影猫は転生者

赤っ鼻

第1話 旅立つ猫


 オイラのご主人は凄い。何が凄いって・・・全部だよ。凄腕の魔女にして高潔な人格と美貌。全てを兼ねそろえたパーフェクトウーマン。使い魔であるオイラとしては鼻が高い。

 だが、そんな完璧魔女であるご主人でも失敗はする。過去にも幾度かあった危機。今回も何とか無事に乗り越えたと思ったのだが・・・悪運は尽きたらしい。もはやどうしようもない状況にまで追い詰められた。いつもなら「何とかなるわよ」と楽観的なご主人も、今や覚悟を決めた顔つきである。


 オイラは前世を三十年ほど人間として生き、今世は十年ほどを使い魔として過ごしてきた。どちらの生も大変だったが充実はしていた。未練は残るが、楽しかった思い出の方が多い。なら・・・決して悪くはなかったと思える。来世があるなら次はなんだろうか?

 来世に思いをはせつつ、オイラも覚悟を決める。さて、今世のご主人に最後のご奉公といきますか。

 理不尽な魔女狩りでしつこく追ってくる追跡者どもの足音が、どんどん近付いている。道連れに半分くらいはその喉を嚙み切ってやる。そんな我ながら物騒な思考をしていたオイラの体を、そっと背後から抱きかかえるご主人。


 こんな状況だというのに、吞気にオイラをモフモフするご主人に困惑する。相変わらず心地よい体温に、いい匂い。叶うならばずっとこのまま時が止まればと願ってしまう。・・・・・・ご主人は満足したのか、オイラの体の向きを変えて正面から見つめ合う。ニコッと笑うご主人を見て、不意に嫌な予感がした。



 「元気でね、コハク」



 ご主人の言葉を理解するのに数舜かかった。それはどういう意味だと問いただす前に感じる浮遊感。これはまさか・・・転移魔法!?

 ちょっ、まじかよご主人!!オイラを転移するぐらいならまず自分だろ!



 「そんな恨めしそうな顔をしないでよ、コハク。君を転移するのがギリギリの魔力量だったんだから。・・・・・・君だけでも助かってくれたら、私の人生にも意味があったはずさ」



 そんな・・・オイラだけが生き残っても。死にかけていたオイラを拾ってくれたご主人がいなかったら意味なんて。



 「恨み言の一つや二つ、言いたいだろうけど今世は締め切り。・・・・・・来世とやらがあれば、その時にまとめて聞いてあげる」



 それがご主人の最後の言葉。後半部分は独り言のつもりだろうが、オイラには確かに聞こえた。だから、オイラは忘れない。ご主人の最後の笑顔と言葉を。

 それからご主人がどうなったかは知らない。何しろご主人渾身の転移魔法によってオイラは隣の別大陸にまで飛ばされたのだから。



 アレからおよそ十年。戻ってくるのに十年もかかった。・・・おそらくご主人は生きていない。魔女は見つかれば裁判なしで生きたまま火あぶりがお決まりのコース。例外など存在しない。ご主人だけが特別に許される、そんなことあり得るはずない。けれど時々、ご主人の夢を見る。そのたびにこれは夢だとわかっているのに嬉しくなるのはどうしようもない事だった。もしかしたらと夢想してしまう。・・・そして夢から覚めてオイラは涙を流す。ああ、やはり夢だったのかと。


 十年という月日は、魔女狩りという狂騒を人々から忘れさせるには十分な年月だった。今ではすっかり寂れた風習扱いだ。一過性の流行のような凶行。だが、オイラは忘れない。ご主人を失った苦しみ、悲しみ、そして怒りを。


 ご主人に助けられたはずなのに、恩を仇で返した密告者を見つけ出す。何も悪い事をしていないご主人を、魔女だからという理由だけで断罪した裁判官を見つけ出す。ご主人を生きたまま火あぶりにした死刑執行人を見つけ出す。魔女狩りを先導した扇動者を見つけ出す。


 その全てがついでに過ぎない。オイラが一番に探し求めているのはご主人の生まれ変わりだ。ご主人は必ず転生している。前世では一般人に過ぎなかったオイラが何の因果か転生したのだ。あれほどまでに高潔な魔女であったご主人が、転生できない理由などない。

 確信はないし、手がかりもない。そもそもこの世界に再び生れ落ちるかも分からない。オイラみたいに別の世界へ辿り着くことさえ考えられる。だが、それがご主人を探さない理由にはならない。

 さあ、ご主人へ恩返しをしに行こう。オイラを拾ってくれた命の恩人であるあの人を。



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