平凡ではない彼女は憧れの先輩である

 校庭に降りるとステラが俺達を出迎えてくれた。

 ステラ以外には誰もいない。

 テスト前期間なので、部活は禁止されているし、当然それ以外でも放課後の校庭の使用は禁止されている。

 もちろん俺達も無許可だ。見つかったら怒られるだろう。


「これって……」


 マルがそれを見て呟く。

 校庭には白線が引いてあった。

 それは二つのコースだ。100メートルのコースが二つ作られていたのだ。

 これがステラの役割である。

 俺がマルを呼び出し、ステラはその間にこっそりと校庭に100メートルのコースを書いておく。

 そしてルナの役割は言うまでもないだろう。


「さっ!マルちゃん、競争しよう!」


 マルと競争をする。

 それがルナの役割である。


「……わかりました」


 着替えをして、靴を履かされた時点でこうなることは予想できただろう。

 だからマルは大人しく承諾し、スタートラインに立ったのだ。

 ルナも同じように、隣のスタートラインへと立つ。


「俺がスタートの合図するんだが……マル、一ついいか?」

「はい?」


 一番大事な話があるのだ。


「本気で走れ。絶対に手は抜かないでくれ」


 同じ内容だが、強調するために二度言った。


「わかりました……」


 本当に分かったのだろうか?

 マルが全力で走らないと、この作戦は意味がないのだ。

 

「じゃあ始めるぞ」


 俺が言うと、二人はクラウチングスタートの姿勢を取った。


「位置について、よーい、ドン!」


 俺がスタートの合図をすると、二人は完璧なスタートを切った。

 そしてゴールへと向かって走っていく。

 


     ♦



 ここで、俺の出した答えと作戦を明かそうと思う。

 ルナの話ではマルは手を抜いていた、かもしれないという話であった。

 では、何故マルは手を抜いていたのかと言う話になる。

 ただやる気がないだけかもしれないが、俺はある場面を思い出したのだ。

 それは、マルが陸上部に入ってすぐの時に、マルとルナが競争していた時の事である。その時、マルとルナは並走しており実力は拮抗しているように見えた。そして、マルがルナを抜く、そう思った瞬間にマルとルナの距離が離れたのだ。

 あの時は、ただルナが気合を入れてマルを引き離しただけだと思っていた。

 しかしそれは逆で、マルがルナを抜きそうになった瞬間に手を抜いたとしたらどうだろうか?

 それはつまり、マルがルナを抜きたくなかったと言う事になる。

 そこから俺が導き出した答えはこうだ。

 マルは、憧れの先輩であるルナを追い抜くことを恐れたのだ。

 もちろんそれは一時的な話ではない。

 ルナが陸上部に入らずに、マルだけが陸上部に入ってしまっては、憧れの先輩であるはずのルナは、マルに全く勝てなくなってしまうだろう。

 マルはそれを恐れたのだ。

 

 つまり、マルはルナに憧れの先輩のままでいて欲しかったのである。

 

 ならどうすればいいか?

 それは簡単だ。

 ルナとマルが競争して、本気のマルにルナが勝ち、今後も勝てないと思わせればいい。

 ルナが憧れの先輩であり続ければいいのだ。

 それが俺のたてた作戦である。

 


     ♦



 しかしそれは難しい話ではある。

 実際に、走っている二人は接戦である。

 ゴールは近いが、ほとんど差がないように見えた。


「ルナー!勝て!」


 俺は叫んだ。

 柄ではない。こんな熱い声援を送るような性格ではないだろう。 

 それでも俺は、つい叫んでしまったのだ。

 当然ルナは振り向かない。

 しかし、走りで声援に応えたのだ。

 ゴール近くで、ルナはグングンと速くなり、マルを引き離し始めたのだ。

 それは、マルが手加減していた時とは違う。

 マルも本気で、ルナを追いかけているのが伝わって来るのだ。

 しかし、それでもマルは追いつかなかった。

 二人はゴールしたのだ。

 言うまでもなく、ルナの勝利である。

 たったの100メートル、たったの10数秒の出来事であった。

 ゴールした二人は、疲れながらも、楽しそうに笑っていたのだ。


「ルナ!」

「ルナちゃん!」


 俺とステラは二人へと駆け寄る。


「ソル君!ステラちゃん!勝ったよ!」


 ルナは笑顔でピースをした。


「マルちゃん!私はずっとマルちゃんに負けないから!」


 そして更に、マルに向けて言い放ったのである。

 

「だから陸上やろうよ!」


 ルナはマルに向けて手を伸ばした。


「はいっ!」


 マルは明るい顔で、元気良くその手を取ったのだ。

 うーん、青春だ。

 作戦が上手くいき、俺も満足気に頷いてしまう。

 隣のステラもなんだか満足気であり、ふんすふんす、という感じで興奮している。


「こらーっ!お前ら!テスト期間前だぞ!部活は禁止だぞ!」

「やべっ!」

 

 その時、校舎の方から教師の声が聞こえて来た。

 気付かれてしまったのだ。


「逃げるぞ!」


 最初からこうなる可能性も考えていた。

 こうなった場合はやることは一つだろう。逃げるんだよォ!

 俺達は四人で走り出す。


「もーっ、ソル君が大きい声出すからだよ」


 逃げながら、隣を走るルナが俺に恨み言を言ってきた。


「わりい」


 ついつい気持ちが入ってしまった。

 

「でも……」


 ルナが顔を赤くして言葉を続ける。


「嬉しかったよ!ありがとう!」


 そう言った彼女の照れながらも嬉しそうな笑顔は、とても綺麗で見惚れてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る