第7話 売却先

 奴隷商人の若旦那と呼ばれる三十代くらいの男は、馬車で町から町へ渡り歩きながら奴隷を売却し、また仕入れるを繰り返しているらしい。

 時々、時間に余裕がある時なんかは寂れた村へ立ち寄り、商品である奴隷を安く買い叩くのが趣味なんだと、ミト婆さんは呆れていた。・・・クラリスもそんな悪趣味が高じて手に入ったのだから、実益を兼ねてはいるな。


 色々と訳ありな奴隷ばかりを乗せた馬車は街道をゆっくりと歩いている。馬車の周囲を取り囲む傭兵たちの速度に合わせて。傭兵の数は全部で五人。多くもないが、少なくもない。護衛と逃走防止要員だろう。

 馬車の中にはクラリスを含めて八人。ミト婆さんは例外だが、総じてみんな若そうな奴隷ばかりだ。若旦那とやらの奴隷商人の格は中小規模ってところか。でも、若旦那と呼ばれているくらいだし、もしかするとどこぞの商会の跡取り息子かも。今は修行中で、経験を積んでいる最中なのかな?


 今のところは馬車の中も外も治安は良好。ミト婆さんの影響か、クラリスに対して意地悪してくるような人物はいない。

 若旦那は商品である奴隷に傷がつかないように目を光らせているし、腹が減っていないので他の奴隷も従順だ。

 傭兵たちの仕事態度から伺い見るに、不満が出ない程度には金払いもいいみたいだしな。そのおかげか、全体的な雰囲気はそう悪くない。


 だが、どこにでも馬鹿はいるようで、つい先日買われたばかりの外見年齢二十代くらいの男の奴隷が一人、夜中にこっそりと逃亡を図った。

 しかし、当然の帰結というべきか男は周囲を見張っていた傭兵たちに見つかり、あっさりと捕まった。そしてそんな逃亡未遂に終わった馬鹿は、他の奴隷たちの眼前で絶賛、私的制裁中だ。

 他の奴隷への見せしめの一環か、かなり手荒く扱われている。・・・あんな馬鹿でも一応は商品だから手加減されているな。死なない程度には。血が飛び散り、地面に倒れることも許されないので休む暇もなさそうだ・・・クラリスには少々、刺激的な光景である。

 なにせ一人の成人男性を複数人で一方的にボコボコにしているのだから。一般的な子供の教育には悪い影響の部類だが、奴隷教育という分類ではこれ以上ない教材だな。


 そんなある意味、殺伐とした環境ではあるが、クラリスはそれに適応しようと頑張っている。本来、子供とは庇護されるべき存在だが、クラリスはそれを知らずに生きてきた。それ故に、少しでも誰かの役に立とうと献身的だ。そうする事が、自分の生存戦略だと無意識にわかっているかのように。

 子供なので出来ことは少ないが、大人でも嫌がるような面倒な仕事も率先して引き受け、他の奴隷仲間からも可愛がられるマスコット的存在となった。そんな日々がずっと続くようなら、オイラも安心できたのだが・・・所詮は奴隷である。ミト婆さんのような神聖魔法の使い手ならともかく、大抵は売られていく商品。


 立ち寄った町で奴隷仲間は売られ、また新しい奴隷が補充されていく。せっかく仲が良くなり、心を許せるかもしれなかった人たちは、容赦なくクラリスから離れていく。そこに本人の意思は関係ない。ただ淡々と、日々は無情にも過ぎていく。

 幾つもの出会いと別れを繰り返すうちに、三か月という月日が流れた。今やクラリスはミト婆さんに次ぐ古参となっていた。


 その間、オイラはずっと影からクラリスを観察してきたわけだが・・・ほぼ十中八九、ご主人の生まれ変わりではないというのが結論だ。その小さな体に不釣り合いな膨大なまでの魔力量は異常だが、言ってしまえばそれだけ。他は年相応の振る舞いばかり。

 これら全てが演技ならオイラは完全に騙されているわけなんだが・・・・・・魔力を操る術すら知らない様子だし、演技ではないと思う。あれでは簡単な自然魔法ですら使えない。仮に使えたとしても有り余る魔力で暴発するのが目に見えている。

 良い師に巡り合えればきっと歴史に名を残す魔女になれる器だが、運がなかったと言うべきか。


 まあ、買い取り先が有力な貴族ならワンチャンありそうだが、貴族の大半も魔力を持たないただの人間だ。魔力持ちでもない限り、クラリスの異常なまでの魔力圧は感じ取ることさえ出来ない。

 この世界の魔法は身近な存在だが、その力を行使できる者は驚くほど少ない。比率にして百人に一人くらいだろうか?

 その為、魔法を使えるだけで人々は憧れ、同時に羨み、嫉妬する。


 貴族で、しかも魔力を持っている人物は稀だろう。該当する貴族はきっと高位の爵位持ちだ。最低でも伯爵級か。しかし・・・大抵、そういう貴族は選民思想に染まりやすい。権力と武力を持ち合わせているのだから、当然と言えば当然だ。あまり関わり合いになりたくない人種でもある。・・・うん、ワンチャンではないな。むしろ貧乏くじだ。


 魔法を使えることがイコール幸せとも限らないのが、この世界の複雑なところ。その一つが魔女狩りである。魔法に対する羨望が暴発した悪例ともいえる。

 先導し、煽ったのは聖神教会でも過激派の異端審問官の一人。それに追従したのは民衆。・・・愚かだ。聖神教会もまた、魔法という神秘でその威光を振りかざしているというのに。


 それとも、聖神教会だけが独占する神聖魔法は特別だと言い逃れする気か?

 人々の傷を癒し、魔物を近付けない聖なる結界を張れるから?

 ならば、その高額なお布施と言う名の寄付は何に使っている?

 全てが福祉活動に使われていると?


 馬鹿を言うな。オイラは知っているぞ。聖神教会の上層部が私腹を肥やしていることを。この目で嫌と言うほど見てきた。

 少ない例外はいるだろうが、大半は生臭坊主だらけ。聖神教会に救いなど求めてはいけない。求めた人々は全員、骨までしゃぶられるのだから。


 世界情勢を考えると、クラリスが平穏に暮らすには貴族や聖神教会とは無縁の魔法使いに弟子として買い取られる事が一番な気がする。だが・・・若旦那とやらは少しでも高く売れるなら相手を選ばないだろう。

 現に、三か月もクラリスを保有し続けている。維持費を考えればすぐに売るのが得だ。だが、クラリスの売却先をじっくりと吟味している。ミト婆さんとの会話を盗み聞きした感じだと、どうも魔力持ちの貴族が候補にあがっているらしい。


 選民思想で凝り固まった貴族に買われたら、クラリスはどうなるだろうか?

 奴隷を養子にするなんてあり得ないし、良くて使用人兼護衛か。裏切らないように徹底的な思想誘導で洗脳し、主人に忠実な猟犬に育て上げる・・・嫌な未来だ。できればそんな未来はこないでほしいが、そんなオイラの願いを聞き入れてくれる神とやらはいなかった。


 後日、クラリスの売却先が決定した。相手は伯爵家だと、若旦那が上機嫌にクラリスに告げていた。さぞ高く売りつけたのだろうな・・・糞が。




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