第16話 使徒
ベイリー伯爵家領内に、三人の男が無断で侵入した。
既に領地外からも武装した民間人があちこちから出入りしていたので、その三人が殊更目立つ理由はない・・・はずだった。だが、その三人は明らかに周囲から浮いていた。纏う雰囲気が殺伐とした生まれながらの戦士ゆえに。
そんな三人のうちの一人が、周囲を睥睨(へいげい)しながら口を開く。
「この領内のどこかに魔女が潜んでいるんだよな?」
瘦せ型、高身長。灰色の長髪が男の鬱屈な雰囲気を倍増している。一見ひょろひょろして頼りない外見だが、その目はまるで肉食獣のように血に飢えていた。
久しぶりの狩り。それを存分に楽しみたいと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべている。傍から見ればまさに異常。狂気が窺える表情だ。
そんな餓狼のような男の肩を、金髪の小柄な男が窘めるようにポンポンと叩く。
「そんなに物騒な殺気をまき散らさないでよ。せっかくの獲物が怖がって逃げちゃうよ?」
もっと自然体を心掛けて。そんなありがた迷惑な助言に、餓狼のような男はハイハイと軽く受け流す。
「これが俺の自然体だ。・・・逃げられたら地の果てまで追いかけりゃあいいだろ。じわじわと獲物を追い詰めるのも狩りの醍醐味だ」
「・・・なるほど、一理あるね。その方が長く楽しめる、か。いやはや盲点だったよ」
「・・・二人とも、久しぶりに聖都の外へ出られて浮かれていませんか?」
軽口を叩き合う二人の間を、やや強引に割り込む青髪の大柄な男。その表情は鉄のように固い。
「今回の遠征は異端者を罰する為の聖なる務め。気楽な行楽気分でいられては困ります」
やや浮かれた様子の同僚二人の手綱を引き締めるように、苦言を呈す・・・が。餓狼のような男は意に介さず、愉快そうに笑う。
「そうは言うがアンタの戦気も中々にみなぎっているぜ。まるで今にも俺ら二人を置き去りにして抜け駆けするかのようにすら見える。・・・浮かれているのはどっちなんだろうな~?」
けけけっと不快な笑い声を耳にし、大柄な男は眉をひそめる。あまり表情が変わらないと評判の、真面目な彼なりの精一杯の抗議である。
「まあまあ、聖ターダネス。悔しいけど聖エメルの指摘が図星なんでしょう?素直に認めた方がいいですよ」
小柄な男・・・聖マガハも追随する。あまりにも分が悪いと認識した聖ターダネスは沈黙を貫くことで二人の追撃をかわすことにした。
「・・・・・・」
「あらら、へそを曲げちゃいましたね。本当の事とはいえ、ずけずけ踏み込みすぎましたかね?」
「聖マガハ、それくらいにしといてやれよ。拗ねた成人の男を、更にいじけさせたら状況は悪化の一途をたどるぜ。これは経験談だ、間違いない」
「おっと、なら悪ふざけはここら辺で打ち切りに。・・・それで、どうします?」
主語のない質問。だが、他の二人にはきちんと伝わっている。
「いつも通り、多方面からの包囲で早い者勝ち。これ以外にあるのか?」
「・・・拙者も、慣れた方法が一番かと。なによりそれが皆にとって平等で、揉めない」
二人の賛同を得られたので、聖マガハは笑顔で頷く。
「なら、今回もそういうことで」
締めくくると同時に、颯爽と駆けだす聖マガハ。
「はっ、お得意のスタートダッシュかよ!毎度毎度、やることに変化がねえ奴だぜ!」
聖エメルもまるで疾風のようにその後に続く。先行した二人の距離の差は、さほどなし。ほぼ同時だ。
「・・・・・・聖マガハ、聖エメル。互いが互いを助け合うことはこの先もないのだろうか?」
そんな二人の背中が遠くなっていくのを、聖ターダネスは嘆くばかりであった。
◇◆◇◆◇◆
レンド・ベイリーの嘆願を快く聞き入れたクラリスは、その力を存分に振るった。そして実にあっさりと、ベイリー家の頭痛の種であったカーソル子爵家の軍勢を単独で撃退した。
無様に逃げかえっていくその背を見送りつつ、クラリスは首を傾げる。
「・・・思っていたよりも弱兵だったな」
とても一貴族家の正規兵とは思えない脆弱さだった。・・・いや、逃げかえる際の統率には目を見張るものはあったけれども。
あれではそこら辺にたむろっている山賊や野盗と大差ない。・・・・・・実際、そうかもしれない。
「カーソル子爵家の本隊は国境沿いにいない?」
今のはどう見ても寄せ集め。装備品は正規兵の物で統一されていたが肝心の中身は賊くずれ。・・・ふと、クラリスは思い当たる。
「まさか、今のは囚人部隊?」
犯罪を犯した罪人が逮捕され、一定期間の強制労働が課されるか死刑を待つだけの囚人たちを戦場の最前線に駆り出すのは、どこの国でもやっている。しかしそれは正規軍の指揮下で運用されるもの。そうじゃなければ脱走兵が相次ぐ。だが・・・監督しているはずの部隊の姿は影も形もない。
(まさか国境を荒らすだけ荒らせと指示して丸投げ?思い返せば装備品は旧式が目立っていた。予備兵部隊かとあまり気にしていなかったが、もし奴らがただの目くらまし、陽動だとしたら?本命は?)
そんなもの、一つしかない。
(ベイリー家の屋敷!?)
