第11話 新たな出会い

 少女は代々続く魔女の一族に生まれた。

 人目につかぬよう隠れ住み、一族のみに伝わる魔法を子孫へ脈々とつなぐ。 

 それに何の意味があるのか。少女は疑問を抱いた。

 ただ、母親はそれを当たり前のように少女へと伝承するのみ。果たしてそこに母の意思は存在したのだろうか?

 何の意味も見いだせないまま、少女は拒否するわけでもなく、秘術を引き継いだ。


 それから間もなくの事だった。

 魔女狩りという蛮行が大陸中で流行したのは。

 農作物が収穫できないのは魔女が悪い。

 雨が降らないのは魔女のせい。

 川が氾濫したのは魔女の仕業。


 ありとあらゆる凶事の責任を、一方的に押し付けられた。反論や説得に聞く耳持たない民衆は、少女の母を無理矢理引きずって火刑台へと連行し、生きたまま燃やした。

 母と一緒に捕まった少女は、それを目の前で見せつけられた。しばらくは何が起こっているのかわからなかった。頭が理解するのを拒んでいた。ただ、呆然とそれを見つめつつ・・・母だった何かが、言葉にならない悲鳴を上げていたのは覚えている。それと同時に笑い声も聞こえた。誰の?

 周囲にいた人間、全てだ。みんな笑っていた。少女の母を生きたまま燃やし、熱いと叫ぶ母の悲痛な声を、ゲラゲラと笑い飛ばしていた。・・・・・・あれは人ではない。ケダモノだ。ならば狩られるべきはどちらだ?

 少女はこの時、速やかに結論を出した。だから受け継いだばかりの秘術で、その場にいる人の形をしたケダモノ共を悉く殺した。稀に抵抗するケダモノもいたが、問題なく処理した。

 全てが片付いた時、その場に生きている人間は少女しかいなかった。足元には、こと切れた無数のケダモノ共の死体が転がるのみ。

 火刑台には母だった黒い何かがあるだけ。

 信じられない。さっきまでアレが生きていたなんて。今や黒く炭化した人形のようだ。



 「・・・・・・独りは寂しいもの。人形遊びをして、気を紛らわせましょう」



 少女の秘術により、足元の死体は覚束ない足取りで立ち上がる。そして少女が指さす方向へと行進を始める。ゆっくりと。



 「仲間を増やしましょう。人形は沢山あればあるほど嬉しいもの。楽しいもの」



 まるで歌うように、少女は口ずさむ。

 のちに聖神教会が定める人類の敵、『神敵』が現れたと宣言。魔女狩りを終わらせた要因の一つとされる少女は、こうして生れ落ちた。



◇◆◇◆◇◆



 オイラが探索と復讐の旅を再開して五年が経った。

 目の前には探し求めていた男がいた。生きたままご主人を焼いた死刑執行人だ。

 今はのうのうと余生を過ごし、酒を飲む日々を送っていた。こいつの影に半年間も潜っていたのは苦痛だったが、万が一でも間違いたくはないので徹底的に調べた。そして結論は出た。黒だ。真っ黒。

 確信したと同時に、オイラはこの男の両脚を爪で引き裂いた。逃げられないように。

 男は何が起こったのか分からず、言葉にならない雑音を喚き散らしている。あまりにも喧しいので、今度は両腕を引き裂いた。・・・これはある意味で失敗だった。

 確かに静かにはなったが、あまりの痛みに失神したのだ。このまま放置するだけで失血死は確定している。

 だが、それでいいのかと自問する。本当に、この程度の痛みや苦しみでご主人の無念は晴らせるのか?・・・・・・この男も所詮は使われる立場だった執行人。責任の所在はあるのか?・・・・・・・・・どうでもいいか。手を下したことに変わりない。

 どうせご主人だけではなく、多くの魔女に罪をかぶせ、処刑してきたのは明白だ。酒場でも酔っぱらって「俺は昔、悪い魔女を何人も燃やしたんだぜ」とか自慢してたしな。よし、さっさと殺そう。

 執行人が住んでいる町はそこそこ栄えているので、死体が見つかったら結構な騒動になるだろう。明らかな他殺だしな。下手したら聖神教会が動くかもだが・・・そのリスクを負ってでもこの男は殺さないと。

