2-4

 目が覚めて枕元の時計を確認すると、午前五時前であった。

 どうやら日は未だ明けきっていないらしい。レースのカーテン越しに差す光は心許なく、部屋の中は夜の陰を多く残している。

 私は上体を起こしてから軽く身震いした。最近は蒸し暑い日が続いているので空調が欠かせないが、やはり早朝は少し冷え込むらしい。リモコンでエアコンのスイッチを切り、その流れで壁掛けカレンダーに目をやる。

 今日の日付を確認し、そういえば創立記念日で休みであったことを思い出す。そして、午後から宮野と会う約束があることも。

 …………はぁ。

 なんでこんなことになっちゃったんだろう? 欠伸をしつつ昨日のやり取りを振り返る。

 たしか、宮野から自転車置き場まで呼び出されて、そこで今までの謝罪をされて、友達になってくれと頼まれた。

 あまりに突飛な展開に気が動転してしまい、自分がなんて答えたのかよく覚えていない。たぶんまだ気持ちの整理が付かない的なことを言ってお茶を濁したと思う。自分で言うのもなんだが、無難な返答だ。

 だが、それをどう解釈したのか、宮野が今日一緒に遊ぼうと言い出したのだ。いきなり休みの日に。外で。ふたりで。

 なんで断らなかったんだろう。私は自分の優柔不断さに辟易とする。

 普通、今までイジメていた相手と友達になろうとする? 一緒に遊ぼう? 意味が分からない。意味が分からない!

 一晩明けて冷静になったらそう思えるが、そのときはとにかく宮野の勢いに押されて何も言えなかった。かといって一応、約束は約束だからすっぽかすわけにはいかない。たしか、十二時にショッピングモール集合という話だったか。

 ふと顔を上げると、先ほどからじっとこちらを見ていたらしい由羅と目が合った。だいぶ慣れたとはいえ、まだ少し怖い。

 ひょっとして、私を観察することが癖なのだろうか? まさか私が眠っている間中、ずっと凝視されているとか?

 こちらの疑念の眼差しを意に介さず、彼女は勉強机の椅子に座って鷹揚と足を組んでいる。

「よかったじゃない、お友達ができて。今日は楽しみねえ?」

 にやりとしてそんな皮肉を言ってくる。そんなに表情に出ていただろうか。というか、昨日から何度も同じことを言われている気がする。

「だから、別にまだ友達じゃないです。全然楽しみじゃないし」

「あらまあ、『つんでれ』? なかなかに心得ているじゃないの」

「何がですかっ」

 由羅はよほど愉快なのか、この件で私をからかってばかりだ。

 正直、私は友達なんて欲しいと思ったことがない。いつも学校で孤立しているけれど、それは集団でいることが苦手だからという理由が大きい。

 私は誰もいない世界でひとりで生きていけたらどれだけ幸せだろうと時々考える。もちろんひとりでは食料もやがて底を尽きるし、電気や水道も止まれば私なんて生きていけないけれど。

 だから、私が誰かといる理由は必要に迫られてやむを得ずなのだ。生きていくために仕方なく学校にも行って、授業を受けているだけ。それに必須でない限りは友達付き合いなんて不要としか思えない。

「いや?」

 ふいに由羅から声を掛けられ、そこで思考の糸がぷつりと切れる。

「へ?」

「人付き合い。いや?」

 小首を傾げて投げかけられた質問に、少しだけ責められているような気分になる。

 その真っすぐな瞳から逃れるように視線を落とすと、由羅が足を組み直したので慌てて横を向く。

「そりゃまあ……嫌、ですよ。面倒くさいし、メリットないし」

「めりっと?」

「ああ、要するに利点というか、得ってことですよ。私にとっての」

 言葉の意味が分からないのだと思って説明すると、いきなり由羅が勢いよく立ち上がって私の座るベッドに飛び込んできた。

「は? ちょっ――」

 こちらが反応する間もなく、そのまま押し倒される。

 ――私、何か悪いこと言った?

 殴られるのかと思って咄嗟に身を縮めると、由羅がそのまま私の背に手を回してぎゅっと抱きしめてきた。

 図らずも由羅の胸元に顔を埋める形となり、困惑と緊張で全身が硬直する。彼女の甘い香り、ふくよかな胸の感触、首筋をさらりと撫でる髪……。

 由羅の行動の意味は分からなかったけれど、下手に反応してこの状況が終わってしまうのは惜しい気がして黙って受け入れる。そういうところが私の主体性の無さだという自覚はあるけれど。

「どう?」

「……何がですか?」

 ベッドの上で重なり合う構図のまま、由羅が耳元で囁く。優しい吐息がくすぐったくて、軽く身をよじってしまう。

「あったかいでしょう? これが『めりっと』よ」

 言いながら、由羅が背中をさすってくる。

 ああ、たしかに。そう言われればそうかもしれない。

 人付き合いって本来、打算計算じゃなくてもっとこう、感性的なものだった気がする。得だから付き合うとか、損だから離れるとか、そんな非情な付き合いに徹している人は決して多くはないはずだ。

 私はいつから人との関りを難しく考えるようになったのだろうか。自分に近付く全ての人間に対して意味を求め、勝手に解釈しようとしてしまう。誰かと付き合うってことは、実際はもっと単純なものかもしれないのに。

 私はぼんやりとそんなことを思いながら、心地よさから眠気が込み上げてきた。

 そのまま気取られないように由羅の胸に顔を押し付け、そっと目を閉じる。彼女は特に拒否するでもなく、優しく頭を撫でてくれている。

 ――でもたぶん、友達はこんなことしないよ。

 そう言おうとしたけれど、言葉はそのまままどろみの中に消えていった。

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