第12話 先導者あるいは扇動者
かつて死刑執行人だった男の家で、家主が事切れたままオイラ達は呑気に語り合っていた。夜はまだ長い。
「にゃあ(アンジュ、君は何故この町に?)」
「特に理由はないわね。さっきも言ったけど人混みは嫌いなの。さっさと通り抜けようと思っていたんだけど・・・アナタの負の感情を感じ取ってね。興味本位で接触したって感じ。コハクの目的は復讐?」
「にゃ(・・・それはどちらかと言うとついでかな?)」
「復讐がついでなの?なら本来の目的は?」
う~ん、アンジュに話してもいいのかな?まだ出会って一日も経ってないんだけど・・・こんなに他者と会話できるのは久しぶりだからペラペラいらない事まで口走りそうで怖い。
「・・・・・・言いたくないなら言わなくていいわよ。お互い、喋りたくない過去もあるでしょうし」
どうやら躊躇っている間にアンジュが気を遣ってくれたみたいだ。・・・まあ、使い魔の戯言として話半分に聞いてもらうか。口外されてもどうせ誰も信じないだろうし。
「・・・にゃあにゃ(・・・ご主人の生まれ変わりを探しているんだ)」
「へえ・・・生まれ変わり、ね」
「にゃあ(そういう類の話は信じないタイプか?)」
「ワタシ個人は半信半疑ってところかしら。実際に会ったわけでもないからわからないわ。・・・自分の目で見たものしか信じない。そういう信条なの」
「にゃ~あ(なら信じていいぞ。オイラ自身が人間から猫に生まれ変わった体験者だからな)」
「・・・・・・本当に?」
アンジュが信じられないとばかりにオイラを凝視している。まあ、そういう反応にもなるか。
「にゃ(マジでマジよ。)」
「ただの使い魔にしては流暢な思考で人間じみた感覚だと思っていたけど・・・そういうことなの?」
「にゃあにゃあ(前世はこことはまるで違う世界だったけどな。魔法も魔物も存在しなかったし。・・・人間同士の諍いや争いは同レベルかな?)」
「へえ?どこの世界も人間って生き物は争い合う運命なのかしら?・・・ねえ、今度でいいから前世とやらのことを色々と聞かせてよ」
「にゃあ(興味津々だな。別にいいよ)」
「やったね。・・・けどそれじゃあアナタのご主人とやらも生まれ変わっている可能性があるわけだ」
「にゃあにゃ(断言はできないけど、そう信じている。オイラが転生できたんだ、きっとご主人も転生しているさ)」
根拠なんかない。けれどそう信じている。我ながら頑なに。
「・・・この世界には、もういないかもしれないわよ?」
「にゃあ(それならそれで構わない。ただ、この世界にいないならいないで、確認しておきたいんだ)」
たとえ出会えなかったとしても、構わない。探すことに意義があるのだ。
「・・・そのご主人様のこと、大好きだったのね」
ここではないどこかを見つめるオイラを見て、アンジュはしみじみと呟く。そこにからかうような心情は垣間見えない。いや、むしろ・・・羨ましそうに見えた。だからオイラも本音を包み隠さず話す。
「にゃあ~(そうだな、きっと大好きだったんだ)」
「だからこそ、余計に許せないんだね。ご主人様を殺した奴らが」
あっ、そっちに戻る?・・・本当に人間嫌いなんだな。今もあふれ出す憎悪の感情を抑えようとしている。なんかぎらついた目が怖いよ。
「・・・にゃあ(・・・そうだな)」
「そこに転がっているケダモノは、それに関わった一匹なの?」
「にゃ(死刑執行人だった。そいつがご主人を生きたまま火あぶりにした)」
ただの命令実行人だが。手を下したことは事実だ。
「そう。・・・・・・気は済んだ?」
「にゃあにゃあ(まだだ。魔女狩りを扇動した奴や、何もしていないご主人を有罪と断じた裁判官はまだのうのうと生きている。今、この瞬間も)」
