第6話 よくあること

 買い取った奴隷商人がずんずんと先を歩いていく。置いて行かれまいとクラリスはその背中を小走りに追いかけている。・・・逃げる心配とかしないのか、この奴隷商人。ついてきて当たり前って態度だな。こういう時って逃亡防止の為に手枷とか足枷を付けるもんじゃないのか?

 それとも、クラリスには帰る場所なんかないと確信しているからだろうか。・・・おそらく、そうだろうな。しかし、奴隷商人はどこを目指して歩いているんだ?

 歩幅の差があるので、クラリスの息は切れかかっている。ただでさえ同年代と比べて体が小さいのだ。少しは気にかけろよ。

 オイラの苦言が聞こえたのか、唐突に奴隷商人が立ち止まった・・・わけではない。どうやら目的地に着いたようだ。成人した人間でも十人は余裕で乗れそうなデカい幌馬車。その幌を遠慮なくめくるなり



 「ミト婆さん、この子を診てもらっていいか?」



 気安い口調で、なかにいた六十くらいの婆さんに話しかけた。どうやら、これが奴隷商人の素らしい。



 「なんだい、新顔かい?」



 ミトと呼ばれた婆さんが、やれやれといった感じで馬車から降りようとする。それを見ていた他の奴隷と思わしき十代くらいの若い女が、降りる為の足場を用意する。



 「すまんね、助かった。老人にはこの段差は堪える。それで・・・若旦那の後ろで息を切らせたお嬢ちゃんを診てやればいいのかい?」



 「ああ、時間が余ったから気まぐれに立ち寄ったこの村で見つけた。お買い得だったよ」



 「・・・・・・幾らで買い取ったんだい?」



 「珍しいな、ミト婆さんがそんな事を聞いてくるなんて。まあいいけど。銅貨十枚さ」



 「それはまた・・・随分と買い叩いたね。欲しい人間なら金貨十枚でも出しただろうに」



 「・・・・・・なんだって?」



 ミト婆さんの発言に、買い取った奴隷商人自身が驚いている。

 おいおい、クラリスの価値に気付いたってことはミトって婆さんは魔法使いか。しかもおそらくだが神聖魔法の使い手っぽい?



 「そのお嬢ちゃんは金の卵だよ。この老骨には堪える魔力圧を放っている。しかも無意識に。・・・末恐ろしいね」



 「ミト婆さんと同じ、魔力持ちか!?」



 「同じ・・・と分類されるのもおこがましい差があるがね。アタシがヒヨコなら、その子はドラゴンさね」



「えっ・・・?ボケたか婆さん?」



 呆気にとられる奴隷商人に、ミト婆さんは鼻を鳴らす。



 「まあ、現状では宝の持ち腐れだがね。見た感じ、魔力操作のイロハも知らなそうだ。そこら辺にいる子供と大差あるまいよ。・・・だからこそ、若旦那が安値で買い叩けたんだろうけどね」



 「・・・なるほど。ミト婆さん、あの子に魔力操作を教えることは出来るか?」



 「アンタの正気を疑うよ」



 奴隷商人の提案を、ミト婆さんは一蹴した。



 「一応、俺ってミト婆さんの雇用主なんだけど?」



 「若旦那には感謝してるよ。聖神教会に破門された身であるアタシを買い取ってくれたからね。しかも年の割には高かっただろうに」



 「まあ、神聖魔法の使い手として考えれば得だと判断した結果なんだけど」



 「それでもだよ。だからこそ、そんなアンタ相手に不義理なことはしたくないんだよ」



 「どういうことだ?」



 「商売には聡いのに、魔法に関してはからっきしだねアンタは。・・・いや、それが普通なのか。・・・・・・そのお嬢ちゃんに魔力操作を教えることは出来る。それも容易に。だけど、その子がもし万が一にでも若旦那に悪意を持てば、誰も太刀打ちできないよ。護衛に雇った傭兵どもも含めて全滅さね」



 ゴクリと、奴隷商人が唾を飲み込む音が聞こえた。ミト婆さんの言葉が脅しじゃないと伝わったのだろう。



 「それほどなのか?」



 「さて、アタシにもその子の器は計りきれない。でもまあ、アンタがそのお嬢ちゃんに絶対に恨まれないという自信があるならいいんじゃないかい?恩に着せて、好待遇で迎え入れれば、護衛としてはこれ以上ないほど強力な魔女になれるよ。それは保証する」



 「・・・・・・・・・」



 無言で真剣に検討しているな。



 「真剣に考えこんでいるところ悪いけど、あまりおススメはしないよ。過ぎた力は破滅を呼び込む。身の丈に合った人生を送りたいなら、その子は有力な貴族か魔法使いに売りな。金貨十枚どころか百枚でも買い取ってくれるよ。その金で自分の店を出すのが現実的だ」



 「聖神教会は論外かい?」



 「聖神教会に貸しでもつくりたいのかい?確かにあそこは利権の塊だが、同時に閉鎖的でケチだ。やめておきな、お互い不幸になるよ。アンタ自身と、その子にとってもね」



 ミト婆さんの発言に激しく同意する。魔女狩りを先導し、煽ったのは他でもない聖神教会だ。

 誰も抗う事のできない地震や台風などの天災による被害。しかし民衆は神に責任を求めた。なぜ神は人を罰してばかりで、救ってくれないのだと。なぜ奪うばかりで、与えてくれないのだと。