 幸い、ここは男の自宅だ。郊外にあり、独身で近所付き合いも希薄。死体が見つかるのは数日後くらいか。問題はない。その頃にはオイラはこの町から遠く離れている。

 さっさと終わらせる。男の喉を噛み千切ろうとしたその矢先だった。


 家の扉を複数回叩く鈍い音が妙に響き渡る。

 客か?こんな深夜に?・・・家主の返事もなく、扉を開けなければそのうち諦めるかと思ったが・・・・・・一定時間ごとに扉を叩く音は止まらない。オイラはこの時点で違和感を抱く。

 叩くリズムが一定だ。いつまで経っても出てこない家主に対する苛立ちや、心配する気配がない。

 扉を叩く。しばしの静寂。また叩く。この繰り返し。誰だって不気味に感じる。

 オイラは扉から目を離せない。些細な変化も見逃さないと注視する。



 「アナタ、綺麗な毛並みね」



 背後から囁かれたオイラはゾッとした。いつの間に家の中に!?

 すぐさま背後を振り返り、声の主であろう人影を視認する。暗いので詳細はわからない。だが、声からして若い人間の女?・・・いや、声を偽っている可能性もある。安易に判別するな。余計な先入観はいらない。命取りになる。

 油断なく身構えるオイラを、声の主は楽しそうに語りかけてくる。



 「同類の気配を何となく感じたから来てみたけど。今回は当たりかしら?」



 直後、室内の蠟燭に火が勝手に灯る。火属性の自然魔法か。内心、あまりにもスムーズな魔力行使に、オイラは驚愕する。

 蝋燭の明かりが照らす室内に、パッと見で十五歳ほどの長い黒髪の少女がオイラを見つめている。・・・外見年齢に騙されてはいけない。異常なまでのスムーズな魔力行使は年季が入った練度だった。

 しかし、魔力を使ったのに魔力圧を感じない。魔力量は少ないのか?それとも巧妙に隠している?・・・・・・後者と仮定しておこう。



 「にゃ?(ところで同類ってどういう意味?そもそも君、どこからどう見ても人間じゃん)」



 「姿形にとらわれてはいけないわ。ワタシが言ったのは心の在り様・・・魂の形とでも言えばいいのかしら。そんなものよ」



 「!!?」



 伝わると思ってなかったので本日二度目の驚愕。前世含めて一番驚いたかもしれん。



 「にゃにゃあ!?(なんで意思疎通できてんの!?フィーリング?それとも適当?)」



 「ワタシ、何となくだけど動物が何を伝えたいのかわかるの。・・・生まれた時から人間よりも動物たちに囲まれて生きてきたから、そのおかげかな」



 「にゃ(なるほど?納得できるような、できないような)」



 「ねえ、アナタに触ってもいい?」



 唐突だな、おい。



 「にゃあ~(ええ?いきなりお触り?オイラ、そんな安いネコじゃないんだけど)」



 まあ、そんなに気位が高いってわけでもないけど。いきなり見ず知らずの魔力持ちに触られるのは、ちょっと勘弁。



 「駄目?どうしても?」



 「・・・にゃあ(そんな見捨てられたような顔すんなよ。なんかこっちが悪者みたいに感じるじゃん。・・・わかったよ、どうぞ。お触りを許可します)」



 「ありがとう、優しい猫さん」



 悪意も害意も感じさせない自然な動作で、オイラをひょいっと抱き上げた名も知らぬ少女。なんだかおっかなびっくりで落ち着かないが、いざとなれば影に潜んで逃げるだけだ。

 不意に、少女がオイラの背中に顔をうずめた。・・・・・・気のせいじゃなければ泣いている?意味がわからんぞ。



 「にゃ?(えっ、オイラなんかしでかした?)」



 「・・・・・・猫さんって、温かいね」



 他者の温もりを忘れていた少女は、それだけで涙が止まらず、声もなく泣き続けた。

 居心地は悪いが、かと言って逃げるような無粋な真似はできない。オイラは少女の気が済むまでジッとしていた。

 しばらくして落ち着いたのか、少女がすっとオイラを地面に降ろした。



 「・・・ありがとう。それにしても、扉を叩く音がうるさいわね」



 それはオイラも気にかかっていた。未だに扉を一定間隔で叩く音は絶えず、今頃手から血が出てるレベルじゃないかとさえ思っている。



 「そういえば、命令をキャンセルしてなかったわね」



 つかつかと扉の方へ歩き、少女はまるで家主のように堂々と開けた。そしてオイラは本日三度目の驚愕。

 扉の前にはどう見ても死んでいるであろう人間が突っ立っていたからだ。明らかに血が通っていない肌色だし、腐敗も進んでいるのか頬肉がない。

 だというのに、少女は欠片も動揺していなかった。その理由を、オイラはすぐさま理解した。



 「もう扉を叩かなくていいわよ。土にかえりなさい」



 少女の命令を実行するかのように、どこかへとフラフラ歩き出すアンデッド。おいおい、害悪魔法の使い手だったのか?

