騎士の独白

希望なんてモノはまやかしだ。


混沌と深淵を交えた瞳で男は目の前の偉業を見つめていた。

彼の目は美しい赤色に彩られているのに対し、瞳の中には恐ろしいくらい何の感情も浮かんでいなかった。彼の顔ではただ形の良い鼻と口がツンと前を向いているだけで、他の筋肉をピクリとも動かさず清廉な芸術品の様な形でその体を保ったままだった。


度重なる宗教のぶつかり、神なんて非現実的なものも信じるモノが多いこの国では人の争いが死活問題だった。

統一の為の象徴を呼び出す考えに至った唯一限りなく神に近しい王という人間は、異世界から人を呼び、それを祭りあげることにしたらしい。

ウワサによれば何百年か前もこの世界で異世界人、聖女を呼び出し発展した国があったとか。そもそも神を頼りにし、その架空の神の信念で争うなんて、、

なんともまぁ、滑稽なハナシだ。


聖女と呼ばれた女が魔法陣の上で光輝く。

壮大な儀式の末、現れたのは世にも珍しい髪と瞳が同色で漆黒の黒百合の様な人間だった。

しかし、異世界から人を呼び寄せるなんていう非人道的だか歴史的な偉業に対して、その場の歓声は少ない。

国教会を作ったのは今この瞬間なのだから。


目的の為に造られた道具としての宗教に価値はない。

この国に在る宗教とは、もっと愚かで親の教育から組み込まれている、半自動的で内在化した盲目的な装置として存在しているものだ。彼らは自身の考えが宗教色を帯びていることに気づいていない。


嗚呼本当に、


黒曜石の様な瞳が困惑を示し揺れている。


本当に。可哀想な女だと思った。


彼女を利用できれば上等で、それでいて少し同情した。自分の仲間が増えた気がした。

何処にも自分のアイデンティティがない自分と、彼女は同じ根無草だ。


この孤独を分かち合えるかもしれない。



オレは自分と同じ生物に一度たりとも会ったことがない。幾度もの実験を経てフラスコの中の人工授精で生まれた奇跡の子供、それがオレだった。

母も父も、オレの友達もみんな誰かの腹から生まれてきているのにも関わらず、オレは現代技術が産みの親で、限りなく異端だった。そこらを駆けている野良犬だって親の腹から出てきているのに、オレの生まれは野良犬以下だった。


同じ子供達からは滅多にみないこの血の様な髪の色からオレを嫌悪し、親にも似ていないからか家族でさえこの色を嫌がった。

科学者は現代技術の革命であり勝利だとオレを持ち上げたが、誰もがオレを気味悪がった。

親はずっと子供が欲しかったらしい。

母は不妊治療をしたが、治らず。どうしても子供が欲しいいう時に声を掛けられたのがこの実験だったらしい。

新聞ではこの実験を、“愛の実り科学で体現”と評し華々しく謳われたが、実際は堪ったもんじゃなかった。

確かに不妊治療でも改善せず悲しい思いをする夫婦がいることは分かってる。

でも、でもそれとこれとは別だろう。



、、前々から違和感はあった。

親と言われる人物は少し自分によそよそしかった。

一瞬愛情は感じたことはあったが、何かを傷つけた時、哀れみを含んだ顔で『貴方は、誰かのおなかを痛めて生まれてきた子じゃないから、人の痛みが分からないのね。』と同情された時無性に泣きたくなった。


一人でに家出したこともある。

友人のハリソンが工場の息子だったから夜の工場で寝泊まりをした。

そこは蜘蛛の巣がところどころあって薄汚くて、臭かった。でも雨風が防げるだけマシだと思った。オレは冷たい石の床の上で暗闇の中で蹲ってた。石はとっても冷たくて、オレの体温を次々に奪っていったが、それがなんだか一番時の進みを感じられたので一切の身動きをせずにそこで工場のシミとかを無限に数えてた。その時は、丸々と肥えたモルモットみたいなネズミが同居人だった。

