第2話 何の音?

 生まれ変わったご主人を探すという、当てのない旅を続けて一年ほどが経った。未だに収穫はない。ああ・・・ご主人よ。貴女は今、どこで何をしているんだ?

 場所さえわかれば、そこが例え世界の果てであろうと駆けつけるというのに。目標がなければ駆け出すことさえ困難だ。

 存外、当てのない旅とは気ままだが、流されっぱなしという側面もあると発見した気分だ。かくいうオイラがフラフラと大陸各地を渡り歩くのは、一筋の希望すら見つけられないからだ。


 森を抜け、荒野を駆け、川を飛び越え・・・半ば無意識に下を向いてひたすら歩き続けていた時だった。視線の先に立ち塞がるように足先があった。視線を上げた先には子供の姿。年齢はおそらく四、五歳ってところか。うん、実に生意気そうな面構えである。ここは面倒だがこちらがよけよう。そう思って右に迂回しようとしたら、子供は立ち塞がるように移動した。・・・今度は左に迂回しようとしたら同じく移動。これは完全に狙ってやっている。


 ならば大きく回り込むかと思った矢先、左右背後に人の気配。・・・どうやらいつの間にか囲まれていたらしい。前後左右。完全に包囲されている。どいつもこいつも小生意気そうなガキんちょばかり。

 さて、どうするかな。ただ単にこの愛くるしい猫の姿であるオイラを愛でたいという気持ちなら、撫でられるのもやぶさかではない。あまりしつこいのは嫌だけど。

 だが、一方で不安もある。この年頃の子供というのは純粋で無邪気で・・・時折すごく残酷だ。前世のオイラもそうだった。意味もなく虫を殺した。その羽を、手足をもぎ取り、むしり取り、踏み潰した。理由はない。意味もない。楽しかったかと聞かれれば・・・特にそうでもない。一つの命と認識せずに、ただ奪う。それだけ。


 さて、このガキんちょ共はどちらの類だろうか。手に木の棒やら石は持っていないようだが、そんなものはすぐに現地調達できるので脅威度は変わらない。

 うーーーん、面倒臭い。相手がゴブリンとかなら即座に首を噛み千切るんだが。四人も子供がいるということは近くに村か町があるのだろう。つまりそのテリトリー内に足を踏み入れたのはオイラの責任でもある。どうしたものやら。


 平穏にやり過ごそうと思案するが、どうやらガキんちょ共は我慢の限界らしい。無遠慮に四方から手を伸ばしてくる。捕まったら最後、とは言わないが怪我をさせるのは本意ではない。なので迫りくる魔の手を軽々と躱し、包囲網を抜け出す。そして華麗に颯爽と駆け出す。

 後ろから残念そうな声が幾つも聞こえるが、スルーした。しばらく全力で駆けて、チラリと背後を振り返るが・・・追手はなし。それを確認して少しずつペースを落とす。やれやれ、さっさとこの近辺から離れるとしよう。人間に愛嬌を振りまいて食い物をねだる必要はない。この身一つで生き抜ける術は既に身につけているのだから。


 小走りから再度、全力疾走へギアチェンジしようとしたまさにその時、視界の端にソレはいた。

 川を見つめる一人の小汚い幼女。後ろ姿からでもわかる手入れのされていない髪はボサボサで、栄養状態が悪いのか手足はガリガリだ。

 だが、その小さく華奢な体に不釣り合いな、溢れんばかりの力強い魔力圧はなんだ?

 肌を突き刺すようなそれは、威圧とも捉えられる。だがその後ろ姿からは気負いを一切感じられない。まさか無意識で漏れ出ているだけ?

 人間・・・・・・だよな?

 あまりの衝撃にオイラは思わず立ち止まり、幼女を見つめた。今でアレなら十年後、二十年後はどうなるんだ?

 あれ程の大器、もしかしたらご主人よりも凄い魔女になれるかも。否、むしろあの幼女こそがご主人の生まれ変わりかもしれない。


 そう思ったら、居ても立っても居られなかった。オイラは幼女の傍へ駆け寄った。その距離がおよそ一メートル程まで接近した時、幼女が不意に振り返った。その顔・・・というより目を見て、絶句した。

 幼女の目は死んでいた。光を一切、失っていた。これは・・・・・・何もかもに絶望した者の目だ。生きることに疲れ果て、希望という言葉を知らない人間の目だ。年は・・・先ほどのガキんちょ共と同じくらいか。だが、遠目から見ても分かっていたことだがやはり、肉付きが悪い。これでは栄養失調で死んでしまうぞ。


 オイラの危惧なんか知る由もない幼女は視線を川へ戻した。確かに目と目が合ったはずなのにこの無関心ぶりは、少しばかりオイラの自尊心を傷つけた。今世、美猫を自負するオイラを一瞥するだけだと!?

 飼い猫でもないのに美しい黒単色のサラサラ毛並み!愛らしくも宝石のように美しい琥珀色の瞳!!体毛が長くて密集しているせいで太っているように見えるが、実は引き締まった美ボディ!!!そのどれもが興味ない、だと!??


 これは・・・一大事だ。オイラの愛くるしさすら無感動になるほどの絶望を、いったいどうすれば・・・・・・ぐるるるきゅるるるる!!!


 今の・・・まるで大型肉食獣の唸り声のような音はいったいどこから?


 ぐきゅるるるるるくるるるるる!!!


 まただ!近いぞ!・・・っていうか、幼女から聞こえてきたような?


 ぐるるるぐるるるるうきゅるるるるる!!!


 えーっと・・・・・・お腹が空いてる?


 くきゅるるるる・・・!


 いや、お腹の音で返事するなよ。・・・なるほど、花より団子。色気より食い気か。オイラの愛くるしさも食欲の前には形無し。しょうがない、一狩りしてくるか。
















◇後書き

文字だけでは表現しきれないので、参考までに。主人公は差異はありますがマヌルネコを想像してもらえれば一番よいかと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る