第14話 魔女
その日、一人の魔女が歴史の表舞台に立った。
貴族統治に長年の怒りを爆発させた民衆は、王国各地で武装蜂起。
貴族を守るための兵士ですら民衆側に味方し、国内のおよそ半分の貴族が命を落とした。
残る半分の貴族は武力で、あるいは今までの人徳でこれらを一旦は乗り越えたが未来は未知。今後どうなるかまでは何の保証もない。
王国でも上位貴族であるベイリー伯爵家にも、武装した民衆が押し寄せた。
五年ほど前までなら、おそらく領民が屋敷にまで押し寄せる事態にはならなかっただろう。だが、ちょうど五年前に領民の多くに慕われていた女傑が死んだ。
それ以降、当代当主の評価は悪化の一途を辿る。当主の想像以上に、民衆側の不満が募っていたことを、その時になって思い知らされた形である。
領地を守る兵士のおよそ半数は逃げ去り、屋敷の守備も危うい状況。もはや逃げ道も断たれたベイリー家の誰もが悲観し、死を覚悟した。
だが・・・数百、数千の武装した民衆の前に一人の少女が立ち塞がる。髪は雪のように白く、年齢は十代半ば。大人とも子供とも言えない年頃。その細腕に武器はない。まさか言葉だけで説き伏せる気かと正気を疑いたくなる。若さゆえの無謀さか。
怒れる民衆は止まらず、眼前の少女を押しのけ、踏み潰す勢い。もはや言葉だけでは止められない。
それを目視した白髪の少女は、事前の忠告を省き、迫りくる民衆に向けて魔法を放つ。正確にはその足元を目掛けて。
当初は発動した魔法陣に気圧された民衆もしばらくして何も起きないと知るや、ただの脅しかと笑い飛ばし、歩を進める・・・が。しばらくして違和感に気付く。
やけに足が重い。視界が低くなっている。そしてその理由を知る。
足元が沼地化していることに。
しかもただの沼地ではない。底なし沼だ。動けば動くほどに足を取られ、沈みゆく。もがけばもがくほどに体はいっそう早く沈み、半狂乱していく者が多数。なかには既に腰まで沼に浸かった者すらいた。
手にしていた粗末な武器も底なし沼に沈み、呑み込んでいく。もはやそこには武装した民衆など存在しない。無力化された集団だけ。怒りはすでに霧散し、今はただどうすれば助かるかを必死に考えている。口から出て来るのは言葉にならない悲鳴と怒号。別の意味でパニック状態だ。
白髪の少女はその光景を冷めた目で見つめ・・・踵を返す。幾度か繰り返したお決まりの手順。貴族側にも、民衆側にも犠牲が少ない方法。一番穏便で、血が流れない鎮圧手段。
少女の名はクラリス。
かつてベイリー家の女傑に買い取られた哀れで、そして恵まれた奴隷。
今は女傑との約定通り、残されたベイリー家を守護する魔女。
女傑の予想は的中していた。
魔力の質、量ともにそこいらの魔力持ちとは隔絶した差を持つ魔女へと、クラリスは成長していた。
「・・・やれやれ、民衆が公然と貴族の屋敷を襲おうとするなんて世も末だな。しかも毎回違う方面から。ベイリー領民だけでなく、他からも流入してるのかな?」
難儀な物だと、一人愚痴をこぼすクラリス。だが、見捨てるわけにもいかないと律儀に約定を守る魔女。
こうして、今日もベイリー家は滅亡の危機を乗り越える。今は亡き女傑の策略と言う名の加護によって。もしくは呪いによって。
◇◆◇◆◇◆
なんだか、とんでもない時代になってしまったな。
王国内の貴族が民衆の手によって大勢、殺されたらしい。正確な数は未だに不明。だが、もはや国としては瓦解している状況だ。
おそらく、今頃は周辺諸国が暗躍し、空白地同然となった王国領土へとなし崩しに侵攻してくる・・・もしくは既にしているだろう。
武装しているとはいえ、民衆は戦争の素人。プロである正規軍には勝てない。多分だが、このままこの国は・・・オルギシン王国は滅亡するだろう。遅いか早いかの違いだけだ。
今も生き残っている貴族家も、自分の領地だけで手一杯。王都へと増援を送れない。・・・・・・王都も王都で随分と血生臭い状況らしい。貴族統治の象徴である王の身も危うい。同盟国に亡命できれば上々。仮に失敗したら死亡確定。実にリスキーである。
まあ、オイラにとってはどうでもいい事柄だ。それよりも、ベイリー家の方が重要だ。
怒れる民衆によって血祭りにされていなければいいんだが。・・・そんなオイラの心配は杞憂に終わった。どうやら噂を伝え聞くに、頼もしい魔女様が攻め寄せる武装民衆を追い返しているらしい。あまり血を流すこともなく。しかも単身で。
ちらりとアンジュへ目配せするが、心当たりがないのか首を横に振っている。
風の噂では紅蓮鬼と恐れられた女傑は数年前に死んだと聞いたから、別の魔力持ちによる仕業だろう。それほどの傑物が落ち目であるベイリー家に?
「・・・・・・・・・」
「どうしたの、コハク?」
「・・・にゃあ~(なんでもない)」
まさか、な。
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