平凡な俺と山盛りポテトフライ

 DEAに入れて。

 それは言葉としては間違っているが、その意味が分からないほど俺は馬鹿ではない。

 つまり、DEAの管理者側になって、みんなの悩みを一緒に解決したいという意味である。


「なんで、入りたいんだ?」


 とりあえず聞いてみる。

 まるで会社の面接だが、やりたい理由を聞くのは当然の事だと思う。


「楽しそうだから!」


 即答だった。

 陽キャと言うのは好奇心の塊なのだろうか。

 正直に言うとこれといった理由はないのなら断りたい。

 しかし、彼女は俺がDEAだという弱味を握っているのである。

 

「もし俺が断ったらどうするつもりだ?」

 

 それは聞くまでもない事だろう。


「学校中にソル君がデアだって言いふらすけど」


 まあそうなるわな。

 そして俺の平凡な学校生活は終わるのである。

 俺に拒否権はないのだ。


「わかったよ……」


 俺は観念して、それを受け入れるしかなかった。


「やった!ありがとう!」


 兎沢月が机越しに手を差し出してくる。

 え?何この手?握れって事?学年一の人気者の女子の手を?平凡な陰キャの俺が?


「失礼いたします。こちら山盛りポテトになります」


 ハードルが高すぎるだろう。

 と思っているところに店員がやってきた。

 ナイスタイミングだ。


「あっ、ありがとうございます」


 俺はそれを受け取ると、突き出された兎沢月の手の前に山盛りポテトフライを置く。

 店員は礼をすると去っていった。

 そして、兎沢月は手持ち無沙汰になった手で山盛りポテトフライを取ったのだ。

 作戦通りだ。


「まだ飲み物取って来てなかったね。なに飲む?」


 ポテトを一本食べると、喉が渇いたのか兎沢月が立ち上がった。


「いや、俺も……」


 流石に持ってこさせるのは悪いので、俺も立ち上がろうとしたが、


「ソル君は準備しといて」


 兎沢月に手振りで止められてしまった。

 

「じゃあ、コーラで……」


 仕方がなく頼むことにした。

 ジャングルマンと言いたいところだが、あるわけがない。

 兎沢月は機嫌がいいのか楽しそうにドリンクバーへと向かう。


「てか、準備ってなんだよ……」


 いや、わかるけど。

 スマホを操作して、DEAの画面を開く。

 ログインはしてあるので準備もなにもない。

 これで終わりだ。

 あとは待つだけである。


 とりあえず山盛りポテトフライを食べて心を落ち着かせる。

 正直に言おう。

 実は少し、少しだけ俺もワクワクしているのだ。

 今まで一人で運営してきたDEAを、二人で運営するとどうなるかという事に。

 ……あと、学年一の美少女で人気者の兎沢月と二人だけの秘密が出来た事にも。少しだけである。


「ん?」


 兎沢月よりも先に猫がチーズインハンバーグを持ってきた。

 とりあえず、それを兎沢月の席の方へと置いて猫を送り返した。

 

「ただいまー」


 それと入れ替わりに兎沢月が戻って来た。

 

「チーズインハンバーグだ。ありがとう!」


 自分の席に置かれたものを見て、兎沢月が感謝の言葉を言う。

 いちいち感謝の言葉を示してきたり、ただいまと手を振ったり。

 それが、彼女が人気者の秘密なのかもしれない。

 実際多くの男はこれで勘違いするのだろう。

 俺は勘違いしない様にしておこうと思う。

 

「これ」


 俺はDEAを開いたスマホを机の中央。山盛りポテトフライの隣へと置く。

 

「ん……そういえばさ」


 兎沢月はチーズインハンバーグを見ながらスマホを見る。

 

「DEAってなんなの?」


 いまいちわかりづらい質問である。

 しかし、今更DEAがどういうものかを聞いているわけではないだろう。


「名前の由来ってことか?」

「うん、そうそう」


 当たりだったようである。


「金の斧と銀の斧だよ」

 

 俺は得意気に言った。


「え?急にどうしたの?」


 兎沢月には全く伝わらないようである。

 まあ、それもそうか。

 だから俺は解説をすることにする。


「うちの高校はいずみ野高校だよな?」

「うん」

「いずみで人を助けるのは?」


 DEAは人助けをするアカウントである。

 そして、金の斧と銀の斧と言った後なら簡単だろう。


「え?うさぎ?」


 いやなんでだよ。しかもそれ自分の事だろ。


「女神な」

「あーっ!そうだね!」


 本当にわかってるのだろうか?


「女神はラテン語でデアとかディアって言うんだよ」


 つまりまんまである。

 ラテン語で女神がDEAだから、いずみの女神にちなんでDEAと名付けたのだ。


「へぇー、なるほど」


 感心したように兎沢月が頷く。


「なんでラテン語なの?」

「英語だとゴッドとかゴッドネスなんだけど……流石にそれはちょっとな……」


 意味としては一緒なのだが、なんだか傲慢な感じがするだろう。


「俺の名前の太陽はラテン語でソルって読むし、兎沢さんの――」

「ちょっと待った!」

「ん?」


 急に止められてしまう。

 しまった、俺が頑張って考えた設定を早口で公開しているのがキモかったのかもしれない。


「さっきも言ってたけどさ。その兎沢さんっていうのやめない?」


 どうやら俺がキモかったのは関係ないようだ。

 だけど、兎沢さんが駄目ならなんて呼べば?