 害悪魔法はそのどれもが希少で、かつ個人が使うには危険なものが多い。基本的に聖神教会に害悪魔法が使えるとバレたら、聖神教会最強戦力である『使徒』が送り込まれることは有名だ。

 しかし道理で扉を叩くタイミングと力加減に変化がないわけだ。なんせオート化したアンデッドだ。自身の肉体が壊れるか、命令をキャンセルされない限りずっと続ける。続けられる。・・・こちらの意識を玄関へ集中させておいて、術者は難なく裏口から回り込むと。オイラも見事に引っかかったな。



 「にゃあ(害悪魔法の使い手とは思わなかったよ。よく今まで『使徒』から逃げ延びてるな)」



 あいつら、どこからともなく嗅ぎつけてくるって聞いたんだが。実際はそうじゃないのかな?



 「『使徒』?・・・ああ、何回か撃退してるわね」



 「にゃ!?(マジで!?各国の最強部隊よりも強力無比と噂される精鋭を!??)」



 「ええ。けど多分下っ端ばかりよ。聖名を与えられた幹部とは遭遇していない・・・はず」



 うわあ、無自覚で撃退していそうで怖いな。たしか、聖名持ちは十二人のはず。

 多分だけど、序列下位の幹部なら勝てそうな雰囲気を纏っているんだよな、このネクロマンサー様。・・・おそらく、オイラが全力で戦っても勝てないかも。



 「そんなことよりも猫さん。アナタのお名前は?」



 「にゃああ(そんなこと扱いしていいのかな?)」



 「少なくとも、ワタシにとってはアナタの名前を知る方が大事ね。だってこれから一緒に旅をする仲間になるんだから」



 「にゃにゃあ!!?」



 どういう経緯でそういう話になる!?



 「言ったでしょう、アナタとワタシは同類だって。どちらも人間が嫌い。・・・そこの四肢をもいだケダモノをアナタは殺したい。その理由がある。・・・深くは立ち入らないわ。けど、ソレで終わりじゃないでしょう?他にも殺したいケダモノがいる。だから、力を貸すわ」



 「・・・にゃ(君の目的は?オイラにばかり得がある。裏がないかと疑いたくもなるくらいに)」



 「・・・そうねえ。アナタの役に立ちたいから」



 ・・・冗談、じゃなくてマジか?理由がそれだけ?



 「まるで理解できないって感じね。戸惑ってるのが伝わってくる。・・・けど、本当に大層な目的とかないのよ、ワタシ。アナタがもし拒絶して一人旅を続けたら・・・退屈を紛らわす為にいらないちょっかいをかけてしまうかも。」



 おいおい、暇つぶしに妨害してくる気か。正気かよ。



 「にゃあ(半分、脅迫じゃねえか)」



 「アナタに嫌われたくはないから、これでも譲歩してるのよ。さあ、同行を許可するなら名前を教えて?」



 「・・・にゃにゃ(・・・コハク。)」



 「いい名前ね」



 そりゃあそうさ。



 「にゃああ(オイラのご主人がつけてくれた自慢の名前さ)」



 「別行動しているの?今はどこに?」



 「・・・・・・にゃ(・・・魔女狩りで殺された)」



 「・・・そう。ワタシと一緒ね。ワタシもお母さんを殺されたわ。目の前で生きたまま火あぶり。嬉々として火をつけた人間たちは笑っていたわ。何があんなに面白かったのかしら、あのケダモノたちは」