そいつは、逃げる時は機械仕掛けのゼンマイ車並に速いのに、すぐ躓いてひっくり返ってワタワタしてる鈍臭いやつだった。

チャームポイントは背中の模様で、なんかに引っかかったのか稲妻みたいに禿げていて、そこだけ剥き出しの肌が妙に厳つかった。例えるならゆるふわマスコットが鉄の金棒を持ってるような歪さがあった。オレはそいつと三日三晩一緒にいたが、4日目の朝、そいつはただの物に成り下がった。

今時の子供はぬいぐるみを抱いて寝るらしいが、4日目オレが抱いていたのは死骸だった。

全く笑えない冗談だ。

結局親は探しにこなかった。


親の愛を感じるために自傷行為をしたことだってあった。ただ傷が淡々と痛いだけだった。痛みがあることで傷周りがどくどくし、生きている証を感じると同時に、生産性のないことをしている自分に腹が立った。

その時初めて血をよく見た。粘り強くただ執拗に流れる様子が自分の様だった。

それを見て彼らは鈍臭い子ねと、そういった。


オレだって別に、生まれてきたくて生まれてきたワケじゃない。


理科室にある小さなフラスコを指さして「コレがキミのママなの?」と同級生から言われたときは殺そうと思った。

それを捕捉する様に先生がオレをフラスコのおかげで生まれてこれた凄い子なんだと説明し、渾名がフラコになった時絶望した。


それでも一度だけ、努力をした事がある。

愛されようと親に手をのばす赤子が純粋無垢に親に向かって救いを求めるように、血反吐を吐きながら努力したことがある。

母は、この剣術大会で一位になったらなんでも好きなものを買ってあげると言った。それは、区で行われる大きな大会だった。オレはこれで一番になれば親が自分を愛してくれると、

そう、錯覚した。


大会の時のことは、あまり覚えてない。

ただがむしゃらに覚えた剣術で人を薙ぎ払った。練習のしすぎで痛覚の鈍った腕が空気を切る。

あぁ、おれ、腕飛ぶかも

剣に血が滲む、いたい

汗で前が見えない

でもこれをこれに勝てば彼らはオレを見て微笑んでくれると、オレを誇りに思ってくれると、そう、思って。

最年少で優勝したオレは救いを求める様に見に来ていた観客席にいる彼らを仰ぎ見る。


かれらの目には ひかりが なかった

両親がオレをみて浮かべていたのは恐怖だった


「私たちはなんて言うバケモノを生み出してしまったんだ」そう部屋で話しあっていたのを耳にしたとき自分の喉が引き攣り、叫びを止めるのに必死だった。

オマエが、オマエたちが俺を作ったんだろう。そうだろう。と、



その後大会の活躍からか彼らの宗教団体がオレに対して異端審問をかけてきた。それはまずオレの出生、つまり生命倫理に対しての問いであり、人類が生命を作り出すことに照らして聖書に問うらしい。


結果、オレは異端だった。

そして、両親はオレを手放した。


彼らはオレを手放す時、ナニカから解放された様な顔をしていた。


オレは宗教を憎んでいる。

人間は知識を発展させ、科学を生み出したが、そうして生み出した化学と技術を、宗教は否定したからだ。

確かに、科学は人間が如何に生きるべきかに対する答えを提供しないが、宗教だって必ず正しいのかはわからない。人の数だけ捉え方が変わる宗教の在り方に整合性を問う方がおかしなことじゃないのか。

あの時、人間の在り方について、「それは尊重されるべき、尊重されなければならない不可侵なものとしてあるのだ」と神父は極めて厳かに、これが絶対的な正しさであるような顔で宣言していたが、それに客観的な根拠はない。

