第9話 大器
クラリスがベイリー伯爵家の女傑に買い取られて、一か月が経過した。その間、礼儀作法を叩き込むと同時に、メアリーはクラリスの人柄を見極めていた。
魔法を教えても危険ではないか。恩や義理を忘れないタイプか。力に溺れ、暴走しないか。諸々の可能性を探りながら、クラリスの一挙手一投足にメアリーは注視していた。
肝心のクラリスはといえば・・・いつも通りに日々を過ごしていた。つまりは自分に出来ることを精一杯やる。与えられた課題を終えて、自分なりに解釈し、一つ一つの動作を磨き上げる。その成果は着実に目に見える形で現れ、初日はあんなにも叱られていたのに、今や礼儀作法の教師には褒められる毎日。一年もあれば立派な貴族の令嬢になれると太鼓判を押されるほどだ。
同時に一般教養も叩き込まれているので、クラリスはいつも必死だ。寝て、食う以外の時間は常に勉強。オイラだったらノイローゼになるね。だが、クラリスはまっさらな下地ゆえかあらゆる知識をどんどん吸い込み、大変そうではあるがどこか充実しているようにも見える。
それを物陰から見守るメアリーの警戒心は徐々に薄れていった。そしておそらくこれなら大丈夫と判断したのだろう。遂に魔力操作を教える段階へと移行していく。
結果、実にあっさりとクラリスはその尋常じゃない魔力量を自在に操る術を手に入れた。わかってはいたが・・・やはり天才だな。コツを掴んだらすぐだった。
これにはメアリーも脱帽していた。百年に一人の逸材だなと賞賛するくらいに。
「末恐ろしい子だ。魔力の量が量だけに操作には苦戦するかと思ったが・・・こりゃあ五年もあれば私なんかすぐ超えるね」
大器を目の当たりにしたメアリーは、即座に魔法の学習も追加することを決意。同じ魔力持ちとして、前途有望なクラリスの将来を夢想したのだろう。同時に、戒めることも忘れない。
「いいかい、クラリス。力に溺れるんじゃないよ。アンタはいずれ簡単に他人の人生を左右できる力を手に入れる。いや、もう手に入れたんだ。だから無暗やたらに力を振るってはいけない。ここぞという時だけにその力を使うんだ。それを忘れて公衆の面前で力を見せつけてしまうと・・・・・・」
「・・・みせつけてしまうと?」
「アンタは化け物として狩られる立場へと追い込まれる。力に溺れたアホは容易に自分は強いと他者に見せびらかす。そういう奴は大抵、早死にしている。魔力持ちで人格者は少ない所以だね。何故か?魔力を持たない人間に殺されるからさ」
「・・・なぜ、ころされるんですか?」
クラリスは子供ゆえに聞き返した。単純に疑問だったのだろう。なぜ、力ある者が力なき者に殺されるのだと。
「怖いからさ」
メアリーの答えは短く、だからこそ簡単だった。クラリスにも理解できるように・・・ではなく、それが人の世の真理だと言わんばかりに。
「こわい?」
「生憎とこの世界の人間の大半が魔力を持たない奴らばかりさ。・・・逆だったらどうなるか興味深いが、今はどうでもいい。要は大半の人間にとって私ら魔力持ちは魔物と大差ないってこと。そして簡単に力を見せびらかす、理性の鎖が緩い魔力持ちは人に危害を加える害獣同然。殺されるくらいなら先に殺す。そういう理屈さ」
「・・・わかりました。むやみに魔法はつかいません。とくに人目があるときは」
「そうしておくれ。このババアの諫言を忘れない限り、アンタは私みたいに長生きできるよ。理想は常人に魔力持ちとバレないことかな。それが一番平和的で、静かに過ごせる秘訣さ」
まあ、私は大々的に周囲に知られているがね。女傑は笑ってオチをつけた。
確かに、貴族でなければメアリーも殺されていた可能性は高い。領民を守る領主だからこそ見逃された。そういう風にも受け取れる。その力は領地を守るため、外部にのみ使われる。だからこそ領民に支持される。・・・貴族という信用のおかげか。近隣の領主連中には死ぬほど恐れられているんだろうな、あの女傑。
しかし、クラリスはまだ五歳くらいなのにこれからの人生、常に自戒することを求められるとは、難儀な人生だな。まあ、根は真面目そうだしそうそう人の道を踏み外すことはない・・・・・・よな?大丈夫だよね?
