の助けを借りてばかりなんだから。ねぇ兄上?」


 昌輝の話を聞いて昌幸は信綱の顔を見る

すると信綱は「言わなくていいものを・・・」と漏らしながら赤面する


 それを横目に昌輝が徳利を持ち出すと、


 「日も沈んでしばらく経つ。そろそろ一杯飲むとしましょうか」


 兄の信綱、そして昌幸に盃を配って酒を注ぎ、最後に自らの盃にも酒を並々注ぐ


 信綱は弟の注いだ酒を一回で飲み干し、昌幸は兄が注いでくれたことを恐縮に思いながらも口に進める


 最後に酒をいただいた昌輝がボソッと言う


 「これがずっと続くといいんだけどな」


 その言葉に他の二人も頷き、


 「また会おう」


 と声を掛け合ってそれぞれ陣所へと帰っていった


 同じ陣所の信綱と昌輝はともかく本陣にいる昌幸とは滅多に会うこともないわけなので、二人の兄と昌幸は必ず再会すると誓ったのである


 その誓いは叶うのであろうか・・・



 ※人物紹介


 ・新羅三郎義光:源義光。源頼朝らの祖である八幡太郎義家の弟。武田氏や常陸国の佐竹氏、信濃などの小笠原氏の始祖。

 ・真田信綱:真田兄弟の長男。

 ・真田昌輝:真田兄弟の次男。

 ・真田昌幸:真田兄弟の三男。以降、戦国の世を渡り歩き表裏比興の者と言われ、また戦も得意で特に徳川家康は彼に二度も煮え湯を飲まされた。

 ・真田幸隆:若き日に所領を追われて流浪していたが信玄に登用され、砥石城攻略や調略などで大活躍し確固たる地位を得た。

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