後輩な彼女はぴったりであった

 マルは俺に大人しく付いてくるが、途中で立ち止まる。

 俺達が向かっている先は体育館の方だからである。

 体育館の下には運動部の部室があるのだ。

 陸上部の部室に向かっているのがわかったので、マルは立ち止まったのだろう。

 だが、マルは何も言わなかった。

 だから、俺も何も言わなかった。

 少しして、結局マルは黙って歩き出したので、俺はホッとして歩き出したのだ。


「ソル君!早く早く!」


 陸上部の部室が近づくと、その扉の正面にいるルナが見えて来て、俺を呼ぶ。

 早くと言うが、俺は後ろを歩くマルに気を遣っているため、マルが早くしてくれない限りは早くは動けない。

 そして当のマルはルナから目を逸らしながら、ゆっくりと歩いているのだ。


「もーっ!ソル君ちゃんとマルちゃんの事捕まえといてくれないと」


 ゆっくりと歩いてルナの元へと辿り着くと、ルナにいきなりそんな事を言われた。

 捕まえるって、手を取れとかそういうのだろ?

 それは変な事だから叫ばれるぞ。

 そして俺にはそんなことは出来ないのだ。


「ルナ先輩……」


 マルはルナの名前を呼ぶ。

 そもそも、彼女が大人しく着いてきたのには理由があると考えている。

 それは俺に律儀に付き合ったわけではなく、マル自身もこのままではいけないと思っていたからだと思う。

 多分、彼女はここで決着をつける気なのだ。

 そして、その決着のつけ方は、恐らく――


「私っ!」


 陸上部を辞め、ルナと二度と会わないという決着のつけ方だと思う。


「マルちゃん!」


 しかし、俺はそこまで読んでいた。

 だから、ルナにはそれを最後まで言わせないように事前に言っておいたのだ。


「着替えようか!」

「え……」


 余りにも予想外の言葉だったかの、マルは驚いて何も言えないようだ。


「着替え持ってきてないです。それに、私もう――」

「大丈夫大丈夫。私のジャージ持ってきたから。靴もあるよ」


 ルナはマルの肩を後ろから押して、陸上部の部室へとマルを導いていく。


「ちょっ……待ってください」

「駄目です、待ちませーん」


 そして、ルナはマルを無理矢理部室へと押し込んだのだ。


「自分で着替えれますから!」

「えー、別にいいじゃん」


 部屋の中から声が聞こえて来る。

 当然外からは見えない窓だが、音は駄々洩れである。

 若干の気まずさを感じながら、俺は大人しく待つ事しか出来ないのだ。


「いやあ、お待たせお待たせ」


 しばらくして、運動着へと着替えたルナとマルが出て来た。

 ルナはニコニコとしており、マルはかなり困惑している様子だった。


「マルちゃん、サイズどう?」


 ルナのジャージだからな。


「……ぴったりです」


 何か少し違和感を感じる。

 まあいいか。

 ピッタリなら、なおいいのだ。

 これからすることに置いて、ベストの状態で臨んで欲しいのだから。

 いや、ベストの状態で臨んでくれないと、意味がないのだから。


「じゃあ行くぞ」


 ステラが待っている。


「はーい」

「え……はい……」


 マルはもはや諦めたようで、どうにでもなれという感じで返事をした。

 何か悪い気もするが。大丈夫だ。きっと上手く行く。

 マルが言おうとしていた言葉など、言う必要はないのだ。


 そして。俺達は三人で校庭へと降りていった。

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