断章(壱)
六月三十日。
螺旋神社の参道に立ち、一人ほうきを動かしている少女がいた。円谷まどかである。
円谷がこの神社の管理を始めてから、この次元の時間で二年と二ヶ月ほどの時間が経っている。参道の掃除は毎朝の日課だった。この次元での生活は不便だが、こうやって自分の手足を動かして道路を清めるというのは嫌いではなかった。
地面に落ちた葉や花や小石を、ほうきを使って一カ所に集めていく。その時だった。
円谷と同じく制服を着た、男女二人の中学生が鳥居の前を通り過ぎていく。
そのうちの一人に円谷は目を留めた。彼の名は北条廻。円谷と同じ道堂中学三年一組のクラスメイトであり、円谷の〈監視対象〉でもあった。
隣にいるのは廻の友人、二階堂環だろうか。円谷はわずかに目を細める。が、廻の方が視線に気づいたような素振りを見せた。
円谷はわずかに頭を下げてみせる。この次元において、特定地域で行われる動作だ。相手に対する敬意を示し、またあるときは敵意の無さを表明し、あるいは何の意味も無く行われる動き。最初は知識としてインプットされていただけだったこの行動も、今では随分と板に付いた。と、円谷は自画自賛のようなことを考える。
廻の方も似たような動作を返し、学校の方へと向かった。おそらく、このまま学校へと向かうのだろう。普段の彼の生活リズムとは違っている。平日は始業時間の十五分前──八時十五分頃に学校に着くのが、普段の北条廻の習慣だ。
しかし、そう深く考えるようなことでもないだろう。普段と違う時間に起きることも、早くに学校に向かうことも、そこまで珍しいことでもない。
こんな些細なことが気になるなんて、自分でも知らないうちに気が立っているのだろうか。円谷はそんなことを考える。
だが、問題は無いはずだ。今日一日、〈特異点〉への警戒は怠れないが──今日さえ乗り切ってしまえば、当面の間、問題は起こり得ない。
そう、問題は何も無い。
円谷は、自分に言い聞かせるように、心の中でもう一度呟いた。
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