第5話 状況は好転したのか?それとも悪化したのか?
幼女の名前はクラリスと言うらしい。あんまり名前で呼ばれることはないんだけどねと自虐するクラリスを、オイラが自慢の肉球で慰めたのはつい先日の出来事。
クラリスの観察をしてから早くも半月が経った。
クラリスは両親を亡くし、遠い親戚の陰険婆さんに引き取られたらしい。働かざる者食うべからずの方針で、早朝から夜遅くまで働かされている。しかし、クラリスは幼女。出来る事は少ない。あの小さな体では大抵の肉体労働に向かないのは自明の理だ。
だが、陰険婆さんはそれが許せないらしい。食事の量は少なく、空腹でふらつき、些細な失敗をしようものなら陰険婆さんは容赦なく折檻した。クラリスは空腹を誤魔化すために水を飲んで・・・それが原因なのか、よくお腹を壊していた。
陰険婆さん本人は躾と認識しているみたいだが、オイラから見ればもはやあれは虐待だ。容赦ないほど、ぶたれていた。クラリスが泣いても許さない。むしろ怒りは増し、殴る蹴る。・・・胸糞悪いことに、痣は見えないように服の下に隠れるところしか殴らないという念の入れよう。
あれではいつ内臓が破裂してもおかしくない。いや、既に内部では出血している可能性すらある。あそこまで手酷く虐待されれば、感情が死に至るのはそう遠くない。だが・・・今のオイラに何が出来る?
猫の姿で子育てなど無理だ。人間社会には溶け込めない。衣・食・住の食の問題は解決できても、衣・住は不可能に近い。ならば・・・陰険婆さんを殺すか?
正直、その考えがよぎったのは一度や二度どころではないが、腐っても保護者。後ろ盾だ。容易には消せない。
アレが死んだら、またクラリスはたらい回しにされる可能性が高い。いや、最悪引き取り手がいなくて孤児院に入れられるかもしれない。・・・この時代の孤児院の環境は劣悪だ。今の環境と大して変わらないか、もしかしたらもっと悪いかも。
今のクラリスにはどちらにしても地獄だ。だが、このままにしておくのも・・・焦りが募るばかりの現状だ。オイラに出来る事といえば、陰険婆さんの目を盗んでクラリスの腹を満たす事だけである。
「今日はイノシシをしとめたの?すごいね、にゃんこさんは」
「にゃあ」
クラリスの笑顔は痛々しい。大げさかもしれないが、今やオイラが心の支えになっている気がする。もし、オイラが今日にでも姿を消したらクラリスはどうなるだろう。・・・・・・良い結果にだけはならないのは確かだな。
「わたしとちがって・・・にゃんこさんは何でもできるね」
「・・・・・・」
「今日もね、ドジしちゃって怒られちゃった。ほんと、わたしってどんくさいよね」
「・・・・・・・・・」
「もしも生まれかわることができたら、わたしもネコになりたいな。そしたら、にゃんこさんといっしょにボウケンできるでしょ?」
まだ幼いのに、来世に思いをはせるのかよ。腐ってんな、この世界。高潔なご主人だけでは足りず、無垢な幼女すら容赦なく押し潰すのか。
「・・・にゃんこさんといっしょにいる時が、いちばんたのしいや」
それ以外は?感情を押し殺して、人形のように過ごすのか?いつものように?泣くことさえ我慢して、痛みに耐え、その先に何がある?
明るい未来が約束されているなら耐えられるだろう。だが、今のクラリスには何の確約もない。何か、何か他に手段はないのか!?・・・クラリスがただ平穏に生きられる未来は、存在しないのか?
