奥平貞能

 奥平家当主、奥平貞能は息子の説得に顔をしかめる


 離反するには時期尚早に思えたからだ


 貞能は長篠城主として一族郎党や領民の命を預かっている

軽率に判断を下してはならない


 「貞昌、言いたいことは分かったが、お前が口出しをする事ではない」


 貞能は貞昌の説得を一通り聞いたものの、やはり時期尚早と考えて立ち去ろうとした


 「話はまだ終わっておりませぬ!」


 そこへ響き渡る貞昌の力強い声


 貞能も思わず足を止める


 「確かに時期尚早です。ただ、父上は奥平家がこのままどこからも信頼されない小豪族のままで良いとお考えでしょうか!?」


 「私はこのままで良いとは思いません。その時の強い者に移り、周りが離反してからそれに靡いていく。そんなことでは信頼されず、出世は見込めません」


 貞昌は話に抑揚をつけながら貞能の背中に向かって語りかける


 だが、貞能は息子の真意が掴めず困惑し、後ろの貞昌を質す


 「・・・お前は出世をしたいから離反をするのか?」


 父である貞能としては真意が他の所にあってほしかった

果たして貞昌は・・・


 「はい」


 そう答えた


 貞能は頭を抱えながらも息子にもう一度質問する


 「確かに徳川に寝返り、武田の侵攻を防ぎきれば扱いが変わるかもしれない。ただ、わしは問いたい。そこまでして出世したい理由はなんだ?」


 財産とか地位とか、そのような答えを想像しながら尋ねる貞能


 しかし、息子の答えに貞能は見ている景色が一変した


 「我々は長篠という奥地にあって細々と暮らし、周囲の強敵に翻弄されています。領民にはもっと良い暮らしをさせたい。そして家臣などには信頼を受けて堂々と歩んでもらいたい。そして何より、信頼されず怪しまれながら生きてきた父上に信頼というものを味わってほしいのです・・・!」


 「さ、貞昌・・・っ!」


 貞能の脳に稲妻のような衝撃が走る

確かに小さな豪族なので危うくなってから離反しても城を奪われることはない

 ただ、いつ裏切るかもわからない者は周りから常に疑われる


 もちろん、武田を見限れば家族が犠牲になるが、それはいつ離反しても同じこと

 重要なのは徳川に寝返った後、武田の猛攻を耐えて信頼を勝ち取れるか、だ


 昨今の情勢を鑑みるに徳川家康とその同盟者織田信長の連合は一番勢いがある

それに唯一対抗し得るのが武田家であり、その武田が敗れ去れば織田徳川の連合は覇者への道を突き進むだろう


 そういった重要な局面で徳川に味方し勝利に貢献できたなら、外様といえども一目置かれるようになる

 これが貞昌の狙いだった


 一方で貞能のこれまでの考えに従うと、武田が追い込まれるまで様子を見てから離反したとしてもこれまで通り外様の小豪族として人質を要求されてそのまま乱世を終える

 安全策とも言えるが、信頼もされないし面白味もなく、縮こまったまま人生を過ごす


 (わしは大きな勢力の狭間で細々と過ごすあまり、考え方まで小さくなっていた。他人から信頼されず無難に終えるよりも、貞昌の話に乗ってみようではないか!)


 貞能は息子の方を振り向き、念のため貞昌に覚悟を問う


 貞昌の目線はじっと父である貞能の目を捉えて離さなかった

ここに貞能も腹をくくる


 こうして、奥平家は武田を見限り徳川の傘下に入ったのだ

これから奥三河にて巻き起こる織田徳川連合と武田家の雌雄を決する戦いにおいて、長篠城とそれを守る奥平家は重要な存在になっていくのである―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る