平凡ではない彼女の変装

「ソル君」


 耳元で声がした。

 更に肩まで叩かれたのだ。


「うわぁ!」


 俺は驚いて振り向く。


「しーっ!声が大きいって!」

「え、お、おう?」


 俺の戸惑いはルナが後ろに立っていたからだけではない。

 ルナの恰好にも戸惑ったのである。


「なんだその恰好?」


 ルナは帽子を被り、サングラスをして、マスクまでしていたのである。

 怪しい姿ではあるのだけれど、服はお洒落であり、これをルナだと認識している俺からすればお洒落な服を着たルナが頭の中に思い浮かんでしまうくらいであった。


「変装しないとバレるでしょ?ソル君はなんで変装してないのさ」


 ルナに怒られたが、それについては問題ない。


「俺は変装してなくてもバレないよ」


 何故なら、影の薄い俺の顔を認識できる同級生はアクルくらいのものなのだから。


「そんなことないと思うけどなー」


 いや、ルナも認識してくれたのか。

 そう考えると少し嬉しくなってしまう。


「それより、どこにいるんだ?」


 俺がキョロキョロと辺りを見回す。

 待ち合わせの場所と時間は事前にDEAで聞きだしておいた。

 それは改札から出てすぐ、横浜西口五番街の交番の前の柱という定番の待ち合わせ場所である。

 しかし、俺が見た限りではそこには山中さんも石川もいない。

 

「あそこにいるけど?」


 俺はルナの視線の先を追う。

 それは横浜西口五番街の交番の前の柱だった。

 

「え?」


 いや、確かに女の子はいる。

 だけど、あれが山中さんか?

 学校で見た地味な見た目とはまるで違う。派手とまでは言わないが、とても可愛い雰囲気の女の子がそこにはいたのだ。

 

「女の子はね、デートの時には自分に魔法をかけるんだよ」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 陰キャな俺には関係なさすぎる話なので考えもしなかった。


「ルナもああなるのか?」

「え!あ……いや……そ、そうだよ!てか今が可愛くないっていうこと?ひどいなぁもぉー」


 陽キャやイケメンなら、「そんなことない、とっても可愛いよ」というのかもしれない。

 だが俺にその台詞を言う資格はないのだ。


「いや、わからんし……」


 そもそも、帽子にサングラスにマスクの姿では可愛いというのは嘘である。

 なので正直に答えてしまう。


「それもそうか」


 ルナは納得したように頷く。

 怒られるかと思ったんだがそんなことはなかった。

 変装してるからいいということか。


「あ、来たみたいだぞ」


 そうこうしているうちに石川の方が来る。

 流石にこちらは多少いでたちが違ってもわかる。

 いや、いでたちってなんだ。古風か。


「女の子を待たすのはいただけませんなぁ。マイナス10点!」


 ルナは急に採点を始める。

 待ち合わせ時間前だろうに厳しいな。

 ……あれ?もしかして俺もマイナス10点か?多分ルナより後に来たよな?

 いや、考えない事にしよう。

 

「移動するみたいだな」


 二人が移動を始める。


「女の子に先に歩かせてる。マイナス5点」


 それまだ続けるのか。

 口には出さないが心の中でツッコんでおいた。


「先に歩かせるのは駄目なのか?」


 代わりに単純な疑問を問いかける。

 そんなに駄目か?


「行き先を茜に任せてるってことでしょ。女の子は引っ張って欲しい生き物なんだからね」


 さいですか。

 やはり厳しいと思う。


「何してるの、見失っちゃうよ。早くいこ!」


 そう言ってルナは先に歩き出した。

 また俺は減点されてしまったのだ。

 


     ♦



  デートは普通だった。

 古着屋を見たり、本屋に行ったり、クレープを食べたり、無駄にドンキに行ったり。

 とにかく普通だったのだ。

 それを見ている俺達はといえば、とにかく退屈だった。

 それはそうだ、見つからないためには離れたところで見ているしかない。

 古着屋を見れるわけでもないし、本を見れるわけでもないし、クレープを食べれるわけでもないし、ドンキなんて狭い店内では見つかりかねないので入り口の前で出てくるのを待っていた。

 そして今は石川がトイレに行って、山中さんがそれを待っているのを見ているところである。


「ぶー、なんか思ってたのと違う」

 

 ルナが不満を漏らす。

 現実の尾行なんて楽しいのは初めだけだろう。

 ましてや目的があるわけではないのである。

 ただ二人のデートを見守っているだけだ。

 ちなみに採点ごっこは最初だけだったようで、俺も石川もマイナス15点ですんだ。



「ん?」


 その時、スマホが鳴る。

 いや、DEAをやっている以上、スマホが鳴るのはしょっちゅうなのだが。

 しかし、今は二人が離れて休憩時間みたいなものであり、山中さんから連絡が来る可能性はあった。

 

「茜から?」


 ルナが期待と共に聞いてくる。


「いや、違うな」


 俺は画面を見て首を振った。

 しかしスマホを操作し続ける。

 そしてそれが終わり、スマホをポケットへと突っ込むと、


「そろそろ帰ろうぜ」


 そう言ったのだ。


「えー、ここまで来たんだから帰るところまで見ようよ」

「マック奢るからさ」


 お財布的には痛い。

 だが背に腹は代えられない。


「んー、まあいっか」


 ルナは俺を見て何かを察したのか、大人しく引き下がってくれたのだ。


「じゃあ行こうぜ」


 俺達は山中さんと石川を置いて、駅前のマックへと向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る