典拠がない論文を声高に報じられた気分だ。

根拠を言え、根拠を。

まるで自身が神の様に語りやがって、

それはオマエ達の、宗教の影響下に形成された曖昧な道徳感情にすぎないンじゃないか。

なぁ。

頼むよ。

そんなものでオレの存在を否定しないで。

オレを測らないで。


じゃぁ、

オレが異端であるならば、

誰がオレを救ってくれるんだ


結局、オレは宗教のせいで気味悪がられて、捨てられた子供だった。



それからオレはオトナが嫌いになった。

オレを創り出したオトナを、そしてオレを否定し、捨てたオトナというものを。


そして自分を押し殺すようになった。

一人称は優しく、穏やかに聞こえる様に“僕”にしよう。

誰かに愛される人になれないなら、誰からもなんとも思ってないと思われるような、薄っぺらい人間になろう。


快活であれ。

明るく誰からも好かれる様に

軽薄であれ。

皆にオレの憎しみを知られない様に

この妬みを、僻みを知られ憐れまれない様に

笑え。

この苦しみを知られない様に

笑え。

笑え、

わらえ




わらって



◯◯◯


孤児院に預けられていた頃

暗闇のなか、ふとあるお姉さんに会った。

あの時は、みんなからなら渾名がフラコになって丁度、やっぱり死のうと思った。孤児院の後ろは海だったから、跡形もなく消えて亡くなるには丁度いいと思ってた。


海が羨ましい。

何処までも広く自由だから。

死のうと思っていた矢先、気味悪がられてたオレに向かって真摯に向き合ってくれた人。

短い時間であったけど、顔に合わない幼女趣味なオレに丁寧に絵本を読んでくれた人。

彼女は黒百合みたいだった。


ビー玉みたいに透明な眼がオレに一心に注がれていた。いつぞやの俺が心から欲してた瞳と眼差しだった。

「生きて、生きてほしい」

彼女のその言葉を聞いて、オレはもう少しだけ、あとほんのちょっと生きて見ようと思ったんだ。オレなんかに対して、そんなことを言ってくれる人がいるならば、オレと彼女を生んだこの世界をもう少し許せそうだったから。


そして、今

女ー聖女が当時の彼女だったことを知った。

少し似ていると思ったが、まさか本当に彼女だったなんて。そして、その可能性に気づかなかった自分の愚鈍さに腹が立った。

嗚呼、それで、聖女が昔と同じ暖かな眼差しを浮かべたまま己の救いになると、そう言って


漸くきづいた。

認めよう。オレも直情的で盲目的な愚か者になってしまったということを。

あるものは生涯をかけて探し、またあるものは存在を否定する声のせいで疑うこともあるこの正体。 

人々がそれほどまでに探し求めるそれは、

貴方がいまくれた、それ、は、


これが愛なのだろう。



これが俺の神なのだろう。と。



思わず彼女の脚を引き、騎士の誓いをした。

ただひたすらに、祈る。

心から祈るのなんて久しぶりだった。子供の頃にでた大会に勝つために祈った以来の試みだ。


緊張で声が上擦った。


「オレが貴方の剣になります。貴方の剣として共に生き、共に戦い、共に死なせて下さい」


何故かオレは泣いていた。

目と鼻から水が止まらない。

親と別れた時だってこんなに泣かなかったのに

本当、何から何まで格好が悪い男だ。

今自分が猛烈に恥ずかしい。

顔から火が出そうだ。

彼女はオレを見てちょっと困った様に笑ってからこう言った。


「こちらこそ、私を聖女にしてくれてありがとう。」と。


遥か遠くの方で子供たちが夕方に歌う讃美歌の声がする。幼い声が日常を彩る。

優しい光が窓から差し込んでいた。

天もこの出会いを祝福している様だった、


彼女が受け入れてくれた喜びから、こころがふわふわする。


こちらを見てはにかむ彼女は、

花束みたいな人だった。




嗚呼、今俺は計り知れない愛の中で生きている

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