第4話 見極め

 初見でオイラの弱点を突くとは・・・油断できないな、この幼女!



 「にゃんこさん、ふかふか」



 無防備にもお腹を撫でられ、気持ちよくなる前世人間のオイラ。悔しい。すごく悔しいです。けど、逃れられない。うん、もう割り切ろう。・・・いいんだよ、これで。今世は猫なんだから。さあ、幼女よ。もっと愛でるがよい。



 「おい、無駄飯食らい」



 「あっ・・・」



 そんな心温まる触れ合いの時間も、招かれざる客によって強制的に中断された。声だけで、幼女は相手がわかったのだろう。さほど大声でもなかった呼びかけに身をすくませている。その動作は無条件、無意識だった。まるで体に刷り込まれたかのように。



 「・・・これは何だい?」



 幼女を威圧するように見下ろす、推定年齢は八十くらいの婆さんが詰めて来る。随分とまあ子供相手に、いや子供だからこそか。高圧的な態度だ。面も陰険そうだし。そんな陰険婆さんが指摘した視線の先には、川辺にある調理用にオイラが用意した焚き火と、鳥の残骸がある。無論、肉は残っていない。幼女がきれいに、隅々まで食べきった。

 残されたものは雑にむしり取った羽毛と、骨のみ。ちなみに内臓はオイラが食った。・・・陰険婆さんが聞きたいのはそういう事ではなさそうだが。



 「これは・・・その・・・」



 口ごもる幼女。いかんな、オイラのせいで責められる雰囲気だぞ、これ。正直、責める方がどうかと思うけど。そういう理屈が通じそうな相手には見えないのが実に厄介。



 「貴重な肉を独り占めかい?卑しいガキだね、あんたは。育ての親におすそ分けもなしかい」



 いきなり現れて酷い言い草である。口ぶりからして保護者か?・・・そのわりには親愛の感情が欠片も感じられない。むしろ憎々しいと言わんばかりの態度だ。子供相手に大人げなさすぎる。どういう関係性だよ。



 「ご、ごめんなさ・・・」



 「謝れば全てが許されると思ってんのかい?」



 「・・・・・・・・・」



 「今度は無言を貫く。生産性がないねえ」



 「あっ・・・えっと・・・」



 このババア、ガキ相手に何を求めているんだ?むしろアンタが与える側だろ。むしろテメエに生産性はあるのか?なんかむかつくババアだな。



 「どうやって手に入れたかは知らないが、一度は鳥を仕留めたんだ。もう一羽、仕留めてきな。肉を持ち帰ってきたら、家に入れてやるよ」



 肉を献上しろってことかよ。どうすればそういう思考回路になるんだ?



 「それまでは帰ってくるんじゃないよ。ああ、もちろんアンタの分の晩飯はなしだ。黙って一人だけで肉を食ったんだ。当然だろ?」



 「・・・はい」



 か細く、消え入るような声で幼女は返事した。陰険ババアはそれを聞き届ける前にさっさと立ち去って行く。・・・胸糞悪いやり取りだ。この様子だと今日だけではなく、常日頃からこういう扱いを受けているのが分かってしまう。陰険ババアの背中をひと睨みして、オイラは幼女に視線を戻す。



 「どうしよう・・・どうしよう・・・」



 これ以上ない程に狼狽えている幼女。・・・・・・仕方ない、あの婆さんにくれてやるのは惜しいが、肉はオイラが調達してこよう。ついでに今日の晩飯抜きになった幼女の分も。

 オイラにかかれば鳥の一羽や二羽、狩るのは造作もない。そうと決まれば狩りだ、狩り!ひゃっはーーー!!



 二時間後。

 陰険婆さんのせいで溜まったストレス解消がてら、無事に肉を調達し、狩りを終えたオイラは意気揚々と幼女の元へ帰ってきた。幼女は・・・途方に暮れたまま川辺に佇んでいる。なんか今にも入水自殺しそうな、負のオーラを放っているので、オイラはその背中に元気よく呼びかけた。



 「にゃあ!」



 「ほわっ!?」



 大げさなくらい驚く幼女。



 「あ、にゃんこさん。いままでどこに・・・」



 ふっふっふっ、まぁそう慌てるな。オイラは狩りの成果を誇るように、自身の影から仕留めた兎を引っ張り出す。大きさはオイラより少し小さい程度だが、さっきの鳥よりは可食部分は多い。・・・本当ならもっと大きいのも仕留められたんだが、オイラの影魔法では自分より大きい物は収納できないので、これが限界。それでも使えるだけ便利なので、重宝してる。



 「えっ?えっ?いまどこから?どうやって?」



 おお、見事に混乱しているな。まあ、細かい事は気にすんな。とりあえず食え食え。

 相変わらず雑な下処理で兎の毛皮を剥ぎとっていく。鳥とは違うが大雑把な手順は変わらん。手際が悪いなりに肉を焼いて、幼女に提供。

 さすがにこんなに一人では食いきれないと幼女が遠慮したので、オイラも幾らか貰う。幼女はうまい、うまいと涙を流して食っているが、オイラにしてみれば微妙だ。やっぱり下処理が悪いのか、獣臭い。せめて調味料があれば、この臭いも多少は誤魔化せるんだが。塩があるだけでも段違いなんだけど、難しいだろう。この欠食児童にもっとうまい物を食わせたいのに・・・歯がゆいな。


 プロの猟師がいたら下処理の手順を教わりたいもんだが、猫相手に真面目に教えてくれる奇特な人間には心当たりがない。・・・やはり独学しかないか。そんなことをグダグダ考えている間に、一人と一匹で兎を食いきった。満腹になってどこか満足げな幼女がぼそりと呟く。



 「いま死んでも、こうかいしないかも」



 「・・・にゃあ」



 そんなこと言うなよ。腹が一杯になっただけだろ。世の中にはもっと楽しいことがいっぱいあるぞ。



 「・・・・・・どうしよう、にくを持ちかえらないといけないのに、ぜんぶたべちゃった」



 今更だな。ほれ、そういう時の為に小ぶりな鳥も狩ってきたぞ。それを持ち帰れば問題なし。土産とばかりに差し出した鳥を、幼女はじっと見つめる。



 「・・・・・・それは、にゃんこさんがとってきたんでしょ?いいの?」



 「にゃ!」



 いいよいいよ。どうせあの陰険婆さんに献上されるだろうから、わざと小ぶりな鳥を仕留めてきたんだ。・・・本音としては毒持ちの獲物を持ち帰りたかったが、自重した。何かの手違いで幼女が食べてしまう可能性があったからな。あの陰険婆さんだから毒見とかさせそうだし。



 「・・・ありがとう、にゃんこさん」



 いや、だから油まみれの手で撫でまわすなと・・・まあ、いいか。



 「にゃんこさんは命のおんじん。なにかわたしにできる事ある?」



 あいにくあの陰険婆さんみたいに、子供相手に見返りを求める狭量な器じゃないぞ、オイラは。気にすんな!

 礼は不要とばかりに、その場から走り去る。背後から幼女が「ありがとう!」と叫んでいるのが聞こえた。・・・・・・颯爽と駆け続けながら、まだしばらくはこの近辺に滞在するべきかと思案する。あの幼女がご主人の生まれ変わりなのか、それともただの魔法素養に優れただけの子供なのか。見極めるとしよう。



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