すぐさま引き返そうと踵をかえすクラリスの眼前に、最悪のタイミングで最悪の敵が現れる。
「よう、穢れた魔女さま。活躍ぶりを遠くから見ていたぜ。賊くずれの囚人どもを相手に一方的に嬲っていたよなぁ。傍目から見てて爽快の一言に尽きるぜ。・・・なら今度は俺が爽快になる番だろ?」
意味の分からない、一方的な言い分。だが、目の前の男がただの狂人でないことだけはわかる。わかってしまう。クラリスと同じ魔力持ち。しかもたちが悪いことに桁外れの!
「・・・誰よ、あんた」
クラリスは油断なく身構える。対峙する狂人は一見して隙だらけ。だが、容易に踏み込めない魔力圧が肌を突き刺す。
「おっと、俺としたことが名乗り遅れるとは。はじめましてクソ魔女さま。聖エメルと申します、よろしくどうぞ。・・・・・・まあ、覚えなくていいぜ、どうせすぐにどうでもよくなる」
聖名持ち!?
使徒!
しかも上位の!!
驚愕するクラリスを置き去りにして、聖神教会でも十二人しかいない上位使徒たる狂信者が、やすやすと間合いを詰めてくる。
咄嗟に魔力圧で負荷をかけんとしたが、上位使徒をこの程度の魔力圧で制止できるはずもない。更に間合いを一歩分、詰めて来る。
おそらくは既に使徒の必殺の間合い。その証拠に聖エメルと名乗った狂信者が勝ったと言わんばかりに笑みをこぼしている。
だからこそ。
衝撃を受ける。
視界が一瞬で逆さまになっていることに。
「はっ?」
それが聖名持ちである上位使徒、聖エメルの最後の言葉。そして、高々と舞い上がった首が回転し・・・・・・地面へと落ちた。
「馬鹿者が!油断しおって!!」
すぐさま迫りくる次の使徒。クラリスは名前を知る由もないが、距離を詰めてくる相手が只者でないことだけはわかる。両者の視線が交差する。入り乱れる互いの思惑。
(組みつかれたら体格差で押し込まれる)
クラリスは冷静に分析し一歩、二歩と退く。幸い、相手は重装備。足取りは重くて遅い。
(この魔女、信じられないことに素手で聖エメルの首を叩き斬りおった!油断していたとはいえ上位使徒である聖エメルの加護を貫通するとはよほどの魔力量と質!神敵認定されてもおかしくない脅威!ここで確実に始末せねば更なる厄災となる!)
聖ターダネスは悔いていた。何故あの時、三人で共に行動しようと提案しなかったのか。今まで各々自由に行動していたツケをこんな最悪の形で支払うはめになるとは。
「聖神よ、我に加護を!!」
聖エメルの命を奪った異端者に天罰を。上位使徒で随一の守りに特化した聖盾の使い手が魔女を討滅せんと突き進む。
いかなる攻撃も自身の聖盾を突破できない。その自負がある。・・・それが過信であったことを、聖ターダネスは思い知ることとなる。
「がっ・・・あっ!?」
(息が、出来ない?何故?呼吸を阻害される呪いを受けた?いつの間に?)
あらゆる攻撃、悪意、呪いさえ自分の聖盾は防いできた。なのに突破された。だが、それは誤解だ。実際はもっと深刻だった。
聖盾の使い手、聖ターダネス。その巨漢の胸にはぽっかりと穴が開いていた。比喩でもなく物理的に。女の細い腕一本分の穴が。
そしてクラリスの細腕は血まみれで。その手には何かがビクンビクンと動いていた。
(それ・・・は・・・・・せっしゃの・・・しん・・・・・・ぞう?)
それを認識した瞬間、聖ターダネスの足から力が抜けた。地面へ崩れ落ちていく寸前、聖ターダネスは手を伸ばして訴えた。
「か・・・えし・・・て・・・・・・」
クラリスは返答としてその心臓を握りつぶす。躊躇いもなく。容赦なく。
同時に、聖ターダネスの意識もそこで消失した。
そんなあり得ないはずの・・・あり得てはいけないはずの一連の光景を、聖マガハは引きつった顔で見つめていた。
(・・・これは悪夢か?僕と同じ聖名持ちの使徒が秒殺?しかも二人も。・・・悪い夢ならさっさと覚めてくれよ)
だが、これは現実。ゆえに時間は容赦なく過ぎ去る。誰にとっても平等に。
クラリスは視線を倒れ伏した巨漢の死体から逸らす。その先には聖マガハを捉えていた。
(まずい、既に捕捉されていた!)
迷いなく距離を詰めて来るクラリス。聖マガハは短い時間で覚悟を決めて応戦の構えをとるが・・・本人の意思とは関係なく、腰が引けていた。もはや心身ともに迫りくる魔女に圧倒されていると白状しているようなものだ。
それを正確に見抜いたクラリスは心の中で雑魚と認定していた。
(・・・いや、油断は禁物。演技の可能性もある。確実に仕留める)
冷徹に、冷静にクラリスは行動に移る。
まずは足を狙って逃走を阻止する。足が折れたのかその場に崩れ落ちる使徒。
続いて腕を狙って反撃を阻止する。力尽くで腕を引き千切ったので血が大量に飛び散る。
最後に念入りに急所という急所を狙い、止めを刺す。
聖マガハという男は碌な抵抗も許されないまま、絶命した。
「・・・・・・ふう、疲れた」
クラリスの呟きを聞き届ける者は、もう誰もいない。
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