「・・・そろそろかえるね。今日もおにくをわけてくれてありがとう。またね」
「にゃ」
またね、か。いかんな、情が移ったかもしれん。とりあえず、今日もバレないようにクラリスの背後から忍び寄り、影に潜り込む。
「・・・・・・・・・」
家に帰りたくないのだろう、クラリスの足取りは重い。だが、早く帰らないとそれはそれで後が怖い。相反する感情に挟まれながら、クラリスは到着した家の扉の前で立ち尽くす。・・・しばらくして覚悟を決めた後、恐る恐るゆっくりと家の扉を開けた。
「やあ、どうもどうも」
出迎えたのはいつもの陰険婆さんの怒鳴り声ではなく、優しい男の声だった。声の主は人のよさそうな笑顔を浮かべて、クラリスの帰宅をまるで家主のように迎え入れる。
「この子がそうなんですよね?」
だが、オイラは気付いた。見知らぬ男の目だけは笑っていないことを。むしろ物事に対して冷め切ったタイプだ。こういう人間は合理的な思考で、無駄を嫌う。その証拠に、陰険婆さんへ即座に確認している。・・・いずれこうなるとは予想していたが、早すぎるだろ・・・!
「そうだよ。さあ、商品は確認しただろ?金額を提示しな」
「ふむふむ。まずはその前に大雑把にで結構ですから、こちらで品質チェックをしてもよろしいですか?」
「・・・四肢も指も欠損していない。起き上がれて歩けている。どう見ても健康体だよ。問題はないはずだけど?」
「それも大事ではありますが、商品に傷がついていない事も同じくらい大切なんです。ほら、貴女だって傷がついた野菜よりは無傷の方が美味しそうに見えるでしょう?」
「・・・手早くやっておくれ」
二人のやり取りだけで理解できる。人のよさそうな男の正体が奴隷商人だと。クラリス本人の意思など関係なく、両者はいかに高く売りつけようとし、いかに安く買い叩くかを話し合っている。商品の目の前で。これは高いと。いや、これは安いと。まるで屋台の店先のようなやり取りを。・・・・・・吐き気がする。
売主の同意が得れた奴隷商人は無遠慮に、何が起きているかも理解できずに立ち尽くすクラリスの服を捲り上げ、体のあちこちを触る。クラリスは時々痛がる素振りを見せつつも、じっとしていた。・・・陰険婆さんの虐待による賜物だろう。奴隷商人も少しばかり眉を顰めている。いや、これは安く買い叩く為のうわべか。
一通りチェックし終えたのか、奴隷商人がクラリスから離れ、陰険婆さんへ声をかける。
「この子の状態を鑑みて、お値段はこれ位が妥当かと」
「なっ!!?」
奴隷商人が提示した金額に、陰険婆さんは目を剥いた。
「・・・冗談だとしたら笑えないね。なんだい、そのガキの値段は二束三文が妥当だと?桁が間違ってるよ」
「生憎と交渉事で冗談は言わない性分でして。いま提示した金額がこの子の適正価格ですね。むしろ私は色を付けているんですよ。他の商人ならもっと安いかもしれません」
「・・・あんた、足元を見すぎだよ」
陰険婆さんに殺意のこもった目で睨まれても、奴隷商人は柳に風と受け流す。
「こちらのお宅では随分と厳しく躾られたようで、この子の全身は痣だらけです。これでは見栄えが悪い。痣が消えるのにもどれほどの時間がかかるやら。それに素人の触診でもわかるくらい、内臓系も痛んでいますね。このままでは取引先に売る前に死ぬ可能性すらあります。・・・むしろその分の手間賃としてこちらがお金を戴きたいくらいですね。うちはゴミ処理を商売にはしていないので」
「チッ!」
慇懃無礼な態度で理路整然と反論され、忌々しいとばかりに舌打ちする陰険婆さん。だが、奴隷商人は気にも留めていない。むしろ慣れた作業と言わんばかりに尚も詰め寄る始末。
それから・・・両者は幾つもの言葉を応酬し合うが、当然のように奴隷商人の方に軍配は上がった。結果的にクラリスは二束三文で買い叩かれた。
「ろくな死に方しないよ、あんたは」
奴隷商人に向けて悪態をつく陰険婆さん。負け惜しみの捨て台詞は三流の悪役なみだ。というかお前が言うな。
「お心遣い痛み入ります。もとよりこんな商売を生業にしているので、覚悟はしていますから。では、これで失礼します」
さすが商売人、面の皮が厚い。にこやかに受け流しやがった。陰険婆さんは苦々しく顔を背ける。
とにかく、こうしてクラリスは売り飛ばされた。これが良い未来に繋がるかは・・・今のところはわからない。
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