 批判の矛先をすり替えたい聖神教会は、それを特定の存在に擦り付けた。それが魔女だ。元々、異教徒には厳しい対応をしてきた聖神教会は嬉々として槍玉に上げた。

 魔女こそが全ての元凶だと。迫害し、裁かれるべき存在であると。声高らかに宣言したのだ。


 聖神教会は幾つもの国をまたぎ、大陸中に広く信仰されている宗教だ。大半は無害な一般教徒だが、一部には過激な教徒もいる。まず暴走したのがその過激派だ。一般教徒もつられるようにそれは燃え広がり、当初の予想より過激なものへと変貌していった。

 魔女に関わらず、少しでも怪しい素振りをした者は次々に魔女裁判にかけられ、即判決。そのほとんどが有罪で、生きたまま火あぶりにされていった。ご主人のように。



 「具体的にはどうなりそうだい?元は身内だから簡単に予想できるんじゃないか?」



 ミト婆さんは渋面を浮かべつつ推測していく。



 「・・・アンタは半ば強制的に、お嬢ちゃんを無料で寄付と言う形で没収される。逆らえば異教徒として異端審問官に裁かれるかね。儲けはなし、むしろ損だね。お嬢ちゃん本人は・・・聖神教会暗部の殺し屋として教育かね。きっと異教徒狩りとして大成するだろうさ」



 「・・・・・・」



 奴隷商人は絶句している。まあ、聖神教会ならそれぐらいの事はしていそうだ。むしろするだろうな。決まり文句でもある、聖神の御心のままにとかほざきながら。



 「・・・暗部はあくまで噂に過ぎないが、過激な輩はどこにでも一定数はいるもんだよ。アンタにも、心当たりの一つや二つはあるだろうさ」



 「・・・ああ」



 苦い顔で頷く奴隷商人。中々に苦労していそうだな。・・・話の流れからして、クラリスはどこぞの貴族か優秀な弟子を欲しがる魔法使いに売られる運命か。その買い取り先が善良な人格者・・・とはいかないまでも、幼女に興奮するような変態でなければいいのだが。



 「お嬢ちゃん、名前は?」



 クラリスの前にしゃがんで座るミト婆さんが、名前を尋ねる。



 「クラリス」



 簡潔に答えるクラリスに、ミト婆さんが笑いかける。



 「いい名前だ。・・・・・・若旦那、ざっと見たけどこの子の怪我を治すには、ちょいと時間がかかるよ」



 「わかってる。内臓系が痛んでいるんだろ?ミト婆さんに教えてもらった見様見真似の触診で把握してるよ」



 「くくくっ、過去の教訓が活かされているようで何よりだよ」



 「・・・・・・」



 どうやら昔、似たような事で損失を出したみたいだな。若旦那が黒歴史を思い出したかのように、眉間にしわを寄せている。



 「・・・魔力操作は教えられないが、無意識に漏れだす魔力圧はどうにかしたいね。四六時中これだと、アタシの方が参っちまうよ」



 「そんなにキツイのか?」



 「魔力持ちにしか分からないしんどさだよ。肉体と言うより、精神的なものかね」



 「ふーん、俺視点だとただの子供にしか見えんがね。魔力持ちには物騒な代物なんだな」



 「やれやれ、気楽なもんだね。・・・当面は魔封じの腕輪で対処しようかね。お嬢ちゃんには窮屈だろうけど、それがお互いの為だ」



 ミト婆さんが馬車の中に戻り、荷物を漁った結果、簡素なデザインの腕輪を引っ張りだしてきた。そしてそれをクラリスの腕に無造作にはめる。



 「むっ・・・一つでは完全に封じきれない?もう一つ追加しようかね」



 左右両手首に魔封じの腕輪をつけられたが、それでもクラリスの体からはわずかにではあるが魔力が漏れ出していた。



 「・・・二つ身に着けても完全に封じきれないとは。まあ、だいぶ魔力圧は抑えられたから良しとしようかね」



 「ミト婆さん、済んだかい?それならさっさと出立しよう」



 「おや?今夜はこの辺鄙な村で休むんじゃなかったのかい?」



 「そうしたい所なんだが、傭兵たちが警戒がてら近辺を探索したらゴブリンを見かけたらしい。巣が近くにあるかもしれん」



 東と西と南に計三つの巣があるね。村の近くにまで来ようとしたので、少し前に暇つぶしがてら間引きしたんだが、また増えたのか。相変わらずゴブリンの増殖速度は異常だな。



 「それはまた・・・この村の未来は暗いね」



 「他人の心配より、自分の心配だ。さっさと離れよう。巻き添えはごめんだ」



 そそくさと出発する奴隷商人の馬車を、村人たちは忙しない奴だと遠巻きに見送る。・・・後日、辺鄙な田舎の村はあり得ない程のゴブリンの大群によって滅ぼされた。さほど珍しくもない、歴史の教科書にも残らない些末な出来事の一つとして、人々から忘れ去られていく。



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