別れ

第14話 不良だ、こいつら。

「おい、起きろやおっさん」

「……あ?」

 無骨な声に諸田は目を覚ます。

 安物の夏服を着た3人の男らに上から覗き込まれていた。

 各々、赤、緑、金の単色に髪を染め上げ、耳ピアスやドクロのネックレスなど、厳めしいアクセサリーを身に着けていた。

 不良だ、こいつら。

 寝ぼけまなこをこする間もなく、諸田は反射的に理解した。

「『あ?』じゃねえよ。俺らお気にのたむろ場にケツくっつけてんじゃねえよ。とっと失せろ」

 家を飛び出した後、諸田はコンビニに向かった。

 500mlの缶ビールを一本購入して、雑誌売り場の窓外に腰かけて、曇り空を見上げながら慎ましく晩酌をしていた。

 稲荷野への不満から始まって、最後は平凡で無特徴な自分への嫌悪にたどり着いた。

 華々しい稲荷野、不憫だと思い込んでいた焼原の秘めたる才能、かたや何者でもない自分。 そんな自己嫌悪を酒で溶かし切っちまおうと、貪欲に流し込んでいたら、知らぬ間に眠りに落ちていた。

 そして目覚めたら、不良の厳つい目の下にいた。

「す、すまない。今すぐに去る」

 無駄な喧嘩はしたくない。

 そもそも、タイマンの殴り合いで勝てる力も無い。

 高校生らしきチンピラに頭を下げるのは非常にしゃくであったが、ズタボコにされるのはもっと癪だ。

 いそいそと立ち上がる。

「あっ……」

 が、忘れた頃にやってくる立ち眩みが、諸田の足をすくって、頭から背後のガラス窓に転倒させた。

 雑誌を立ち読みしていた中年男性が、何事かと目を丸くした。

「でっはははははは! こいつ、酔っ払いすぎだろうが!」

 汚い笑い声が折り重なって、夜の闇に響く。 転んで手放した缶は、不良らの足元に転がっていき、中央に佇んでいた金髪に踏みつぶされる。

「うっ、うんっ。酔っ払いじゃない。立ち眩みだ。こう見えて、俺は酒に強い体質なんだ」

 どうして反論したのか、自分でもわからなかった。

 だが、しなければ自分を保てないような気がして、こぼれるように口から出た。

「でっはははははは!」

 そして響く、不良の笑い声。

「だからなんだよ。知らねえよ」

「酒の強さ自慢してくるおっさん、初めて見たわ」

 戯言しか口にできないような輩なのに、やたら胸に突き刺さってくる。

 もしかすると、こんな奴らよりも、自分は無味な人間なのではないか? 

 馬鹿らしい卑下が、真実味を帯び始める。

「つーか、早く失せろや。引きこもりのおっさんと会話してたら、変な菌が移るからよお」

 パジャマ姿のまま缶ビール持ってコンビニ横で寝落ちすれば、そう下卑げびな解釈をされてもおかしくなかった。

 今度こそ立ち眩みの一撃を食らわぬように、諸田はゆっくり立ち上がる。

「わかった。今失せるから。本当に申し訳なかった」

 食いしばる思いで謝罪の一言を述べ終えた去り際、諸田の急く足取りは、不良の一声によって阻まれた。

「おい待てやおっさん」

「……立ち去ったろ。まだ何か用でもあるのか」

「金、よこせや」

 赤髪の男が指さす先、腰ポケットから諸田の長財布がはみ出していた。

 諸田は隠すようにポケット奥に押し込むが、もう遅かった。

「カツアゲは良くない。不良であるのは君らの勝手だが、非行はおいそれと許すわけにはいかない」

 なるべく相手を刺激しないよう、繊細に居住まいを正そうとしたつもりだったが、諸田を「引きこもり」と決めつけている三人には、かえって逆効果であった。

「ああん? 人の居場所勝手に分捕っておいて説教とは、何様のつもりだよゴミニート」

 赤髪が大きく一歩を踏み出して、諸田の面前に迫って威嚇する。

 他の二人も手早く諸田を囲み始める。

「おいおい、頭ごなしにカツアゲと言われちゃ困るな。『賃貸料』って言えばわかるか?」

「わからないな。それじゃあ」

 強制的にスルーして踵を返すと、青髪が足を引っかけてきて、諸田は転倒した。

「あっぶっ!」

 その際に手を突いて、体重の寄った右手首が変にねじれた。

 熱い激痛が、手首周りを締め付ける。

 苦しげに右手首をおさえる諸田をよそに、不良衆は、大きくずっころげた無様な姿を種に高笑いしていた。

「だっさすぎだろこのおっさん!」

「おもしれえ、腹よじれるって!」

「こいつピエロだな、最高のピエロだ。逆に俺らが閲覧料払わなきゃいけねえわ!」

 そして示し合うように、笑いを合唱させる。

「……お前らのはした金なんか要らねえよ。どうせ、大切なパッパとマッマのお小遣いなんだろ? 代わりに花でも買ってやれよ」

 と、いよいよ諸田も堪忍できずに愚痴をこぼして立ち上がる。

 無論、不良衆はこの挑発を無視するわけがなく、不良道生粋と言わしめんばかりの強烈な睨みをきかせて、一気に諸田へ詰め寄る。

「ああ? ピエロ商売のほかにも、喧嘩まで売ってんのかてめえ」

 赤髪は指を鳴らして、手首をぶらつかせる。 

 いや、さすがに言いすぎたか……。

 諸田の表情に苦味が走る。

 3人とも、喧嘩腰で迫ってくる。

 苛烈な緊張感が冷えた汗を絞り出す。

 ひるんではいない。

 だが、逃げられなかった。

 逃げようと思わなかった。

 諸田は、痛む手首を押さえながら、三人の接近を待ち受ける。

「すんなり金を渡しときゃ、こんな目にならなかったのになぁっ‼」

 赤髪の右拳が飛んでくる。ぶん殴られるコンマ秒先の未来に、目をつむる。

「ぐあああああっ‼」

 しかし、車の無い駐車場に響いたのは、諸田ではなく赤髪の悲痛な叫びだった。

「……え?」

 薄く瞼を持ち上げると、血気を盛んにたぎらせていた赤髪は、苦しい顔して地にうずくまっていた。

「はあああっ、痛いっ、痛い……」

 赤髪は股間に腕を挟めて、もぞもぞと転がっている。

 仲間の二人は何が起きたか把握できずに動揺している。

「ふん、だらしのない男ね」

 そんな事態が、凛と澄んだ声で一瞬にして静まり返った。

 赤髪の後ろ、コンビニの明かりに照らされて佇むのは、ロングコートを羽織った稲荷野の姿であった。

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