第37話 心霊写真



「心霊写真企画〜?」


「そうそう。リスナーから送ってもらって、俺たちがその中からお気に入りを選ぶのよ」


「でもさあ、イマドキ心霊写真なんてウケる? だって、いくらでも加工し放題じゃん」


「いいんだよ、それで」


「嘘松呼ばわりされるのイヤなんだけど」


「てかさ、まず鷹見たかみの意見を最後まで聞こうぜ。全部言い終わったら、ツッコミ入れてこ」


「はいはい。本当に面白くなるんでしょうね?」



 私たちはYouTuberだ。基本はオカルト系で、深刻になり過ぎないようにコメディ要素も加える。夏らしい企画を考えるために、私と陽九ようくと鷹見さんは仕事の為に借りたオフィスで意見を言い合っている最中だった。


 グループの中で最年長で髭を生やしている青年が鷹見雨情うじょう(本名は鷹見虎男)。だいたいの企画はこいつが主導するため、リーダー的存在だ。


 兄貴は御堂みどう陽九(これ本名なんだよね、笑える)。機械に精通していることが兄貴の強みであり、採用価値だ。あと、体も丈夫でこれまで体調を崩したことが無いから、便利だ。


 私は御堂三涼みすず。陽九の実の妹だ。高校を中退し、兄貴と鷹見さんがYouTuberをしていると聞き、参加している。再生数が伸びるには整った顔立ちの女がいると有利だという鷹見さんの打算で誘われたが、案外良い小遣い稼ぎになっているので助かっている。



「心霊写真。三涼の言う通り、今や心霊写真なんていくらでも捏造出来る時代になった。本物もあるかもしれない。でも、99パーセントが偽物だ。でも、偽物でもいいと俺は思う」


「は? 話が見えないんだけど」


「俺がやりたいのは『霊能者になってみた!』だ。リスナーから心霊写真を貰う。そのときにその写真を撮った状況、その後の情報を知らずに適当に心霊写真を解釈するのさ」



 鷹見は甘いコーヒーを持っている。



「心霊写真が使われる心霊番組では写真を撮った背景、その後のストーリーを汲んで霊能者がコメントを述べる。でもさあ、これつまんなくね? 心霊写真は美術画に似ている。見た者に無限の解釈をさせるのが、真の心霊写真だ」


「来るのは加工しまくりの偽物でしょ?」


「そもそも本物を使うのは差し障りがある。偽物であれば、むしろ歓迎さ」


「なるほど、リスナーから貰った心霊写真を俺たち3人がいかにも霊能者っぽいコメントを述べながら紹介するわけね」


「ふーん。それなら面白そうかもね」


「あとは何通来るかだな」



 数日後、送られてきた写真は50を超えた。その中から選別されたものはこちら。



鷹見雨情 プレゼンツ


 少女の写真だ。ランドセルを背負っている。見たところ何も異変は無さそうだ。だが、ランドセルをよく見ていると、違和感がある。リコーダーのようなものがランドセルに突き刺さっている。それは灰色の手であった。


 この手は少女の祖母の手でしょうね。慈しみを感じます。きっと守護霊なのでしょう。



御堂三涼 プレゼンツ


 廃マンションの写真だ。肝試しを終えて最後に友達同士で写真を撮ったのだろう。注目すべきは廃マンションのベランダに無数に立っている黒っぽい姿の人。廃マンションなので、人が住んでいるはずがない。だが、この写真に収まっている範囲のすべてのベランダからは黒い誰かがこちらをずっと見ている。


 これは悪霊ですね。苦しい思いをしてきた自分たちを笑いものにしているという事実が許せないのでしょう。きっと、彼らはこの撮影者たちに呪いをかけるに違いありません。



御堂陽九 プレゼンツ


 男性と女性がにこやかに笑っている。しかし、上半分が赤いもやのようなものが映っている。この写真は連続で8枚来たが、すべて同じ調子であった。


 これはいわゆるオーブというやつだろう。低級霊の仕業で間違いない。しかも赤色となれば、この夫婦はすぐにでもお祓いをするべきだ。もしやらなければ、顔の穴という穴から血が流れてきて頭は潰れてしまうだろう。




