後輩な彼女は聞き訳が良すぎる

 よくわからない流れで挨拶をすることになったが、自己紹介としては良かったのかもしれない。

 とりあえず後は二人で穏便に話し合ってほしい。

 俺は机の上にある皿でも片づけてるから。

 実際に俺は皿を片付け始める。

 真剣な話をするのに、マルの前にはルナとステラが食べた後の大量の皿が並んでいるのだから。


「ドリンクバー頼むからな」

「はい」


 ついでにマルの分のドリンクバーもタブレットで頼んでおく。

 食べ物もお願いしますと言われなくて良かった。

 彼女も立派なものを持ってるから少し身構えてしまった。


「それで、マルちゃんはなんで陸上部に入らなかったの?」

「って、おいっ!」


 俺はついツッコんでしまう。

 余りにも直接的過ぎる。

 そもそも当初の話では部活の話は避けると言う話だったはずだ。

 まあもう予定とは大きくずれているので、必ずしも悪いとは言い難いが。


「それは……」


 その質問に、マルも困っているようで言葉を濁した。

 その理由はわかっているが、本人に直接言っていいものか考えているのだろう。

 と言っても、既に相談されているのでルナにもわかっている……はずである。


「えっと……」


 マルは中々話そうとしない。

 ルナがいなかったから陸上部に入らなかった。なんてルナには言いづらいのだろう。


「なあ……」


 だから俺は口を挟む。

 そもそも、もっと根源的な話になるのだ。

 きっと、これもマルからは聞きづらいだろうから。

 

「ルナはなんで陸上をやめたんだ?」


 いてっ!

 机の下で、マルに足を蹴られた。

 机の上では、マルは俺の事を殺しそうな目で睨んでいる。

 言いたいことはわかる。だが、きっとマルからは聞けなかっただろう。

 だから恨まれてもいいから俺が聞いたのだ。


「え?」


 それを言われたルナは、心底不思議そうな顔で俺の事を見る。


「ん?」


 何その顔は?

 俺も不思議そうな顔でルナの方を見返しちゃうよ。

 いや待った。顔が近い。

 ルナはとても可愛いのだ。

 近距離で見つめ合うのは危険だ。

 だから俺は目を逸らした。


「陸上はやめてないよ?」


 逸らした目を戻す。


「うん?」


 なんで?


「だって、たまに陸上部に顔出すし」


 それは続けてると言えるのだろうか?

 

「待て待て、なんで陸上部に入らなかったのかって話だ」


 俺は我慢できなくなって聞く。

 マルを置き去りにしているようで悪いが、話だけ聞いてもらおう。


「うーん、入ろうと思ったんだけど、友達にバスケ部の見学してって言われて、先輩に上手いから入ってって言われて……次の日にバトミントン部の見学しようって言われて、先輩に上手いから入ってって言われて……次の日に……」

「わかったわかった」


 同じ話が続きそうなので、俺は話を止めた。


「つまり、みんながルナを取り合ったんだな」


 スポーツ万能で人気者のルナを、運動部が取り合ったというわけだ。

 そして今のように色々な部活を渡り歩いているみたいな形になってしまったのだろう。


「えへへ、そう言われると照れますなぁ」


 ルナは少し顔を赤らめる。人によってはあざといと言うだろうが、完全にあざと可愛い。


「陸上部にはルナ先輩はいないじゃないですか……」


 黙って聞いていたマルだが、絞り出したように言う。

 

「私が陸上部にいないから、マルちゃんは陸上部に入らないの?」


 ルナが聞き返す。

 

「それは……そういうわけでは……」


 はい、そうです。と本人に言うわけにはいかないだろう。

 ルナが気を遣わないような配慮なのだろうが、それが理由なのは俺達はもう知っている。


「マルちゃん走るの好きだったじゃん。私ももっと陸上部に顔出すし。今からでも遅くないから陸上部に入ろ!」


 いつもの強引なルナだ。

 マルから見れば、憧れの先輩からの熱い説得という事になる。

 だが、いくらなんでもそう上手くはいかないだろう。

 そう簡単な話ではないはずである。

 簡単な話ではないからこそ、話がこじれているのだから。

 

「はい、わかりました。私、陸上部に入ります」


 と思ったのだが、マルはあっさりと了承したのだ。

 え?なんで?

 ルナの熱い説得が彼女の胸を打ったのだろうか?


「やった!一緒に頑張ろうね!」


 ルナは喜んで笑う。


「はい」


 しかしマルは笑顔ではなく、冷静に短く返事をしただけだった。

 俺から見ると怒った顔や、冷たい目線しか見たことがないので、これが普通なのかわからない。

 いや、ルナが明るい子だと言っていた気がする。

 ここまでの感じだと、明るい子という感じではない。

 

「じゃあ、私帰りますね」


 そしてマルは立ち上がった。


「え~、久しぶりなんだし、もっと話そうよ~」


 ルナは言う。


「用事がありますんで」


 マルはそう言うが、そもそもいつでもいいと言っていたのはマルなのだから用事があるとは思えない。


「じゃあ仕方ないか、じゃあねー」

「さようなら」

 

 そしてマルは帰ってしまった。


「うーん、これで解決かな?」


 ルナはそう言うが、俺にはとてもそうは思えない。


「どうでしょうか?」


 それはステラも同じのようで、疑問形で返す。


「マルはいつもあんな感じか?」

「なんかちょっと余所余所しかったね。久しぶりだからあんなものじゃない?」


 やっぱり変なんじゃないか。


「それよりさ、いっぱい話してお腹すいちゃったよ」


 嘘だろ?さっき食べたばっかだぞ?


「そうですね」


 ステラも同意するが、ステラに至っては空気を読んでほとんど話してない。 

 毎度のことだが、二人ともその細い腰のどこに飯が入ってるんだ?

 

「ステラちゃん、タブレット取って」

「はい!」


 はい、じゃないがな。

 とりあえず席を元に戻してくれ。

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