第3話 聖ブルーアワー孤児院
あのね、きいてよ
ーーボクはたしかにフラスコボーイではあるけ
ど、みんなと同じ人げんなんだ。
ーーみんな、。みんなそうだ。
目に見えないことなんてたくさんあるのに、ただ生まれかたがちがうだけでそういって、、
どのしゅうきょうをしんじてもいいって、そういうのに心のおくのぶぶんでしゅうきょうのかんがえかたをすてられてないんだ。なんならそのことにすらきづいてない。
それが“あたりまえ”みたいなかおをしてる。
ぼくはそれがすごくこわいとおもう。
そうか。
しゅうきょうのほうがぼくよりすきなんだ。
そうでしょう。
ーーだからぼくはへんなめでみられるんだ。
うそつき、だいすきよっていってくれたのに、
ウソつき。たすけてくれるっていったのに、
なんでみんなしんじれるの。
かみさまなんていないじゃないか。
それならなんで、ぼくをくるしめるの。
なんで、
ぼくをすくってくれないの
何か声が聞こえた気がして目を開いた。
前にいる騎士もまだ姿勢を保ったまま寝ている。どうやら自分も馬車の中で少し寝てしまっていたらしい。
ゴトゴトと聞き慣れない音が鳴る。
馬車に揺られ中世ヨーロッパ風の街並みを見る。日本からでたことすらない引きこもりには、全てが新鮮な景色だ。
空や海は宇宙の中にある地球という惑星から来た自分からすると、なんとも言えない不安になるような、なぜかトロピカルな色合いをしているが、それ以外は思ったより普通だった。トイレらしき小屋もあるし、建物に差はあれど道端に住んでいる人は少なそうだ。洋服も皆クラシカルで品がある。貧富の差もあまりないのかもしれない。
リアス式海岸の様なごつごつとした海岸線に打ち寄せる波の色には差があれど、音は落ち着いた小豆が踊る様な音が穏やかに鳴る。
馬車内は静かだった。
女はルシフの見た目から陽に棲む人だと身勝手に決めつけていたが、どうやらそうでもないらしい。馬車に乗る時に、おっかなびっくりエスコートはされたものの、入った後は特に喋ることもなく、だからと言って気まずい空気なわけでもなく、ただ緩やかな時間が流れていた。
女はただ物珍しさから外を見ていた。
ルシフは女に、今日早く起きたから寝ていいかだけを端的に聞き、了承をもらえた後その美しい姿勢のまま寝ていた。先ほどは、自分もつられて寝てしまったが。
まだ寝ている騎士をここぞとばかりに見つめる。その姿は綺麗な顔も相まって銅像の様だった。
〇〇◯
馬車が止まった。
ふと見上げると歪な海岸線と崖が交わる所にそれはあった。
青々とした緑の中で町から少し外れた所にある、洋式の建築で柵に覆われた孤児院だ。海の方には同系色の灯台もあり、まだ暗い海を小さなライトがちらちら照らしている。
小さな教会の様なそれは、己の潔白さと人の温かみを象徴するような形でそこに存在していた。建物自体が新しい訳ではなく、白い壁には少しの汚れがあった。
しかしその汚れすらも、受け入れる懐の深さと歴史を感じさせるものだった。
「素敵なところですね。」
なんとなく開放的に感じてそう溢す。
「そうかもしれないっすね。ここにいたことあるからか慣れちゃってわかんないや。」
騎士は朗らかに、笑った。
孤児院の上にある鐘が春の訪れを知らせる暁鐘のように鳴り響いた。それと同時に複数の足跡が降りてくる音がした。
「誰かのオヤがきたの?」
「違う、ちがうよ。お客さんが来たんだって」
「だれ?だれだって?」
「えーとね。すごそうな人。あれ、なんていうんだっけ。正しそうな感じの」
「わたししってるよ!せいじょだって!」
「聖女?あの伝説の?ほんといにいるの?」
「しらないよ、でもなんかいんちょーせんせいがいってたもん!ほんとなんだよ!」
子供達の声も続いて聞こえてくる。
なんだか実際に何をやれば良いかわからなすぎて呆然と立ち尽くしていると、背後から声がかかる。
「ようこそお越しくださいました。お話は聞いております。ここで一週間ほど滞在していただき、騒音の解決をしていただきたいのです。どうぞ宜しく頼みます。そして、フラコ。聖女様をよくお守りするんですよ。」
声の主を探してみるとシワの多く入った顔に穏やかな表情が印象的なお婆さんが立っていた。柔和な顔立ちに子供達を嗜めている様子は、いかにも孤児院の長らしい、年季の入った振る舞いだ。
「ふらこ?」
「フラコとはオレのことさ。オレはルシフと言う名前はあれど、あだ名で孤児院ではフラコって呼ばれてたんだよね。」
騎士が弁解するように言う。
渾名というには言葉の響きが違いすぎるが、まぁ、なにか他の勲章のような意味合いがあったのかもしれない。ここは異世界であるし、渾名のつけ方も違うかもしれなかった。
ここで私達は子供の相手をした。時には一緒に本を読み、時には子供に混ざってかけっこをした。
「…そうしてしあわせにくらしましたとさ。」物語を読み終わると大きな拍手がパチパチと鳴る。子供達は皆純粋で優しく、精一杯まだその幼さの残る手を叩いて喜んでくれた。
みんなで思い思いの感想を共有している中、1人の少年が話しかけてきた。メガネをしていて、洋服ボタンは一番上まできっちり閉めており、手には本を持っている。緊張しているのか上目遣いのルビーの様な瞳が心なしか揺れている。
如何にも真面目そうな少年だ。
「ねぇねぇ、聖女さま。オトナになるってどんな感じ?」
「おとな?」
「うん。このお姫様は王子様と出会って、幸せに暮らしたけど、おとなになるとこんな感じの幸せなおとぎ話を置いていかないといけないんだって、。前、。昔のママが言ってた。
おとぎ話みたいな夢を捨てないと、オトナにはなれないんだって。ほんとうにそうなの?」
「うん、、そうだね。私はきっとママは、その夢を捨てたかったわけではないけど、捨てざるを得なかったんだと思うよ。」
「なんで?なんで、夢をすてないといけなかったの?」
「子供のままでいていいよ、なんて誰もいってくれないからじゃないかな。」
「ふうん、いきなりオトナとしてつきはなされるってこと?」
「そう、だね。」
「それって。それって、とってもヒドイね。」
少年は本当に悲しそうな顔をして立ち去った。
想像よりも難しい問いに頭を悩ませる。
果たして私は聖女、らしく答えられているのだろうか。ここで価値を示すって一体どうすればいいかわからない、が、ココで求められていることが子供達と話すということが含まれていると、思う。そうか、子供、大人として無意識に分けて考えていたけど、きちんと物事を捉えられるし、考えているんだな、
漠然とそう思った。
自分も完璧に大人とは言えないけれど、。
では、一体子供と大人の境界線とはどこに在るのだろうか。世の大人達はいつ大人になったのだろうか。
女は深刻な顔をして悩んでいた。
オタクでヤベェとメロいと尊いしか日常会話で語彙を使ってこなかった女は異世界で子供の隔離という迷宮の問いに向かって考えを巡らせていた。それは現世で言うところの哲学じみた命題であり、異世界に来させなければ考えみたこともなかったような驚くべき思考の変化で在る。
こうして女の異世界聖女生活は一見非常に良好に、目まぐるしく過ぎていく。
この時が嵐の前の静けさだったことを知らぬまま。
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