第4話 騒音騒動
「聖女ちゃん。」
夜。静々と騎士ルシフに呼び止められる。
こうして子供達と戯れていると思わず時を忘れがちだが、今日はいよいよもう一つの目的、騒音騒動の元凶の解明に向かう日だ。
私が孤児院にいる間、騒音を感じたことはなかったが、子供達がいる間ではよく赤子や子供の泣き声などが聞こえたらしい。ここの孤児院は小学生くらいの子からしか預けていないのにも関わらずだ。
もしやそれは騒音ではなくポルターガイストや霊的なことではないかと思ったが、院長的には聖女はそのような霊的なモノにも効くらしい。
聖女の力をどう使うのかすら、否。自分が聖女ということすら信じられないのにもかかわらず、聖女がうんたらかんたらと言われても何がなんだかわからないことだが、とりあえずやる気だけは見せておくこととする。
「はい。頑張ります。」
極めて無難にそう返した。
ふと、少し離れたところにぽつねんと少年が立っている。オトナについて話した哲学少年だ。
何故彼がここにいるのか少し不思議に思って目があった瞬間、彼は虚な目をして泣き始めた。
「あゝあああぁぁぁぁあああああああ」
悲鳴の様な叫びに思わず耳を塞ぐ。これは本当に少年の声なのか、
否。
ナニかほかの生命体までもが少年の声に合わさったような奇妙な音が混じる。
それと同時に黒々としたオーラの様なものが霧の様に襲いかかる。
咄嗟の出来事に怖くて足が動かない。咄嗟に騎士が私を庇おうとしたらしく、仰々しいマントが目の前を横切るが、間に合わない。それを見て、あ。会って間もない私のことを庇おうとしてくれるんだ。なんて場違いなことを思う。
「聖女!伏せて!」
騎士の叫び声が聞こえた瞬間、視界はブラックアウトした。
◯◯◯
「ネェ。カミサマっているとおもう?ボクはねいないと思うんだ。」
太陽を背に少年が問う。
彼は真っ直ぐコチラを見て静かに佇んでいた。
いつのまにか外に出ていたらしい。
外はもう暗かった。後ろの海は陽に照らされててらてらと煌めいている。
ただ赫く、赫い海が有る。
「ネェ。お姉さん。ママにコレをいったらおこられちゃった。そんなこといっちゃオトナになれないよって、あーぁ。ボク一生子供のままでいちゃ。いけないの?」
赤珊瑚のような瑞々しさを兼ね備えた若い瞳がジッと湿度のある目線を向け女に問う。女は今ナニカあった様な気がしたが、よく思い出せない。
本当にナゼカ気分が悪い。
胃の中にトグロを巻いている物体が住み着いている様な、感じたことのない不快感だ。
朧げな気分のまま答える。
「何で、そんな。子供のままがいいの?」
「それはね、。それは、ボクが要らないコだからだよ。ママが言ってた。ボクはそんなことをヘイキにいうオトナになりたくない」
節目がちになり、その瞳がまつ毛で翳る。
少年は大人という生き物に嫌悪を抱いていた。これは切実な悲鳴で子供ならではのSOSだった。少年はまだ幼いにも関わらず、墓場にいる老犬の様な顔をしてその悲痛さを訴えていた。
「ボクはオトナに造られたんだ。だから、誰かのおなかを痛めて生まれてきた子じゃないから、人の痛みが分からないンだって」
そして、大きな秘密を打ち明ける様に、幼さが残る柔い唇を女の耳に引き寄せて呟く。
「ボクね、フラスコボーイなんだ。」
「ふらすこぼーい??」
女はその存在を知らなかった。
「え?知らないの??」
真ん丸の瞳が今にも溢れそうなほど大きく見開き女を見つめていた。女はなんだか申し訳なくなって謝罪の言葉を述べた。
「ナ、なんだか、ごめん。無知で、」
「アハッ、あははっ。なんだ、心配したボクがそんしたよ。そんなことを知らないヒトがいるなんて」
少年はさも幸福そうに笑う。
「そのそんざいを知らないヒトがいることが、今いちばんうれしい。だから知らないままでいて。お姉さんはずっと。そしたらボクはあなたの中でずっと、ずーっと。ふつうのコになれるから」
女はなんだか言わなくちゃいけないという使命感からこう溢す。
「べ、別に私からしたらキミはなんと言おうと普通だよ。本が好きで、足と手が二本あって、目が二つあってこうやって一緒に喋ってる。普通の人間だよ」
少年はそれを聞いた瞬間キョトンとして、クシャりと笑った。彼と会った中でもっとも子供らしい笑みだった。
もう、一生後悔の無いような顔だった。
それから憑き物が取れたように笑い続けていた。川のせせらぎの様にそよそよ笑っていた。
背後の海とあいまって今にも消えそうな、日現実感と透明感があった。
ただ何かのカウントダウンを迎える様に陽が落ちる。生命を体現するような光源が迫る。