 「にゃあ(知りたくもないし、わかりたくもないよ)」



 「それについては同感ね。きっとワタシたちには一生、理解できないわ。・・・とりあえず、ソレ殺さない?」



 少女の視線の先には四肢をもがれた死刑執行人。意識を取り戻したのか、先ほどからモゾモゾと動いている。



 「にゃ(とどめはオイラがさすから手出しは無用。それは今後もだ。それだけは譲れない)」



 「無粋な真似はしないわ。あくまでワタシは手伝うだけ。・・・とは言いつつ、ワタシが出来ることは限られるんだけどね」



 ネクロマンサーに調査やらは確かに向いてなさそうだ。



 「にゃあ(気持ちだけ受け取っておくよ)」



 邪魔されないだけでも充分だ。



 「にゃああ(それより、君の名前をまだ聞いてないんだけど?)」



 「ああ、まだ言ってなかった?アンジュよ。よろしく、コハク」



 アンジュの名前を聞く片手間に、死刑執行人だった男の喉を噛み千切る。噴き出す大量の血。苦しみあえぐ声。オイラはそれを冷徹に見届け、聞き届ける。こいつによって殺されたご主人の代わりに。

 アンジュはそれを無言で見守っていた。



 「にゃ(ちなみにどれくらい人間のことが嫌い?)」



 お互い、程度の差はあると思うんだよね。そこの差異はどんなものなんだろうかと少し気になったので聞いてみる。



 「そうねえ・・・動く肉袋っていう認識かな。もしくは死体になって初めて役に立つ道具かしら」



 なるほど、重量級だな。ちなみにオイラは軽量級かな。



 「にゃ(じゃあ、大きい町とかは苦手というか、嫌いそうだね)」



 「人混みの多い所は苦手ね。あまりの臭いに気分が悪くなって暴れちゃうかも」



 「にゃあ(どうしても大きい町中に入らざるを得ない時は我慢してくれよ。もしくは町の外で待っててくれ)」



 「必要に迫られたら自重するわ、安心して。・・・ところでコハク。また抱っこしていい?」



 「にゃにゃ(また?・・・別にいいけど)」



 許可が下りるやモフモフを堪能するアンジュ。



 「・・・安心する温もり。なんだかお母さんを思い出す」



 「にゃあ(オイラに母性を求めるなよ。一応、オスだし)」



 「求めないよ。お母さんはこんなに臭くない。もっといい匂いだし」



 「にゃ、にゃあ!(く、く、くさいだと!?そんな馬鹿な!毎日水洗いしているのに!)」



 「水洗いって・・・どうせカラスの行水でしょう?」



 「にゃにゃあ(そ、そんなことは・・・あるような、ないような?)」



 「なんなら今後はワタシが隅々まで、徹底的に洗ってあげようか?肉球から尻尾の先までたっぷりね」



 な、なんて恐ろしい事を口走っているんだコイツは!?



 「にゃあにゃあ(に、肉球から尻尾の先まで!?・・・想像しただけで寒気が)」



 「そこまで?大袈裟すぎない?」



 「にゃあ~~(アンジュ、君は何もわかっていない。いいかい、ネコにとって肉球とはセンサーみたいなもんなんだよ。感覚が鋭敏な部位なんだ。なのに肉球を無遠慮にゴシゴシ洗われた日には・・・・・・お、恐ろしい!)」



 「具体的に伝わってこないんだけど」



 むう、どうすれば伝わるのだろうか。あの何とも言えない独特な感覚を。



 「にゃあ(具体的には・・・落ち着かないから、ずっと地面をふみふみする)」



 「・・・・・・まさか、それだけ?」



 「にゃああ(おお、無知とは罪なり!あの落ち着かない感覚がわからないなんて!こればかりはきっと未来永劫わかり合えない!隔絶した種族の差!超えられない壁だ!)」



 「・・・うん、よくわからないけどアレかな?人間が爪を切った時と同じ感覚と思えばいい?」



 「にゃ(爪とぎしたくなる気持ちは一緒かな)」



 「なら、わかり合えたね。肉球洗おう」



 「にゃ、にゃあにゃあ(い、いやだからね。肉球はとても鋭敏で敏感なセンサー部分でしてね・・・)」



 「センサー部分が汚れとかで鈍ったらいけないでしょ」



 これ以上ないド正論!

 こうして抵抗虚しくアンジュに肉球をゴシゴシと洗われ、身もだえるオイラであった。

 その後はお決まりの地面ふみふみである。一刻も早く感覚を以前に戻したい一心で。ひたすらふみふみ。



 「・・・なんだか一生懸命なところ悪いけど、少し面白いね。見てて飽きないよ」



 「ふしゃ~(こっちは全然、面白くない!)」



 「ごめんごめん」



 こうして、一人目の復讐相手を始末したと同時に、奇妙な同行者が増えた。



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