第4話 佐藤海斗と謎の美少女③
冗談じゃなかったのかよ――。
昨日、ファストフードで話しかけてきた長い黒髪、白いオーバーオールの女の子が画面の向こうに立っていた。
昨夜と全く同じ格好だ。俺は立ち尽くしたまま、数秒その場で考えてから無視することにした。いないと分かれば諦めて帰るだろう。もう一度鳴ったインターフォンを無視すると、再び鳴ることはなかった。安心した所で家を出る。一階の駐輪場から自転車にまたがり、マンションから出た所でいきなり声をかけられた。
「あー! 海斗くーん。佐藤海斗くーん」
ちょっ、フルネームで呼ぶな。俺は急いで辺りをキョロキョロと見渡したが、同じマンションの住人はいないようだった。
「なんで居留守使ってるのよー」
白いオーバーオールを来た女の子がマスク越しにほっぺたを膨らましている、やはりかなり若い。おそらく高校生だ。
「ちょっ、えーっと――」
昨日、名前を聞いたような気がしたが思い出せない。
「ひどーい忘れてるー。美波だよ、星野美波」
そうだ、そうだ、綺麗な名前だなと関心した記憶がある。
「ごめん、ごめん、で、星野さん」
「美波でいいよ」
その言葉は無視して続けた。
「えーっと、星野さんは、一体何のご要件で?」
敢えて丁寧な言葉遣いを使うことで無関係な人間を装うが、マンションの前には誰もいなかった。
「何って、一緒に野球観ようって言ったじゃん」
それは、あなたが勝手に言っただけで、こちらは一言も了承していない。そもそも、なんで部屋番号が分かったのだ。疑問に思って考えていると彼女は察したように答えをくれた。
「昨日、海斗くんがこのマンションに入ってから電気が付いた部屋を確認したの、六階の一番端っこ」
このマンションはワンフロアに八部屋、つまり601か608。郵便受けからちょいと手を入れて601の郵便物を漁る、佐藤の名前を確認してからインターホンを押したと彼女は説明した、なぜか得意げだ。
「君ねえ、それは犯罪じゃないかなあ」
昨日、帰り道が一緒だと言って付いてきた彼女に名前を聞かれて、咄嗟に答えてしまった事を後悔した。
「だって、連絡先聞くの忘れちゃったから」
全く悪びれた様子もないままに、彼女はオーバーオールのポケットに手を突っ込んだ。チケットを二枚取り出して俺の眼前に突きつける、プロ野球のチケットだ。
「じゃーん、指定席のSだよ、奮発しちゃった」
頭をフル回転させて今の状況を整理した。選択肢は二つ。彼女に付き合って今から東京ドームまで野球を観に行く。もしくは彼女のことはすっかり無視してスーパーに向う。今日は海鮮チゲ鍋を作る予定だ。真夏にエアコンを全開にして、熱々のチゲ鍋をビールで流し込む。最高の贅沢だ。脳内会議の結果、答えはいとも容易く導き出された。
「じゃあ、俺はこれから用事があるんで」
自転車にまたがり、右手を軽く上げてペダルを漕ぎ出そうとした時だった。
「死んでやる……」
「へ?」
「お小遣い、全部使ってチケット買ったのに、ドタキャンされて、もう死んでやるー!」
デカいデカい、声がデカい――。
「ちょ、ちょっとちょっと、死ぬって大袈裟だな」
少女はその場にしゃがみ込むと顔を覆って泣いている、が、どうも演技のような、嘘泣きのような気がする。しかしこのまま立ち去ることもできずに戸惑っていると唐突に声をかけられた。
「佐藤さん、こんにちは」
マンション管理人のババアがそこに立っていた。やけに馴れ馴れしく住人に話しかけてくる五十絡みの管理人は、噂話が大好きなスピーカーだ。コイツに何か掴まれたら、マンション中の人間に共有されてしまう恐れがある。しかし、いつもこの時間帯にはいない筈だがどういうことだ、心拍数が急激に上がるのを感じた。
「お財布を忘れちゃって、もう、嫌ねえ、年取ると」
「そうでしたか」
「あたしも、良く忘れ物するんですよー。まだ若いのにー」
いつの間にか、横に立っている彼女が管理人のババアと喋りだした。目を見たが赤くはなっていない。やはり嘘泣きだったか。
「こちらは佐藤さんの……妹さんかしら?」
管理人は彼女をつま先から頭まで、じっくりと観察してから言った。俺はこのマンションに一人暮らし、ならば彼女と勘繰られるのが普通だろう。しかし、俺は
「ぜんぜんちがいま――」
「そうです! これから一緒に野球を観に行くんですよ、な」
彼女に同意を求めると笑顔でウンウンと頷いている。
「あら、仲の良い兄弟ねえ」
「そうなんですよ、ハハハ、では」
管理人のババアに別れを告げると、俺は彼女の手を引いて、逃げるようにその場を立ち去った。
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イジメを苦に自殺したはずの美少女は女子高生ユーチューバー。復習に人生を捧げた握力チートと出会って起こす化学反応で復讐完遂?だったはずがまさかの虚偽で人生大逆転 桐谷 碧 @aoi-kiritani
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