少年と陽が重なった。
少年と陽の境目がなくなり、眼前に迫るのはただ赫い、、赫だった。何か、ナニカ彼が違うモノになってしまう様な気がした。
「なにがあったかわからない。私が言えることじゃないけど、いきて、生きてね。きっと振り返ったとき笑える日が、来ると、そう思うから」
遠くてまたクスリと笑い声が聞こえた気がする
「神様はボクに微笑んではくれないけれど、貴方はボクのかみさまみたいだ。」
これが醒めない夢ならいいのに。
…
目の前に広がる白い壁。
身体は何処も痛くはないが、アルコールの様な匂いが鼻をつく。
どうやらここは孤児院の中の保健室らしい。
起きあがろうとすると先程見た様な、既視感のある色がベットの片隅にチラついた。この赤は、、
あ、よく見ると騎士ルシフだ。
彼は先程の少年をそのまま大きくしたらこうなりそうなそんな見た目をしていた。それに今まで気づかなかった。
お互いバチっと目が合う。
「オレの過去を、。見たんだね。
そして、あの時の人はアンタで、オレはやっぱりバケモノだったんだ。」
彼は自身に失望した顔でそう言った。
彼は先程の現象をこと細やかに説明してくれ
た。
彼日く、聖女には人や過去の思念の具現化する力があり、今回はソレがルシフの境遇と孤児院の思念が強かったことから無意識の内に発動してしまったこと。
聖女には時間概念が通じず、聖女は時間移動をした覚えはなくとも時空が歪むことがあること。
そして、今回の出来事について、王は一応正式に私を聖女だと認めることにしたらしく、この様な出来事を度々発生させて、人の気持ちを動かし伝説を創り出して欲しいということ。
「神がいるなら憎いよ。オレは、おれはかみを否定したかった。でも貴方が、貴方が、昔救ってくれたから、ここまで生きてこられた。
オレは、、ホントは、あの時海に飛び込んで死のうと思ったんだ。
貴方がそんな聖女になりたいワケでもないことは分かってる。でも、ありがとう、
そして。聖女になってくれ」
彼は懺悔するような口調でそう告げた。
今女が聖女にならないといけないことを謝られているのに対し、彼の方が辛そうだった。
彼の表情は、さながら刻一刻と裁かれる時を待っている罪人の様だった。
「いいよ。なるよ、聖女に」
女はあっさり承諾した。
正直現在の出来事も含めて何がなんだかわからない。でも、これらもとより断り用のない頼みで、聖女にならなければ、それはそれで死へのバージンロードであったのだ。ここまで来れば諦めの極地である。
でもまぁ頭を下げる彼はイケメンであるし、
「私の初めての騎士が貴方で良かった」
人を救うのに悪い気はしなかった。
◯◯◯
昼下がりの保健室で、彼はポツリ、ポツリと己の境遇を話しだした。
そこには目も当てられない凄惨な状況や、現代日本では考えられないような出来事も含まれていたが、女はその全てを懺悔室にいる牧師のような微笑みで受け入れていた。
そして、話も終盤に差し掛かった頃、彼はやるせなさを含んだ表情でこう締めくくる。
「…自分を信じてみたものの、結局オレはなにも成し遂げられなかった。じゃぁ誰がオレを救ってくれるんだ。」
ふと見ると彼の手が小刻みに震えている。
その震えをとどめるように女は静かに上から掌を被せて口を開く。
「なら、私が、貴方の救いになるよ。
君が私を神様にしてよ。どちらにせよこれから私この国救わなくちゃならないんだし。
君、記念すべき私の信者第一番ね!」
ビシッと男の額に向かって指を指す。
女は文面に合わず、あっけらかんとそう言った。
男が思わず顔を上げると、女は慈愛に満ちた表情で己を見つめている。オキニスの様な瞳が何もかもを見透かす様に、自身に注がれている。
その風貌はさながら天使のようだった。
善を説き、全てを赦す愛だった。
しかし、それでいて天使の真似事をして聖書を詠む悪魔のような、甘美な囁きだった。
男は目を見開いた。
「その言葉、一生違えるなよ。」
猛獣の様な声でそう唸ると、男は神に縋る王族の顔で跪き、女の足に接吻をした。
女は急な展開について行けず、思わず脚を引こうとするが、男はそれを許さない。
「オレが、貴方を、神にしてやる」
一人の年頃の女の足に縋る男の顔には雫が浮びその表情は、神を得られた喜びからか恍惚としていた。
部屋の窓から夕焼けが2人を照らす。
逆光により、この世界で異端の男女の輪郭が色鮮やかにかたどられる。
女に深く傅くその姿は、
さながら高貴な騎士だった。
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