第15話 対峙
ベイリー伯爵家屋敷にて。
「国とは・・・かくも脆いものなのか?」
現ベイリー家当主・トーマスは疲れ切っていた。
領民の武装蜂起から始まり、隣国からの侵攻、王都からの救援要請と苦難が続いていた。そのどれもが一大事。だが、手の打ちようがない事も事実。
領地どころか屋敷すら危うい現状、自身らの身を守ることで精一杯。王都への救援要請など無視するしかない。
「・・・兄上、今は弱音を吐く時間すら惜しいのです。当主であるならばご指示を」
冷たい事を言っている。その自覚はある。だが、実弟である自分しかもはや諫言する者がいないのならば、心を鬼にするしかない。レンドはそう割り切っていた。だが、それを兄は理解していない。否、理解したくないのだ。
「・・・指示?・・・・・・指示か。何に対してだったか?」
もう、兄は駄目かもしれない。心が壊れかけている。連日の心労でろくに寝てもいないのだから無理もないが。
「隣国のカーソル子爵の侵攻に関してです。奴らは国境沿いの村々を焼き払い、略奪しています。何かしらの・・・」
対処を。そう言いかけて
「捨ておけ」
現当主は一言で切り捨てた。何の感情も感じさせない無機質な言葉で。端的に。
「・・・・・・今、なんと?」
だからこそ、レンドは聞き返した。今のはただの空耳だと。そう信じたかった故に。
「捨ておけと、そう言った」
だが、現実は無情であった。レンドは二の句が継げないまま口をパクパクさせるしかなかった。だが、必死の思いで言葉にならない感情を言語化する。
「・・・自国の国境を他国に好きに荒らさせると?ベイリー家の領土でもあるのですよ?罪のない領民の命が今この瞬間も・・・・・・」
「罪のない、領民だと?」
またも最後まで聞かずに遮り、トーマスがレンドを睨みつける。
「罪ならばあるだろう!奴らが!!領民である奴らが招いた厄災でもあるのだぞ!奴らが武装蜂起など起こさねば、カーソルの連中も動かなかったはずだ!村々が焼かれ、命が奪われる?奴らの自業自得だろうが!!」
それは魂からの絶叫だった。隠しようもないトーマスの本音。それが思わず吐露された。あれほど常は感情を表に出さないよう徹していた兄の、貴族たるもの優雅たれと律してきた兄の本心。
(・・・・・・この程度の器だったのか)
貴族として、当主としてある程度は尊敬していた兄に、レンドは心の底から失望した。亡き母の跡を継いだ重責に耐えられた兄も、今回ばかりは心が折れたようだ。
亡き母、メアリーならばどうしただろうか?
国が当てにならない、もはや自分たちの身は自分たちで守るしかないという状況に追い詰められたら?
決まっている。まずは火事場泥棒が如くうろちょろしているカーソル家を叩くはずだ。その為にもまずはベイリー家の領民だけでも味方につけないと何も出来ない。だが、領民を今すぐ懐柔は出来ない。それをするにも信用が足りない。絶望的に。今までの負債が重くのしかかる。
ならば残された手は。縋りついてでも助けを請うべき相手は。
(そんな都合の良い相手が・・・)
いる。一人だけ。亡き母メアリーに恩がある魔女が。噂では陰から色々とベイリー家を守ってくれているという。こうして今も屋敷が無事なのはベイリー家の威光などでは決してない。魔女が押し寄せる武装民衆を度々、追い払っているからだ。
事実かどうかはレンドも知らない。だが、おそらく事実だろう。しかし彼の魔女とは母が亡くなって以降、縁が切れているはずだ。
奴隷契約の解消。母が遺言に残したその一文によって、魔女は後腐れなく去っていったはず。なのに何故、今も?