そんなオイラの心配をよそに、クラリスは魔法を学び、実践する日々を過ごす。まずは基礎を学ぶということで、メアリーは自然魔法をメインに教えていた。自然魔法とはすなわち、この世界に存在する属性『火・水・地・風』の自然の理を行使する魔法の一種だ。他にも聖神教会のみが独占する神聖魔法や、禁忌とされる害悪魔法など色々とあるが、自然魔法は魔力持ちにとって最もポピュラーで、馴染みのある魔法だ。
人によって属性ごとに適性はあるが、大抵は四つのうちどれかは自分の感覚に当てはまるものがある。例えばメアリーならば物騒な二つ名の紅蓮鬼でもわかる。得意属性は言わずもがな火だ。無理をすれば他の属性も使えはするだろうが、火属性ほどの威力や効果は期待できないだろう。
だが、どうやらクラリスにはそういう普通と言う規格は当てはまらないらしい。一通り学んだら、全ての属性を満遍なく使いこなしたのだ。器用貧乏という意味ではない。全てが得意なのだ。不得手な属性という概念がない。まるで精霊に寵愛されているかのような祝福持ち。
「・・・・・・・・・アンタには何度も驚かされるね。まさか四属性すべてに適性があるとは。これなら自然魔法でも高等技術である複合魔法の幅も広がる。その分、修練は他人の何倍もつまなければ使いこなせないだろうが・・・まだ若いというか、幼いから時間はアンタの味方だね」
真面目に鍛錬し続ければ、とんでもない魔法使いになれる。十年後でも、クラリスは十五歳。間違いなく、同世代に限定すれば最強だ。更にもう十年、研鑽をつめば?世界屈指だ。それでも二十五歳。しかも魔力量は他の魔力持ちに比べて軽く十倍以上。下手したら百倍か?すさまじいな。百年どころか、千年に一人の逸材だぞ。
「・・・・・・アンタの師になれて光栄と言うべきか。はたまた荷が重すぎると言うべきか。判断に迷うところだね」
稀代の女傑にそう評されても、クラリスは首を傾げるばかりだ。本人に自覚はないらしい。これで力に溺れるなって言うのは・・・随分と酷な話だぞ。オイラだったら間違いなくやらかす自信がある。そして、クラリスの脅威を肌で実感できるのは魔力持ちだけ。魔力を持たない一般人には、それが欠片も伝わらない。
トラブルの気配がする。しかも特大級の。メアリーもそれを何となく察したのか顔の表情が強張っている。
これがドラゴンであればまだよかった。人はその外見だけでドラゴンを畏怖し、近付くこともしない。不用意に近付けば死ぬとわかるからだ。だがクラリスは?・・・パッと見はただの子供だ。恐れる要素がない。だが、もし怒らせたら?子供は感情を大人のように制御しきれない。我を忘れるほどに感情が爆発したら?・・・・・・想像するだけで恐ろしい。町の一つや二つ、容易に吹き飛ぶぞ。
「クラリス」
「はい」
「・・・当面は、私の傍から離れることを禁ずる。今後は私の身の回りの手伝いもアンタにしてもらおう」
「わかりました」
主であるメアリーにそう言われればクラリスに拒否権は皆無。どうやら今後メアリーは人格形成にも関わると腹をくくったみたいだ。・・・まあ、この女傑なら変な事は刷り込まないだろう。洗脳・・・とまではいかないが、思考誘導くらいはしそうだけど。例えばベイリー家とは絶対に敵対しないようにとか。
今まで以上にクラリスの教育には細心の注意を払うだろうな。同時に、力の行使に関しても。
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