史上最強の悪役貴族、主人公へと栄転ス~貴族じゃなくなったが不労所得は欲しかったので訳ありの奴隷や孤児を集めて金稼ぎしていたら、彼女たちが自分を崇めて貴族の地位に戻そうとする宗教団体になっていたのだが~

リヒト

第一章 獣人の村

悪役貴族

「これで終わりだ……っ!」


 輝くような色鮮やかな金色の髪と瞳を持った一人の少年。


「ぐぁっ!?」


 その少年、シュティムの手に握られている一振りの剣が、彼の目の前にいる一人の少年、ノアの腹を貫く。

 腹を貫かれたその少年。

 ノアは輝き、色鮮やかな少年に対して、落ち着いた白っぽい金色の髪と瞳を持った少年でああった。

 

「……っ!」


 似たような髪色と瞳色で背格好まで似通っている二人。

 その両者最大の違いが恰好であろう。

 剣を握りしシュティムの格好が粗雑な鎧であることに対し、彼に刺される形となったノアの身を包むのは煌びやかで豪華な衣装であった。


「……ク、ソがぁ」


 高価な衣装。

 それを真っ赤に染めるノアは体を震わせ、そのまま地面の方へと倒れていく。


「ようやく、俺は成し遂げたぞ」


 今、命尽きようとしているノアの前でシュティムが歓喜の声を漏らしながら大きな歓喜の感情をもって天を見上げる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 そんなシュティムに対して、同じく天を見上げるノアの瞳に浮かぶ感情は何処までも哀しみに包まれていた。


「何故、何故だ。我が───」


 ■■■■■


「最悪……」


 ジンジンと痛む頭を押さえる僕は自分の頭を駆け巡った夢とは言えない明瞭な記憶を前に悪態をつく。


「はぁー」


 今、自分の頭の中を駆け巡った記憶はまさしく前世で僕が行っていたゲームの記憶であると共に、トラックで跳ねられて終わった前世が人生の記憶であった。


「……」


 前世の記憶。

 これはまだ良い……いや、別に良いわけではないのだが、一旦は棚上げしてしまってもいいだろう。

 問題はその記憶の中にあったゲームに関する記憶であった。

 前世の僕がハマってやり込んでいたゲーム。


『ノヴァアーク』


 そのゲームはよくある剣と魔法の世界において主人公が世界の危機に立ち向かっていくRPGである。

 そのゲームにおいて、作中で最も大きな存在感を放っていた悪役が存在していた。

 その者の名はノア。

 彼は作中において死亡する悪役貴族であると共に、今。

 こうして息をしている僕自身のことであった。


「くくく……どうやら、僕はこの世界の悪役だったらしい」


 何と、驚けばいいだろうか。

 これまでただの一個人だと思っていた僕は前世の己がプレイしていた悪役だったのだ。


「……死か」


 前世の記憶の中で明瞭に残されている一つの記憶。

 鏡で見てきた己の顔を持った人物が血を流しながら倒れていることを思い出す僕は忌々しさと共に言葉を吐き捨てる。


「くだらんっ」


 己が主人公に負けて殺された最大の要因。

 それは味方の裏切りであった。

 信用していた部下が、己の妹が、敵へと内通しており、それが故に己を主人公に敗北したのである。


「苛烈、であったか……ふっ、ならばどうしろというのかね」


 僕はこれでも一生懸命統治をしてきたつもりである。

 両親が暗殺されたことをきっかけに軽い神輿として当主の座に担ぎ上げられたところから未だ三歳にして始まった当主としての己が人生。

 その人生においてはまず、両親を暗殺して都合の良い神輿として僕を祭り上げて己の利益を追い求める佞臣を叩き出すところから始まった。

 その後も難しい舵取りを迫られながらも、必死に荒れ果てていた己の領地のために心血を注いできたのだ。

 その過程で他者からの反感を買うようなこともあったかもしれない。

 だが、それはすべて己の領地に住まう民のためであり、自分に付き従う部下のためであったのだ───。


「……大粛清でもすればよかったか?」


 外が騒がしい。


「……」


 執務室の椅子に腰かける僕は前世の記憶を遡っていく。

 ちょうど、今日であったか。

 ゲームの主人公が台頭するよりも前、自分の妹が多くの部下を率いてクーデターを起こすために武力行使へと出たのは。


「ふふっ……殺してやるか?」


 ゲームにおける僕は反乱を起こした妹並びに反旗を翻した部下たちを許し、これまで通りに登用してやった。

 その慈悲こそが己の間違いであり、己が敗北の原因だったかもしれない。

 今、これから起きる妹を中心としてクーデターを完膚なきまでに叩きのめし、妹を含めて全員処刑してやれば己が死ぬルートを回避できるかもしれない。


「……ふふっ」


 だが、僕は実の家族まで手にかけるほどの悪鬼になれる自信もなかった。


「はぁー」


 ならば、降りようではないか。

 世界が僕を望んでいないのだから。


「来たまえ、我が妹よ」


 なんと滑稽なことか。

 自分が心血注いで守ってきたつもりであった己に残された唯一の家族である妹と、信頼していた部下に二度も、僕は裏切られることになるのだから。


「なら先に僕が君を裏切ってあげるよ」


 小さな独り言。


「お兄さまっ!」


 それを僕が漏らすのと、勢いよく己の妹であるイリスが執務室の扉を開くのはほぼ同時であった。


「貴方がこれまで当主として多くの職務を果たしてきたことは知っています。ですが、そのやり方は間違っています。貴方のやり方では世界に光は訪れない。今日で、お兄さまには当主の座から降りてもらいます」


 愚鈍な理想主義者なれど、己の愛する家族。

 今、こうして記憶通りにクーデターを起こされ、一方的に断罪されようとも殺意まではやはり僕の中に生まれなかった。


「そうか……ならば、君が今日から当主だ。これから頑張りたまえ」


 僕は手に持っていたペンを置き、椅子から立ち上がる。

 予定通り、当主としての地位を妹に譲ってあげるとしよう。

 一応、よっぽどのことをしない限り統治を維持できるような状態にはしてある。

 ここで妹に当主の座を譲っても最悪の事態にはならないだろう。


「へっ?」


「ではな、妹よ。もう二度会うことはないだろう」


 あっさりとクーデターを受け入れる構えを見せた僕に対して、唖然とした様相を見せる妹に最後の別れを告げる僕はそのまま堂々と執務室へと押しかけてきた彼女たちの間を抜けて退出するのだった。

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