奴隷

 街をぶらぶらと歩き回った先で見つけた服屋。


「ふむ、良い感じだろうか?」


 そこに入って服を見繕っていた僕は自分の前にある鏡を見ながら満足げに頷く。

 先ほどの煌びやかな衣装とは相まって、自分が今着ているのは黒を基調とする地味目な服装である。

 これならば先ほどのように目立つことはないだろう。


「本当にそちらの服でよろしいのでしょうか……?ご貴族様に相応しいような服は二階のほうにご用意させていただいていますが」


 鏡に映る自分を見て満足げな僕に対し、自分の隣に立っていたこの店の店主はおずおずとした態度で自分への疑問の声を上げる。


「良いのだ。というのも、僕はクーデターを妹に起こされて領地から叩き出された元領主であるからな。これから僕は平民として生活していく予定なのだ。あのような服装は着ていられない」


「……っ!?」


「あぁ、だからと言って何か指名手配されているわけじゃないから安心してくれ。僕に服を売ったからと君の店が接収されることはないよ」


「ほ、本当、でぇ?」


「あぁ、もちろん。というか、本当でなければこんな風に明かしたりはしないよ」


「で、ですが……」


「そう心配しないでおくれ。もし、妹がこの店へと牙を剥くようであれば再度、僕が権力を奪ってやってもいい。君に被害が行くようなことはないと断言するよ」


「そ、そんなことが可能なのですかな?」


「自分を傀儡としていた佞臣どもから権力を奪うよりは遥かに簡単だよ」


 侯爵家の当主であった自分の両親を殺して幼い僕という傀儡を立てる。

 こんな無茶をやり通せるほどに権力を掌握していた佞臣たちを一掃出来て、未熟で幼い妹から再度権力を奪取することが出来ないはずない。


「……佞臣……っ!?も、もしや貴方様はっ!?かの残虐公……っ!?」


 目の前にいる店長と僕は会った記憶がない。

 だが、まだ若い領主で自分を傀儡としていた佞臣を全員排除して権力を握った当主などそう多くはない。

 僕が誰かを理解した店長がいつの間にか自分へとついていた二つ名の方を告げる。


「その呼び方やめてくれないかなぁ……」


 それに対して、僕は苦笑を浮かべながら率直な感想を告げる。


「も、申し訳ありません……ですが、これで貴方を信頼することが出来そうです」


「……あの二つ名で、かい?」


「私めはご貴族様を相手に商売をさせていただいているしがない平民にございます。詳しいことは何もわかりませぬが、それでも経験はございます。その経験を元にお話しさせていただくのであれば、貴方様ほどに有能な為政者はおらぬでしょう」


「ふっ。言うじゃないか……じゃあ、服の販売を頼む。とりあえずは今、着ているこれとあとは下着などを簡単に見繕ってくれ。金貨一枚もあれば出来るだろう?」


「え、えぇ……出来ますが。金貨一枚ですか?」


「あぁ、そうだ……足りないか?」


「いえいえ!?そんなことはありませぬ。むしろ多いくらいです。金貨一枚でその服と下着になりますと……その場合は下着の数が三十を超えてまいります」


「……三十っ!?それは多いな。じゃあ、もう替えの服も買っておこう。そうだな、これとこれを頼む。この二つの追加でどうだ?」


「ちょうど良いかと。それではおまとめさせていただきます。そちらの服は着ていかれますか?」


「あぁ、着ていこう」


「それでは商品の方と元着ていた服をまとめて袋に入れ、お渡ししますね」


「あぁ、よろしく頼む」

 

 僕は店主の言葉に頷き、彼が袋を包装するのを待つのだった。


 ■■■■■

 

 実に良い買い物が出来た。


「この服ならば周りからも浮かない」


 金貨一枚分の買い物をして満足げな僕は服の入った袋を持ちながら街ブラを再開していた。

 店で買った服を着て街を歩く僕は先ほどのように注目を集めてはいない。


「さて、と……この後、どうするかだよな」


 次に見つけるべきは何であろうか?

 やはり、仕事だろうか?


「……ぁ、いやぁっ!」


 そんなことを考えながら進む僕の耳へと女の子の悲鳴が聞こえてくる。


「んっ?」


 その悲鳴が聞こえてきた方向に視線を向ければ、そこにいるのは一人の少女であった。

 頭より獣の耳が生えている獣人である少女の首には金属製の首輪と足かせがつけられており、その二つより伸びる鎖が柱へと繋がれていた。


「このっ!」


「あっ、いや……!」


 そして、その少女はそばに立つ恰幅の良い男から鞭打ちされていた。


「……ふむ」


 奴隷制度。

 それはこの世界において当たり前に受け入れられている制度であり、奴隷に基本的な人権など無いのも世間の常識である。

 故に、まだ幼い少女が粗雑な恰好で外に出され、鞭で打たれていようとも周りの人たちは何らかの反応を示すことはなかった。


「……っ」


 それでも足を止めて、そちらの方に視線を送ってしまっていた僕は今にも泣きだしそうであった少女と目があってしまう。


「……不快だな」


 今の僕に何の責任もなく、自由である。

 自分が不快だと思ったことを打ち破ったとして何の問題もないだろう。

 僕は迷いなく鞭打ちされている少女の方に近づいていくのだった。

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