(疑問は後回しだ。・・・今や頼れるのは魔女のみ。金で動くとは思えんし、ベイリー家の関係者としてのみの繋がり頼みか。・・・・・・頭を下げてでも、この命に代えてでも縋るしかあるまい)
そうと決まれば今すぐ行動あるのみ。未だ子供のように癇癪を起こしているトーマスの元を立ち去り、レンドは部屋の外に待機していた家令に指示を出す。
かつて亡き母メアリーの寵愛を一身に受けた魔女の居場所を探してくれと。
(噂が本当ならベイリー家の領内、いやこの屋敷の近辺にいるかもしれない)
そんな確信を抱きながら。そしてそれは的中していた。
「既にクラリス様とはコンタクトが取れるよう、調整済みです」
長年仕えている家令が大したことでもないと言わんばかりに、レンドに告げた。
「・・・・・・何故・・・いや、母上のおかげか」
むしろそれしかない。
「すまんがすぐにここに呼んで・・・いや、こちらから出向くのが礼儀か。案内してくれるか、ハンドラー」
「御意に。ですがよろしいのですか?ご当主様の許可なく独断で動かれて。」
「・・・あのプライドの高い兄上が魔女殿に頭を下げられると思うか?一応、私も母の息子の一人だ。話くらいは聞いてくれるだろう」
話どころか無理難題を頼み込む立場なんだが。
「・・・彼女ならば、ある程度の無理は聞いてくれるかと」
信頼できる家令の言葉に、レンドは違和感を覚えた。
「魔女殿とは親しかったのか、ハンドラー?」
まるで今でも親交があるかのような口ぶりだったから。
「・・・今でも一年に一度はお互いの身の上話などを。もちろん、それはトーマス様はご存知ありません」
「・・・母上の指示か?」
完全にベイリー家と縁が切れないように。家令を通じて連絡がとれるように。
「それもありました。ただ・・・」
らしくないほどに言いよどむハンドラー。こんな家令の姿を、レンドは生まれて初めて目にした。それほどに珍しい。
「ただ・・・なんだ?」
「・・・良き友人、というには年齢が離れすぎていますが。一年に一度ではありますが、彼女との会話は個人的に楽しみの一つでして。たとえメアリー様のご命令がなくとも、わたくしは彼女との縁を大事にしていたでしょう」
家令はやや照れたように頬をかいた。
◇◆◇◆◇◆
黒髪の魔女と白髪の魔女が対峙している。お互いに退く気がないのはその態度でわかる。少なくともオイラにはそう見える。
「ねえ、どいてくれないかしら?そこで立ち塞がられると邪魔なんだけど。」
黒髪の魔女、アンジュが威圧するように魔力圧をかける。
「ここはボクの私有地なんだけど?用件は?」
それに対して白髪の魔女も魔力圧で押し返す。・・・両者の魔力圧はパッと見でほぼ互角。見えない火花を散らしている。
白髪の魔女の表情に焦りはない。表面上は。だが、アンジュは魔女としての年季が違う。外見上は年齢の近い二人だが、中身は全然違うだろう。海千山千の猛者相手にさて、若輩の魔女はどこまでやれるかな?
「あら、ここは貴女の私有地なの?なら用件を手短に伝えるわね。・・・その掘っ立て小屋の中にいる男に用がある。さっさと出せ」
「・・・っ!!」
アンジュの魔力圧が一段、ギアアップ。視線は白髪の魔女の背後にある小さな民家に固定されている。さすがに白髪の魔女も気付いたようだ。自分は眼中にない事に。
「・・・彼はボクの大事な客人だ。いきなり押し掛けて来て会わせろ?まるで強盗だな。礼儀作法を身に着けてから出直してきなよ」
おお、負けじと白髪の魔女側も魔力圧をギアアップ!・・・熱い展開だな。漫画とかだとこのまま戦闘に突入かな。さすがにアンジュは自重しているが。・・・・・・しているよね?
「あら、やっぱり礼儀作法は必須?貴族様に会うのはいつも面倒ね」
「・・・中に誰がいるのか把握済みか。カーソル家の刺客か?」
「だとしたら?」
おいおい、煽るなよアンジュ。
「害をなす気なら、容赦はしない」
白髪の魔女の目つきが剣呑だ。戦闘態勢、一歩手前。
「具体的には?」
なのにアンジュはそれに気付かないフリをして更に踏み込む。それが決定打。瞬間、二人の魔女の魔力圧が消失。
オイラはそれを認識した直後にアンジュの影に潜り込み即離脱。一秒と経たない後に純粋な魔力の塊がぶつかり合う!
