第3話 佐藤海斗と謎の美少女②

 アラームで目が覚めると、まずはスマートフォンを探した。大抵は枕の下に潜り込んでいるのだが、やはり今日も同じ場所に俺の相棒は隠れていた。


 眠りにつく直前までイジっていたのに、いつの間にその場所に移動したのか分からない。兎にも角にもコイツがいなければ一日は始まらない。デジタル社会の犠牲者と言えばまさにそうなのだろう。


「アレクサ、おはよ」


 相棒に向かって話しかけると、誘拐犯が使うボイスチェンジャーのような無機質な女の声で「はい」と返事が返ってきた。同時にベットの横のカーテンが自動で開き、リビングのテレビがつく。さらにカウンターキッチンの上にあるアレクサ本体がなにやら喋りだした。


『七月二十一日、水曜日、只今の時刻は午前十時三十五分、本日の日本橋人形町の天気は晴れ、最高気温は三十二度、最低気温は二十五度――』


 設定した地域の天気予報がながれる。俺は布団から這い出ると寝室からリビングを抜けて洗面所に向かい、鏡の裏からコンタクトレンズを取り出して片方ずつ装着した。相棒同様こいつが無ければ何もできない、というか何も見えない。


 そのまま歯を磨いて顔を洗う、目やにが溶けて洗い流される感覚が好きだったが今日はあまり付着していない。目やにのメカニズムとは一体何なのだろう、気にはなっているがわざわざ調べたことはなかった。


 視界がクリアになるとキッチンに向かう、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してグラスに波々と注いだ。一気に全て飲み干すとソファに腰掛ける。ここまでの一連の動きが朝起きてからのルーティーンだ。テレビに目を向けるとメジャーリーグの中継が映し出されていて、スタメンの発表をしている。今日もお目当ての日本人選手は出場しているようだ。


『ブブブブブブッ』

 ガラスのローテーブルに置いてある相棒が小刻みに震えている、液晶画面を見ると顧客の名前が表示されていた。


「クソがッ!」

 声に出す事で多少怒りが紛れる。今日日、連絡手段に電話を使用する馬鹿が信じられなかった。なぜコイツらは自分が電話する時に、都合よく相手も電話に出る事ができる状態だと思うのだろう、いや、馬鹿だからそんな事も考えていないに違いない。もちろん電話にはでない、相棒を放っておいてテレビに視線を戻した。


 三十分ほど全く姿勢を変えないまま、テレビを眺めているとお腹が鳴った。相棒を手に取りデリバリーのアプリを開く。十一時を過ぎたのでランチの配達を行う店舗が幾つも表示されている。家から最も近いチェーンの珈琲ショップで、ホットドッグとアイスコーヒーを注文した。歩いて一分の距離にあるので買いに行った方が早いのだが、着替える手間を考えると躊躇われる。十分も経たずにインターホンが鳴った。


「どーも、配達館ですー」

 何も答えずにエントランスのオートロックを解錠する、一分後再びインターホンが鳴る。今度は玄関の方だ。


「馬鹿がっ!」


 アプリの設定で置き配にしている上に、玄関の扉には置き配OKの札が掛かっている、そこまでやってやっているにも関わらず、一定の割合でインターホンを鳴らす馬鹿がいるのだ。A地点からB地点に物を運ぶだけの仕事、いや、これを仕事と呼んで良いのだろうか。子供のお使いレベルだろう。高校生がアルバイトで稼働しているのならば分かる。しかし見た所、ほとんどが四十過ぎの中年男だ。彼らはまさかこれで生計を立てているのだろうか。ファストフードの前でタバコを吸いながら待機している非常識な彼らならば、あるいは無い話でもない。


「置いといてください」

 それだけ言うとインターホンの通話終了ボタンを押した、この生産性のないやり取り、時間を一瞬無駄にした上に気分が悪い。玄関まで商品を取りに行くと紙袋に入った商品がポツネンと置かれていた、素早く回収して玄関のドアを閉める。 


 遅めの朝ごはんを食べて、ダラダラとソファの上でメジャーリーグの中継を見ていた。終わる頃には大抵、午後の二時過ぎになっている。重い腰を上げて書斎に置いてあるデスクの前に座り、パソコンを開く。先程電話してきた顧客からメールでメッセージが入っている。どうやらホームページの更新依頼のようだ。だったら初めからメールにしろ、と心のなかで毒づくと、さっさと仕事を終わらせた。


 夕方までには全ての仕事を片付けた。六時からはプロ野球を見なければならない。パソコンを閉じてスーパーに行く準備をしているとインターホンが鳴った。特に何かを注文した記憶がないので液晶ディスプレイに映る人物を確認して、ギョッとした。

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