許せるわけない。気なんて少しも紛れない。むしろ憎悪が増している。・・・くそ、たちが悪いなこの女。魔力を巧みに隠しているがオイラにはわかるぞ。
「にゃあ(・・・煽るな、アンジュ。害悪魔法でオイラの憎悪を増幅しているだろ?)」
「あら、バレた?」
悪気もなくアンジュは笑う。・・・これから旅の同行者となるのに油断したらこれだ。早まったかな?不安になってきたぞ。
「にゃあにゃ(今後は自重してくれ)」
「ごめんなさい。でも・・・アナタとワタシは同類よ。根本から人間が嫌いで、憎い。きっと大多数の人間とはわかり合えないし、わかり合いたくない。だからアナタはそこに転がっているケダモノの喉を容赦なく、躊躇いもなく噛み千切れた」
「にゃあ~(否定はしないが、オイラは人間すべてに絶望はしてないぞ。・・・極まれに善人はいる)」
「表面上だけよ。皮一枚剥いだら醜い本性があるだけ」
むう、重度の人間不信だな。こればかりは平行線だ。・・・いずれアンジュにもわかり合える人間と出会えればいいんだが。
しれっと他者に害悪魔法を使う間は無理そうだな。オイラみたいに違和感に一早く気付かないとあっという間に憎悪に染まる。
友人を作るにしてもまずは最低条件が高い魔法抵抗力が必須だな。
「それで、他の獲物は?先頭に立って魔女狩りを扇動していたケダモノの名前は知っているの?」
あからさまに話題を変えたな。しかしこの口ぶり・・・アンジュは既に知っているのか?
「にゃあにゃあ(もちろん。名前はゲヘメール。かつての枢機卿の一人で・・・)」
「現教皇ね」
即答か。やはり知っていたな。アンジュにとっても母親の仇みたいなもんだし当然か。・・・ゲヘメールが先導し、扇動しなければ魔女狩りがあそこまで大々的にかつ爆発的に広まることはなかったはずだ。
魔女狩りの功績によって教皇にまでのぼりつめたみたいだが、その反動で恨みも相当買っている。だからだろう、教皇周辺の警備は鉄壁だ。
「にゃあ(オイラはやる気だけど、アンジュはどうする?危険だし、やめておくか?)」
「まさか。むしろ積極的に協力させてほしいくらいよ。・・・ふふっ、アナタとの旅は退屈しそうにないわね。でも、具体案はあるの?基本的に教皇は聖都の外には出ない。外に出ない限り、教皇は殺せないわよ」
アンジュは断言した。教皇は聖都にいる限り殺せないと。・・・オイラも同じ考えだ。それほどに聖都は堅強な要塞だ。例え魔物が万の大群で押し寄せてもびくともしないくらいには。
強固な城壁が何重にもあり、命を惜しまない教会騎士団が随所を守り、年単位で自供自足できる大量の食糧生産が可能。更には聖名を授けられた上位『使徒』が複数人体制で常に教皇の護衛として身辺を固めている。これを正面から突破できると豪語するのはただの馬鹿だ。
だからと言って、暗殺という搦め手も通用しない。どんなに隠密で忍び込んでも、『使徒』が見逃さないのだ。仮に、仮にだ。万が一教皇にまでたどり着いたとしよう。果たして暗殺者は教皇を殺しきれるかが問題だ。生半可な怪我や毒は神聖魔法で癒されて意味をなさない。確実に殺すには即死させるほどの一撃が望ましい。時間をかけ過ぎれば『使徒』が駆けつけて終わりだ。・・・そんな隙は欠片ほども存在しないだろうが。
「にゃ(具体案は現状ないね。聖都内部・・・まではどうにかなるけど、中心部は無理だ。あそこは・・・・・・異常だ)」
「コハクは聖都に行ったことあるの?」
「・・・にゃあにゃあ(・・・三年ほど前に一度だけ)」
そう、オイラは既に潜入したことがある。あの聖都という名の魔窟に。
「どうだった・・・って聞くだけ野暮かしら」
「にゃあ~(オイラも無駄死にはしたくないからね。『使徒』が来る前にさっさと逃げたよ)」
