第17話 依存

 燃えている。赤黒い炎が渦を巻くかのように。

 屋敷が、庭の木々が、そして人間が。

 全て、燃えている。今、この時も。様々なものを焼き払う。無慈悲に。自然の猛威のままに。


 猛火から逃げ惑うベイリー家の兵士と使用人は、屋敷周辺を隙間なく包囲しているカーソル家の兵士に、容赦なく殺されていく。


 燃えて死ぬか、剣で斬り殺されるか、槍で突き殺されるか、はたまた弓矢で射殺されるか。どれを選ばざるを得ないにしても、死を免れることは出来ない。もはや、全滅の時は近い。



 「どうするの、コハク?」



 小高い丘の上で眼下の光景を見つめていると、アンジュが問いかけてきた。

 直接、手を下すことにこだわるか。それとも、このまま見届けるのか。

 どちらを選ぶにしても、レンド・ベイリーは死ぬ。当主も、その親類も全て。

 きっと明日には焼け落ちた屋敷と焼死体しか残らない。



 「・・・・・・にゃあ(このまま、見届けよう)」



 つまりは何もしない。見殺しにする。傍観者に徹する。



 「そうね、それがいいと思うわ。資料を調べたらレンド・ベイリーは少なくとも魔女を十数人、火刑判決を下している。・・・自分自身が焼死体になっても文句を言える立場ではないわね」



 自分が犯した業は巡り巡って自身へと返ってくる、か。因果応報って言うんだっけ?・・・・・・だとしたら、オイラもいつかは報いを受けるのかな。



 「しかし・・・カーソル家の連中も執拗というか、念入りと言うべきなのか。必ず殺しきるって気迫が伝わってくる陣容ね」



 アンジュの指摘通り、包囲網に崩れはない。当主直々に指揮をとっている成果か、一糸乱れず、見事な統率で淡々と逃亡者を処理している。これほど容赦のない殲滅戦も珍しい。



 「にゃにゃ(それだけベイリー家に恨み骨髄なんだろうな。・・・どっちもどっちだと思うが。)」



 両家ともに憎しみの因果が複雑に絡み合って、解(ほど)くことが不可能な領域だ。ならば、断ち切る他あるまい。無理やりにでも。力尽くでも。

 だが・・・カーソル家にあの女傑、メアリー・ベイリーの怨念ごと断ち切れるとは到底、思えない。

 きっと今頃は国境付近で囮に食いついた女傑の忘れ形見が、報復に動くのは必定。おそらく、凄惨な復讐劇となるだろう。・・・・・・まあ、それ以前に使徒相手に生き残れたらの話だが。



 「今頃は使徒と潰しあっている最中かしら?」



 ちょうど似たようなことを考えていたアンジュが、オイラを抱きあげて頬擦りしながら、どうでもよさそうに呟く。



 「にゃ(だろうな。使徒側は複数で行動するのが基本だ。奴らを相手に単独で勝てるか否か。・・・どちらが勝つと思う?)」



 少し。ほんの少しだけ考え込んだアンジュは、あっさりと言い放つ。



 「十中八九、あの若輩魔女でしょうね」



 へえ、オイラとは違う予想か。短いとはいえ対峙したアンジュの予想だ、その感覚は信用に足る。



 「にゃあ~(ならカーソル家も近いうちに断絶か。憎しみ合った両家がほぼ同時に滅びるっていうのも、なにか根深い因縁を感じるな)」



 アンジュとダラダラ雑談している間にも、ベイリー家の屋敷は激しく燃え続けている。そのせいか、かなり距離が離れているのに、熱波がこちらにまで押し寄せて暑い。・・・屋敷の大部分に火の手がまわっている。逃げ道は皆無。一つの貴族家が滅びるにしては、実にあっけない幕切れだ。


 こうして、ベイリー家はその歴史を終えた。

 カーソル家は生き残りがいないか、念入りに屋敷跡とその周辺を探索。少しでも怪しい者は迷わず殺しまわった。・・・なんだかそれを傍目から見ていると、メアリー・ベイリーの怨念に引けをとらない執念を垣間見た気がする。

 そんな長年の因縁にけりをつけたカーソル家の陣地に、命知らずの魔女が迫りつつあることを、連中は気付いて・・・・・・・・・ないな。

 さて、虐殺の第二幕の幕開けだ。



◇◆◇◆◇◆



 なにもかもが遅かった。

 敵の陽動に気付くのも。

 屋敷に引き返すのも。

 全てが燃え落ちた後に、カーソル家の軍勢を叩き潰したことも。


 全て。

 遅い。

 遅すぎた。

 もう・・・すべてがどうでもよかった。



 「申し訳・・・ありません・・・・・・」



 虚空を見つめ、謝罪した。

 ボクは、誰に謝っているのだろうか?

 その対象すら既に存在しないのに。

 ただ、守り切れなかった。それだけは確かだ。



 「ベイリー家の守護を、仰せつかったのに・・・!」



 ボクにとっての全てだった。

 なのに、守り切れなかった。

 当代当主も、その子供も、ボクにわざわざ頭を下げてまで懇願したレンド様も、ことあるごとに良くしてくれた家令のハンドラーさんも全員、死んだ。

 色々な思い出がつまった屋敷も全焼し、焼け落ちている。メアリー様が愛したあの荘厳美麗な屋敷が見る影もない。もう、何も残っていない。文字通り、何も。

 唯一の慰めは、カーソル家当主の首を、メアリー様の墓前に供えられるくらいだろうか。



 「・・・・・・・・・」



 その後は・・・どうしようか?

 まずは、カーソル家の屋敷を焼き払うか。そして一族郎党を殺しつくす。やられたことをやり返さないと、メアリー様に顔向けできない。

 その後は?

 カーソル家の領地、全てを灰燼に帰すか。

 その後は・・・・・・後は・・・?


 なにも・・・ない?

 ボクには、なにも。

 やりたい事も。成し遂げたい事も。

 何も。ない。

 なら・・・何故、生きる?


 その必要があるのか?

 わからない。・・・何も。

 わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。


 ワカラナイ。


 ああ・・・ボクってば空っぽだったんだ。

 メアリー様は、だから与えてくれたんだ。生きる目的を。その意味を。ああ、今更気付くだなんて。

 今、ボクがこうして抱いているカーソル家への憎しみだって、他人に与えられたものだ。

 ボク個人にとっては、カーソル家なんてどうでもいいはずなんだから。


 どうしよう?

 これから、どうすれば?

 さっきまであれほどカーソル家を滅ぼすべしと燃え盛っていた復讐の炎が、あっけなく鎮火している。

 もう、カーソル家のことなんてどうでもよかった。

 ベイリー家のことも、どうでもいい。


 はやく、早く、速く、ハヤク!

 ボクに生きる意味を、目的を与えて!

 誰か!

 誰でもいい!

 じゃないと・・・じゃないとボク・・・・・・こわれちゃう。


 聖神教会の使徒でもいい。

 ボクを火刑にするなり好きにしろ。今なら抵抗せずに大人しく焼かれてやるから。


 どこぞの傭兵でもいい。

 ボクの力が欲しいなら好きなだけ利用しろ。全てを奪い、壊してやるから。


 見ず知らずの農夫でもいい。

 ボクを嫁にしたいなら貞淑な妻となろう。良き妻、良き母を心の底から演じてやるから。


 だから。

 誰か。

 お願いします。

 ボクに。

 声を掛けて。



 「にゃあ~~」



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