 略したが、だいたいこんな感じだった。あくまで企画であるのだし、好き勝手にコメントしては3人で笑い合った。同接のリスナーは大盛り上がりだったし、登録者も増えた。



「心霊写真ってさ、本当にあると思う?」



 次の日の夜。私が鷹見さんの部屋の冷蔵庫から出した甘いコーヒーを飲みながら言う。純粋な疑問だ。けれど、オカルト好きなはずの鷹見さんの答えは現実的で無情だった。



「無いよ。カメラが新しくなってきたから、そういうトラブル自体が減ったのも原因ではあるけれど、それまでのものだって加工出来てたはずさ。だいたい、オバケだってこの世界にはいないんだ。心霊写真だって、有り得ないぜ」


「そうなのかあ」


「何か気になることがあるのか?」


「実はさ、さっき、ここへ来る前にひとりでマンションの下の道を通ってたら視線を感じたんだよね。見上げてみたらすべてのベランダに黒い人がいて、みんな私のことを見ているんだ」


「たまたまだろ」


「だよね。鷹見さん、その首元の痣は何?」


「あ、こ、これは。夢、のなずなんだ。おばあさんから首を絞められて、死にそうだった。それよりさ、陽九はまだか?」


「兄貴……そう言えば遅いな。遅刻するタイプじゃないんだけど」


「訪ねてみるか」


「私も一緒に行く」




 ということで、兄貴のアパートに来ていた。鍵は……空いている。インターフォンにも反応は無し。そろりそろりと歩いた。コタツに兄貴は突っ伏していた。顔からは夥しいほどの血液が溢れ出ていた。死んでいる。



「うそ」



 と言いつつも、そうなんじゃないかと思っていた。予感があったおかげか、私は冷静だ。


 まずは警察を呼ばなくては。無意味だろうけど。しかし、後ろを振り返ると鷹見さんが倒れていた。身体中のあちこちに手型がある。そして、首が折れていた。


 速すぎる。人の死にはもう少し情緒があると思っていたのに。


 ……私は逃げた。心霊写真の通りに死んでいる。でも、私は具体的にどうなるのかを書いていない。ふたりとは明確に違う点だ。死なない、そのはずだ。



「くすくす」


「ふふふふ」


「アハハハ」



 私はもう二度と上を向いて歩けなくなった。きっと、廃マンションでベランダに立つ人たちの笑い声は耳の中に残ったまま、離れていくことはないだろう。静かな絶望に私は自宅のマンションの屋上から飛び降りることにした。あまりに速い決定に疑いすらしないまま。


 地面に激突する寸前。


 そんなものが見えないように飛んだはずなのに、黒い人間たちがすべてのベランダに立っているのが見えた。彼らの笑顔に戦慄する。


 気がつくと、私は元の場所に戻っていた。夢? 自殺なんてどうかしてた。まずは、警察を呼んで……。体が動かない。それどころか、足はゆっくりとフェンスを乗り越えた。そして、落下し、地面に激突しては全身が爆発するように痛む。


 けれど、またしても。私はマンションの屋上にいた。きっと、これからはこの責苦せめくがずっと続くのだ。そんな絶望的な状況なのに何故だか分からないけど、私は笑っていた。きっと、この体は真っ黒に見えているだろう。


♦︎♦︎♦︎


 どうでしたか、ぼっちゃま。


 最初は作り話だったはずなのにね。写真自体は本物なの?


 いいえ、あれは加工されたり、本来あるべきモノが消されていたりと、とても心霊写真だと言えるようなモノではございません。


 醸成じょうぞうするには早過ぎるよ。


 ええ。現代の人間はほとんど、心霊写真については否定しております。しかし、幽霊がいるかいないかは判断を保留している状態です。幽霊など存在しないと断言する者より、もしかしたらいるかもしれないと思っている者の方が遥かに多いのです。


 しかもこれ、インターネットで拡散されているよね? 被害者は他にいなかったの?


 はい。不幸中の幸いでありました。


 低俗な見世物に見えるけど、こんな企画にたくさんの人が食い付くなんて世も末だ。


 人々は娯楽を求めておりますからね。


 眠くなってないけど、おやすみ、ばあや。


 おやすみなさいませ、今宵の妖し怪し語りはここまでにございます。

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