自由
妹に当主としての地位を譲り渡した僕は、クーデターの真っ最中でありながらも一切戦闘を行うことなく己の領地から出ることができた。
「ふふっ……腰抜けめ」
兵士たちは僕と戦うのにビビったのである。
「まぁ、そんなことよりだ」
すでに僕は当主の座から降りた。
今、自分が気にするのはそこじゃないだろう。
「……これが、市井か」
我が生家であるハブラアム侯爵家が治める広大な領地の隣。
伯爵家が治める領地の街へとやってきた僕は人々が行きかう様相を見渡しながら感嘆の声を漏らす。
「……」
今に思えば、六歳から十六歳までの間ずっと僕は仕事に翻弄されてばかりであり、こうして何気なく街を歩くという行為をしたことはなかった。
基本的に街とは自分の執務室から見下ろすか、馬車の中から人々が平服している様を見るか、だったのだから。
「……そうか」
今、こうして市井に立つ僕の中には何の仕事もない。
毎日寝る暇もないほどに積みあがった大量の仕事はすべて妹の方に移ったのである。
「自由、か」
生まれてから十六年。
今の今まで一度たりとも持っていなかった自由が、自分の前にあるのだ。
「何をしても、法に則している限りは許されるのか。なんか新鮮な気分だ……何をして生きるも、僕の自由か。ある意味で難しい話だな」
自分の好きなように生きるなど考えたこともなかった。
いきなり自由を与えられても何をすればよいかわからなかった。
当主として歩んだ日々には常に吐きそうになるほどの重圧と心が磨り減るような孤独感ばかりであり、自分のために何かをしようなどとは決して思えなかった。
「んー、とりあえずは服を買いに行くか」
自分の服装としてはまさに貴族そのもの。
クーデターが起こると共に領地の方から飛び出してきた為、僕の服装としては貴族として職務に従事していた姿そのままであった。
流石にこれは周りから目立つと言える。
貴族の服装をしてこの場に立つ僕は周りの街行く人から何だあいつと言わんばかりの視線を受けていた。
早急に周りから浮かない程度の服に着替える必要があると言えるだろう。
「さてはて……一体、服屋は一体どこにあるのだろうか?というか、僕が持っているお金で買えるのだろうか?そんな大量に金貨を持っているわけではないのだが。ふふっ、ちょっと良いな。こうして自分で自分の生活を送るというのもな」
初めて行うたった一人の買い物。
それを前にちょっとした高揚感を抱く僕は服屋を目指して歩を進めるのであった。
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