第13話 凶兆

 とある村にて。



 「聞いたか?」



 村民の一人である男が、友人であり隣人でもある男に話しかけた。



 「何を?」



 気安い仲なので普段から回りくどい話はしない。なので余計な言葉はどんどん削ぎ落とされて今に至る。



 「国内で貴族を殺しまわっている奴がいるらしいぞ」



 「・・・誰から聞いたんだ、そんな与太話」



 「いつも村に来る行商人からだよ。国中で噂になっているらしいぜ」



 「こんな田舎にまで広まるくらいにか。・・・とんだ狂人がいたもんだ」



 「狂人?」



 「狂人だろ。貴族を複数人殺しているんだろ?怖いもの知らずどころか狂ってる。・・・犯人が捕まれば問答無用で一族郎党打ち首。本人は死ぬことを許されない程度に拷問で苦しめられる。・・・何年も。それがわかっててやっているんだろ?」



 「多分?」



 「わかってなかったらその犯人自身が身をもって教え込まれるだろうさ」



 「噂に聞く貴族様はおっかねえ話には事欠かないからな」



 「俺らみたいな田舎者は、税を滞納するか悪事さえ働かなければ、目を付けられることもないさ」



 貴族の統治を疑わず、このまま変化のない日々が続くと楽観視する村がある一方で。

 別の村では。



 「・・・これで六人目か。病気や事故死も疑ったがこうも続くと疑いようはないな」



 こそこそと人目を忍ぶように、倉庫の片隅で男たちは話し合う。



 「ああ、貴族を殺しまわっている奴がいる。・・・我々と同じ、貴族統治を良しとしない同志の仕業か?」



 「そうかもしれないし・・・そうじゃないかもしれない」



 「はっきりしないな」



 苛立つ男を、別の男が宥める。



 「落ち着け。これに触発されて先走るなよ。敵は強大だ、力を蓄えろ」



 「いったい、いつまで?オレたちはいつまで圧政に耐えればいいんだ?税は一向に軽くならず、むしろ増すばかりだ!今年の冬は何人死んだ!?去年は!!」



 「・・・わかっている。その痛みも苦しみも。我々は共有している」



 同志の言葉に、興奮して叫んだ男はバツが悪そうに顔を背ける。



 「・・・貴族にとって、我々など何人死のうが代わりがきく家畜扱いだ。だが、その家畜同然の人間にも感情はある」



 「そうだ!」



 「我々は人間だ、家畜ではない!」



 幾人もの男が同じ意見だと叫び、同調する。



 「・・・幸い、不満がたまっているのはこの村だけではない。いずれ必ず来るぞ。絶好の機会が。我々を苦しめるだけの貴族を討ち取るその日が!」



 「おお!」



 「待ち遠しい!!」



 隠された牙を研ぎ、貴族統治のほころびを今か今かと待ち望む村も、確かに存在する。

 とある町では。



 「・・・売れているな。いや売れ過ぎだ。しかも粗製乱造された物ばかり」



 ぼそりと呟く武器屋の店主に、従業員の男が反応する。



 「儲かって結構じゃないですか。うちは在庫を捌けて、行商人は安く大量に仕入れる。お互い得しかないですよ」



 「・・・ほぼ同時期にだぞ。あちこちで売りさばく行商人の取引相手の大半は辺鄙な村々だ。それが複数だ」



 「自衛のためじゃないですか?昨今は魔物も凶暴化しているみたいですし」



 「・・・それは本当か?武器を大量に集める為の口実になっていないか?お前、最近どこぞの村が魔物に襲われた噂とか聞いたか?」



 「・・・そう言われてみれば最近は聞いてないですね。でも、ならなんでこんなに武器が売れるんでしょう?」



 「だからおかしいって言ってんだろ」



 店主はこれほどまでに商品が売れた記憶は今までにない。だから異常だと気付く。



 (まさか武装蜂起を企てている?あちこちの村で同時期に?)



 まさかなと思いつつ、嫌な汗が止まらない。これは非常にまずい事態になりつつあるのではないかと危惧する。色々と不測の事態に備えた方がいいかもしれないと、店主は決意した。・・・その予感が的中することを、店主はまだ知らない。



◇◆◇◆◇◆


 陽の光が差す街道で、オイラを抱えたまま歩くアンジュが眉をひそめて呟く。



 「何だかきな臭いわね。さっき立ち寄った村もそうだったけど、行く先々でよそ者に対する警戒心が過剰じゃない?昔はもっと牧歌的な雰囲気じゃなかったかしら、この辺り。」



 ストレス発散とばかりにオイラをモフモフするアンジュ。どうやら遠巻きにひそひそ話されたり、監視されていた事で気分を害したらしい。



 「にゃあ(その原因の一つがオイラたちだと思うよ)」



 「なんで?」



 「にゃあにゃ(国内各地で裁判官を殺しまわっているから。それもこの五年で十人以上も。)」



 アンジュと出会って早五年。一人と一匹の旅は意外にも順調だ。当初はどうなるかと危惧したが・・・アンジュは約束通り自重している。

 無闇矢鱈(むやみやたら)に死者を呼び起こして操ってはいないし、墓を掘り起こしてもいない。・・・・・・オイラが感知していないだけで、秘密裏に軍団を編成している可能性は否定しきれないが。少なくとも、周囲に死者の気配はない。