本来は形などない魔力が、輪郭がはっきりするくらいに視認できる。それほどの質量が生じている。誰であろう、二人の魔女の手によって。
十秒近くぶつかり合った魔力と魔力はやがて互いに砕け、あっさりと霧散した。場に残されるは静寂。
対峙している魔女はお互いに真顔。・・・だが、すぐにアンジュがにっこりと微笑んだ。
「随分と歯応えのある魔女ね。若いのに・・・よほど密度の濃い研鑽を積んだのがわかる」
おいおい、賞賛するのはいいがその獰猛な笑みを引っ込めろよ。まるで悪役そのものだぞ。
「歯応えがありすぎて顎が外れるかもよ?その前に来た道を引き返したら?」
白髪の魔女も負けじと煽り返してきた。中々に負けん気が強い。・・・思えばあれから十年は経ったのか?
腹を空かせていた幼児が成長したもんだ。・・・どことなく面影がある。名前はたしか・・・・・・クラリス、だったか?
アンジュの言葉通り十年の間、一秒も惜しまずに研鑽を積んできたのが魔力圧で伝わってくる。ベイリー家の女傑は予想以上に教育熱心だったようだ。・・・同時に、忠犬としての躾も上手かったらしい。
ベイリー家そのものに無条件での奉仕精神が刻み込まれている。実にいやらしい呪いだ。クラリス本人は気付いていないのか?・・・・・・・・・薄々、気付いてはいるが律儀な性格が災いしているか。
しかし惜しいな。これほどの逸材をこんな辺鄙な所で拘束しているのは。・・・理由が必要だな。クラリスを解き放つ尤もらしい理由が。本人が心の底から納得できる何かが。・・・・・・駄目だな、今は思いつかん。
「にゃあ~(アンジュ、一旦退くぞ)」
「コハク?・・・・・・いいの?」
「にゃにゃ(やりようは幾らでもある。いま無理して片付けることでもない)」
「・・・はあ。わかった、今回はこれで帰りましょう」
アンジュが魔力圧を霧散させたので、クラリスも戦闘態勢を解除した。・・・不意打ち、騙し討ちしようという考えすらなさそうだな。甘さが際立つ。
「・・・・・・」
クラリスは無言でオイラを抱きかかえるアンジュの後ろ姿を見送るのみ。・・・しばらく歩いてからアンジュに感想を聞いてみる。
「にゃあにゃ(どうだった、あの若輩魔女殿の腕前は?)」
「・・・・・・若いわりに中々の練度ね。でも、ワタシなら問題なく勝てるわよ」
本当か?断言するわりには少し間があったぞ。
「ただし、手駒はかなり失う結果になるでしょうけど」
へえ、アンジュなりの最大級の賛辞だ。やるなあ、クラリス。
「むう・・・なんで少し嬉しそうなのよコハク。ワタシがあの女に苦戦するのがそんなに楽しいの?」
「にゃあ(そう突っかかってくるなよ、アンジュ。・・・あの魔女とは直接やり合う必要すらないかもしれないんだから)」
「そう?すんなり道を譲るタイプには見えなかったけど」
「にゃあ~(ああ、その見立ては間違いないだろうな。ああいうタイプは死ぬか気を失うまで立ち塞がる)」
「ならどうして戦いを避けられると?」
「にゃあにゃあ(理由は簡単、派手に立ち回りすぎだ。しかもベイリー家領内という特定の場所で長期間。・・・奴らが来るぞ)」
「・・・使徒」
異端者を狩りに。奴らは間違いなくやってくる。奴らは場所と時間を考えない。秩序を失った王国内だろうが関係なく干渉してくる。・・・聖神の名の元に。それだけの為に。
「なら両者がやり合っている間に、ワタシたちはレンド・ベイリーと接触する?」
「にゃあ(それが一番効率的で面倒が少ない手段だろうな。・・・面倒な相手には面倒な相手をぶつけるに限る)」
「ふふっ、確かに無駄のない立ち回りね。でも・・・そう上手くいくかしら?」
おいこら、不吉なことを言うな。
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