聖都内部すべてが常に厳戒態勢・・・というわけでは勿論ない。聖神教会の聖地でもある聖都だって所詮は一つの都市だ。そこには人の営みがある。四六時中、教会騎士団が殺気立って巡回しているわけではないのだ。だが・・・教皇の住居でもある中心部の神殿には一切、近寄る事が出来なかった。
影に潜んでいても、侵入を阻まれたのだ。あそこはまさに聖域だ。聖神教会の信者でなければ入る事さえ許されない、特殊な結界が張られている。信者になるには聖神との契約が必須。事実上、神殿に入るには聖神の奴隷でなければ入れない。
あの人外離れの神秘級の結界はおそらく、聖神が張ったに違いない。現在にまで残っている神の御業の数少ない奇跡。アレがある限り、教皇を殺す機会は皆無だ。チャンスがあるとすれば、聖都の外に出た時にしかない。・・・結局何が言いたいかというと今は時機ではないということ。
「・・・そのわりには、諦めたって感じが微塵もなさそうだけど」
「にゃあ(当然、諦めてはいないよ。まあ、当面は無理そうだけど。)」
今はその時が来るのをじっと待つだけさ。教皇が隙を見せる一瞬を、虎視眈々とね。
「なら教皇は後回しにして、次の狙いは有罪を下した裁判官?手がかりはあるの?」
「にゃあにゃ(これという人物は特定できていない。・・・怪しそうなのは数名、ピックアップしたけど。)」
「全員、殺す?」
おいおい、アンジュさん。殺気が漏れてるぞ。・・・まあ、オイラもそれに触発されて物騒な思考状態だけど。
「・・・にゃあ(どいつもこいつも碌に調べていないのに、流れ作業のように次々と魔女を有罪判決している。全員、同レベルだ。そんな奴らは恨まれて当然だろ?)」
少なくとも、ここに奴らを殺したいと恨む存在がいる。
「裁判官は全員、貴族よ」
「にゃ?(だから?)」
オイラの淡白な反応に、アンジュがクスクスと笑う。わざわざ試すなよ。貴族だろうが平民だろうが関係ない。ご主人を殺した奴は殺す。後悔も反省も殺した後だ。オイラをどうしても止めたいならご主人をつれてこい。
「少しも躊躇わないのね。ワタシと気が合うわけだわ。勿論、ワタシも手伝うから当てにしてね」
「にゃあ(オイラはまだ君がどんな人間かを知らない。君の力を当てにするのはそれを知ってからかな)」
「追々、知ってくれればいいわ。楽しみましょう、これからの旅を」
ニコッと笑ってアンジュがオイラを抱き上げる。
「にゃ?」
まるでそうすることが自然な事だと言わんばかりに頬擦り。オイラはその間、されるがままだ。家の中にこもる血の臭いを上書きするように、ふわっと香るリンゴ系の香水。それら一連の動作や匂いがご主人の記憶を鮮明に思い出させる。同時に、愕然とする。
「・・・・・・・・・」
オイラは薄情な奴だな。・・・ご主人の顔を思い出そうとしても、ハッキリと思い出せなくなっている。こうも時の流れというのは無情なのか。オイラの怒りすら、いずれはこうして風化していくのか?・・・・・・その前に、片付けないとな。奴らがどうでもよくなるその前に。まだ憎しみの炎が残っているうちに。
場合によってはアンジュの害悪魔法に頼るのも有りか。さっきみたいに他者の憎悪を煽るのなんか朝飯前だろうし。・・・それは出来るだけ頼りたくない手段だが。
それとも、ご主人の生まれ変わりを先に見つければこの感情すらどうでもよくなるのか?・・・・・・・・・わからない。何も。どうなるのか。今はともかく・・・
「にゃあ(そろそろ離してくれない?)」
「嫌」
即答ですか。どうやらアンジュが満足するまでされるがままみたいだ。やれやれ、飽きるまでは付き合ってやるか。そのうち飽きる・・・よね?
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