 裁判官狩りの旅は順調ではあるが、予定よりは長引いている。理由は思ったよりも裁判官の連中が腐敗していたから。

 裁判官という職業は貴族にしか許されていない特権だ。領地を継げない貴族家の次男、三男などの受け皿にもなっている貴重な枠組み。

 そんな司法を司(つかさど)る裁判官がここ数年の間、連続で殺害されている。

 裁判官は民衆にとって法の番人である。同時に、どんな犯罪でも貴族側に有利になるよう忖度する腐敗の象徴でもある。その裁判官が次々に殺されていく様を見て、民衆は陰で嘲笑した。そして同時に貴族統治のほころびを肌で感じ取っていた。

 武力を盾に搾取するだけの貴族に、常日頃から鬱憤がたまっていた民衆の不満は目に見える形で表面化している。



 「にゃあ~(特に今現在、オイラ達が滞在しているゲール男爵領は重税で苦しんできた地域だ。不満も相当だろう。・・・下手したら近日中に武装蜂起もあり得るな)」



 さっき立ち寄った村の人間が異常なまでに警戒していたのも、摘発されることを恐れての事なら納得だ。オイラ達・・・というより見知らぬよそ者であるアンジュがこんなタイミングで村に現れたことに危機感を抱いたのだろう。もしかしたら貴族の派遣した手先かと。・・・おそらく、村の共同倉庫の内部には武器がたんまりと保管してあるはず。それこそ自衛と言い張るには過剰な量を。それを隠し通したいのだろう。

 近隣の村で武器が調達できなかった人間へ配る為かは知らないが、村の一角にあった建物からは鉄の臭いが充満していたからまず間違いない。



 「ワタシたちがこの領内でも裁判官を殺したばかりだから、尚更ね。ゲール男爵とやらは犯人探しに躍起になっているみたいだし。半ば八つ当たりで罪のない領民が吊し上げられ、更に不満は増すばかり。・・・厄介ごとに巻き込まれる前に次の目的地に急ぐ?」



 「にゃあ(そうだな。・・・残るターゲットは一人だ。ベイリー伯爵家の末息子。こいつで最後だ)」



 色々とターゲットの身辺調査やら、過去の悪行やらを調べていたら思ったよりも時間がかかってしまった形だ。

 当初の予定になかったターゲットも幾人か追加している。そのせいで余計な手間が増えた。本来ならもっと早く片付くはずだったのに・・・まあ、放ってはおけなかったわけで。それほどまでに奴らは腐っていた。

 極まれに、貴族とか平民とか関係なく、法の下に平等に裁く裁判官もいた。・・・本当に極まれな存在だが。大半は利権やら権益にばかり慮(おもんばか)り、碌な調査もせず平民側が全て悪いとする判決ばかり。

 魔女狩りの時から何も変わってなかった。喉元過ぎれば熱さ忘れると言うが、忘れるのが早すぎだ。過去の間違いを教訓として何一つ活かしていない。


 ご主人を裁いた候補者であり、遂には最後の一人になったベイリー伯爵家の末息子はどうだろうか?

 昔はかなり雑な仕事が多かったらしいが、伝え聞く限り近年は真面目に職務に励んでおり、平民の間でも評判は上々。裁判官であり、貴族でもあるのに平等に裁く数少ないレアケースの一人。・・・心境の変化でもあったのか。それとも魔女狩りと言う悪行に良心が痛み、改心したのか。・・・・・・どちらにせよ、現地で徹底的に調査する。そして判断しよう。

 殺すべきか、それとも生かすべきか。オイラが裁定しよう。



 「そのベイリー家の末息子を片付けたらその後はどうするの?教皇は相変わらず聖都から出てこない。・・・ひたすら時機とやらを待つの?」



 「にゃあにゃあ(何かしらこちら側から仕掛けろと?)」



 何年間も聖都に引きこもる教皇を、動かざるを得ない状況に追い込めと。・・・オイラには思いつかないな。中途半端な策で仕掛けても相手をますます警戒させるだけだし。難題だ。



 「コハクに策がないようなら、ワタシが仕掛けてもいい?」



 「にゃ~あ(アンジュが?)」



 何だか過激な手段で仕掛けそうで怖いな。

 この五年、一緒に旅をしてきて身をもって理解した。いや、させられた。アンジュはきっととんでもない事を企んでいる。

 だが、現状オイラに打つ手がないのも確かだ。ならば、稀代のネクロマンサーに頼るしかあるまい。それが例えどんな非道と罵られるような内容でも。



 「・・・にゃあ(準備だけはしておいてくれるか?教皇の前にまずは裁判官が先だし)」



 「いいよ。同時進行で進めておくから。」



 随分と軽く請け負ってくれる。・・・さて、どうなることやら。



 しかし、事態はオイラの予想を軽く超えていく。国内各地で民衆による武装蜂起が頻発したのだ。それも信じられないくらい同時期かつ大規模に。

 国の対応は後手後手に回り、手をこまねく間に国内貴族のおよそ半数が平民に殺されるという異常事態。国中が騒乱の渦に呑み込まれていく。



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