お礼

 昼下がりの魔道具店。


「あの日はありがとうございました」


 そこでトアが僕へと深々と頭を下げていた。


「ん?」


「ご主人様の魔法のおかげで私の領地は救われました。外貨になるようなものはありませんが、少なくとも領民が飢え死ぬことはもうありません……本当に、ありがとうございました」


「あぁ……そっか、それは良かったね」


 僕がロロスト男爵家へと赴き、魔法をかけてあげたのは今からもう一週間くらいは前か……まだ、この時期なら新たに作物とか生えない気がするんだけど。

 雑草でも食べているのか……?

 まぁ、救われたってトアが言っていたんだからもういいか。


「あぁー、そういえば、君ってば両親に売られた立場なのに何の恨みも抱いていないの?素直に領地を立て直すことばかりぼくにいってきたけど」


「はい、恨んでません」


 そういえばと自分の頭に飛来してきた僕の疑問に対して、トアは直ぐに即答する。


「私には、姉がいたんです」


「ふむ」


 僕はトアの言葉に少しばかり首を横にしながら頷く。


「姉は、私たち一族の希望でした。私なんかよりも明るく元気でみんなから好かれて、尚且つありとあらゆる才能にも恵まれていました。我ら、不遇の時代を過していたが、とうとう姉を持ってして救われる……とは言われている人でした。当然、私もその姉のことを心の底から慕い、尊敬していました……」


「……おぉー」


「ですが、その姉は死にました。魔物に襲われていた私を庇って亡くなったのです……私は、私は、死の間際に立つ姉から領地のことを託されたのです。それなのに、私は、何も出来なかった。ただ、自分を売りに出して少しでも利益をあげる、ことしか……!」


 自分を身売りするって、『しか』なんていう話じゃない気がするんだけど。


「ですから、私は家族を恨んでいません。自分が決断したことですから。私が恨むとしたら己の無力さだけです」


「ふぅー、そんな卑下する必要ないよ」


 重いトアの話を聞き終えた僕は深く息を吐きながら、口を開く。

 彼女レベルの境遇の人も、この世界ではさほど珍しくない。

 この残酷な世界で己の力がないことを恨んだってしょうがない。

 もうどうしようも無いラインが存在するのだから。


「君は僕と巡り会い、そして、既にやることを見つけて己の人生を満喫している僕に助けたいと思わせるほどの存在となった。巡り合わせの運と、君の人柄は誇るに値する、特に運。運は大事だからね」


 何はともあれ、トアは自分の領地を助けたのだ。

 姉との約束を果たす形でしっかりと、なれば卑下する必要はないだろう。


「だから、卑下し、恨む必要は無い。ただ、僕に感謝しておけばいいよ」


「あ、ありがとう、ございます……っ!」


 僕の言葉を受け、深々とトアはこちらへと再度頭を下げてくる。


「んっ?」


 ちょうどそのタイミングで、定休日の札が下げられている魔道具店の扉が開かれるのだった。

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