傷
ただの勢いで奴隷を購入したこともあって、僕は次なる目標を仕事探しではなく宿探しへと切り替えた。
まずはボロボロになっている奴隷の処理の方が先決であると考えたのだ。
「案外簡単に取れるのだな、宿というのは」
ということで宿を探し始めた僕ではあるが、何の問題もなく宿を見つけることが出来た。
「ふぅむ……市井の者はこのベッドで寝るのか」
狭い部屋に置かれているのは全然反発しない粗雑なベッド。
これで一日の疲れが取れるのだろうか……?
「まぁ、そんなことより君か」
僕は市井の生活模様に思いを馳せるのは辞め、部屋の片隅でこちらへとファイティングポーズを取っている獣人の少女へと視線を向ける。
「よっと……まずは、君の名前は?」
ベッドへと腰掛けた僕は彼女への疑問の声を上げる。
「だ、誰がお前なんぞの質問に答え……っ!り……り、リスタ」
「ふむ。そうか」
契約紋のせいで自分の意思に反して喋る口を前に、忌々しそうな表情をする少女ことリスタを僕は改めて観察する。
粗雑な服によって大事なところだけを隠された状態になっているリスタは、痛々しい傷跡が幾つも刻み込まれた素肌のほとんどを晒している。
そして、右腕は肘辺りのところで切断されており、その傷口が膿んでしまっている。
リスタはもう目も当てられないほどに外傷を負っていた。
だが、それよりも悲惨ななところがある。
「魔力回路がめちゃくちゃだな」
リスタの傷において最も酷いのは目に見えるところにはなく、その体内だった。
「……っ!?」
この世界に存在する魔法という理論上は何でも引き起こすことのできる奇跡。
それを体現するの元のエネルギーとなるのが魔力である。
そして、すべての生物はこの魔力を体内に保有しており、その魔力が流れているのが体内に存在する魔力回路である。
血管に隣接する形で存在する魔力回路。
それがリスタの場合はズタズタに引き裂かれていた。
「どうしたらそんなことになるのだが……」
「う、うるさいっ!」
「はぁー、とりあえず近こうよれ。治してやろう」
「……は?治せるのか?」
「あぁ、治せる。外傷も、魔力回路も合わせて治してやる」
「ま、魔力回路を治すなど聞いたことないぞっ!?」
「ん?別に手法自体は結構前からあるぞ。ただ、一般にはあまり知られていないだけで」
「……お願い、する」
未だ警戒心は解かず、だがそれでもリスタはこちらの方へと自らの意思で寄ってくる。
「よーしよし。しっかりと治してやるからなー」
「わわっ!?」
己の前に立ったリスタを掴んだ僕はそのまま流れるように彼女の頭を自分の膝の上にのせて膝枕にさせる。
「とりあえずは外傷の方から」
僕は回復魔法を発動させ、先ほどの鞭打ちによって出来た傷も、肌に刻み込まれている古傷も、切断されて膿んでいる右腕も完全に治してみせる。
「……っ!?う、腕の方も戻った!?」
それに対し、リスタは驚愕しながらきれいになった自分の右腕を動かしながら目を見開く。
「魔法はちょっとばかり得意なんだ」
「ちょ、ちょっとっ!?」
「うん、ちょっとだけね」
「いやいや!?絶対にちょっとじゃないって!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
僕は荒ぶるリスタを抑えて次の魔法の準備を行う。
「次は魔力回路を治していくよー」
そして、魔法を発動。
サクッとリスタの魔法回路を完全に修復してみせる。
「……嘘」
魔力回路が修復されると共に空気中の魔力を勢いよく吸い上げ、リスタの体内で循環させ始める。
「魔力が、戻っている……?」
「少し経てば自分の体内からも魔力を生成できるようになると思うよ」
「……こんな、ことが、本当に?」
「だから、魔力回路を治すくらいそこまで難し」
「ご主人様っ!!!」
呆然としているリスタに対して語る僕の言葉を遮って、彼女は勢いよく口を開いて僕の腕を掴んでくる。
「んっ?何?」
「お願い!助けて!私の、私の村がっ!?」
「んんっ?急に何……?」
僕は急なリスタの懇願に動揺の声を上げる。
「あっ、え、えっと……今、私の村が人間から攻め来られている最中で。その、何かしらの効果で村の人たちの魔力回路が壊されちゃってて……それで、それで、治してほしいの!」
「あー、ね?」
獣人はこの世界だと差別される立場にある。
差別意識によって獣人への攻撃を苦とも思わない連中が獣人の村を襲うなどといった事件が時折起こるのである。
「一応獣人への攻撃は違法なんだけどねぇ……うん、良いよ。どうせやることもないし、助けてあげよう」
この国の法律として獣人への攻撃は一応禁止されている。
あまり守られていないような気もするが、それでもれっきとした法律であり、獣人への攻撃は犯罪。
ふふっ……奴隷商人か、それともどっかの盗賊団か。
どこかは知らないけど、犯罪行為を咎めて大量のお金を奪取できそうだ。
「ほ、ほんとっ!?それじゃあ、今から行こうっ!」
「いや、流石に今からは」
「じ、事態は一刻を争うんだよっ!早く!早く!」
「いや、悪いがその前に風呂だな」
僕はリスタの髪の毛をわしゃわしゃさせながら口を開く。
「臭い」
そして、リスタの髪から立ち上る匂いについて一言。
「ふなっ!?」
それを受け、リスタは驚愕の表情と共に固まるのだった。
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