 

「ルナって呼んで。みんなそう呼ぶし」


 いや、無理だろ。

 ハードルが高すぎる。

 

「ほら、早く」


 しかし、逃げ道はないようである。


「る、るなさん」

「あはは、なんでさん付けなのさ。呼び捨てかちゃんにしてよ」


 もっと無理だ。


「んー?」


 だけど、呼ぶまで終わる気がしない。


「る、ルナの名前もラテン語だしちょうどいいかもな」


 DEAもソルもルナもラテン語で統一されている。


「え?ルナは英語だよね?」


 まじかこいつ。

 たしかル、ルナは成績もいいと聞いたことがあるんだが。


「英語で月はムーンな」

「ああー、そうだね」


 そうだねじゃない。自分の名前だぞ。

 まあいいか。


「って言うのがDEAの名前の由来」

「なんかよくわからないけど凄いね」


 オタクに優しいギャルがオタクに言う台詞じゃねえか。

 聞かれたから答えただけなのに……。

 俺が打ちひしがれているうちに、ルナはスマホを操作していく。


「なんか凄いメッセージ来てるけど」

「気にしないでくれ。ビーナスっていうアカウントから来てるのを除けばそうでもないから」


 それでもメッセージは多い。

 新学期付近だと特にみんな相談したいことが多いようである。


「名前バラバラだね」

「それはそうだろ。恥ずかしがって本名を出してこない奴は多いよ」


 メッセージを見れるのも、名前を見れるのも俺、DEAだけだが。それでも本名を避ける人は多いし、捨て垢で連絡してくる奴も多い。

 しかし、中には本名で送ってくる奴もいる。そう言う奴は本名出ないとどうしようもなく、どうにかして悩みを解決して欲しいという奴である。


「んー、彼女と別々のクラスになってしまいました。どうしたらいいですか?」


 ルナは目に付いたメッセージを読み上げる。


「こういうのってどうするの?」


 どうと言われも、


「なにもしないな」


 そうするしかない。


「ええ!なんで!可哀想だよ?」

「いや、そんなの俺にはどうしようもないし……」

「んー、じゃあ――」


 ルナはスマホを手に取ると、指をせわしなく動かす。

 そして、すぐにスマホを元の位置に戻した。


「これでいい?」

「ん?」


 俺はスマホを見る。


「会えない時間も彼女の事を想いましょう。きっと彼女もあなたの事を考えています」


 そして、書かれた事を読み上げる。


「すこしロマンチックすぎるかな。えへへ」


 ルナは照れる。

 えへへ、なんて現実で言う奴がいる事に驚いたが、それをして本当に可愛いのにも驚く。

 

「いや、だいたい手に負えない話はそんな感じで返してる」


 俺なら、「昼休みや放課後、その分彼女と一緒にいましょう」って返すかな。

 その時スマホが鳴った。いや、音は切っているので机の上でガタガタと震えているだけだが。

 スマホを見ると、先程ルナが送った内容に対する返事だった。

 

「ありがとうございます。授業中も彼女を想って過ごします」


 とのことだ。

 いや、授業はちゃんと受けろよ。


「わー、素敵!」


 ルナは目を輝かせる。


「ありがとうって言われちゃった!」


 更に喜んだ。

 

「DEAでの初仕事。完了だな」

「え?」


 良かれと思って言ったのだが、ルナは困惑して俺の方を見る。


「そっかぁ……今のがそうかぁ……」


 なにやら不満気である。


「なにか不満があるのか?」


 だから俺は聞いてみた。


「もっとこうさ……悩みを解決した!みたいなのが欲しいじゃん?」


 いや、今のも十分悩みを解決してるんだが……。

 だが言わんとすることはわかる。

 つまり、なにか行動して達成感を得たいと言うことなのだろう。


「いや、それは無理だぞ」


 しかし、それは無理なのだ。


「え?どういうこと?」

「俺が何か表立ってしてるように見えるか?」


 していない。

 俺がDEAだとバレないためである。

 依頼人がわかっても直接会ったりはしないのだ。

 そんな事をしたら、俺がDEAだってバレてしまうから。


「あ……バレちゃいけないんだもんね」


 理解したようである。

 ルナはとても残念そうだ。

 俺はため息を吐く。


「まあ、そういうのもなくはないよ」


 仕方がないのでそう言った。

 

「本当!?」


 ルナの顔が一気に明るくなった。

 その顔は、とても、綺麗だ。

 

「あ、ああ。明日まで待っててくれ。それっぽいのを探しとくからさ」

「ありがとう!頼りになるなぁ」


 彼女の感情表現はストレートだ。

 でも、素直に言われると、とても嬉しい。

 いつの間にか、ルナはチーズインハンバーグを食べ終わっていて、山盛りポテトフライは残り一つになっていた。


「じゃあ今日は解散にしようか。えっと……DEAのアカウントは……」


 パスワードとかを共有しようとする。


「あ、それはいらない」


 しかし何故か断られた。


「いいのか?」

「んー、DEAはソル君のものだからなぁ。流石にそれを受け取るのはちがうかなって」


 初めて遠慮された気がする。

 まあ俺も少しアカウントまで渡すのは躊躇いがあった。

 それはそれで毎回俺のスマホを見る事になるので面倒なんだけど。

 

「そうか。じゃあ出るぞ」


 とはいえ、お言葉に甘えようと思う。


「いや、ちょっと待とうよ」


 しかし止められてしまう。


「なんだ?」

「連絡先は交換しよ!」


 これが陽キャか。

 俺には会ったばかりで連絡先を交換するという発想はなかった。

 

「DEAに連絡してくれればいいんだが……」

「えー、ソル君の連絡先教えてよ」


 ぐいぐい来るな。

 DEAも俺の連絡先なんだが。

 

「わかった……」

「やった!」


 俺は諦めてスマホを差し出した。

 ルナはそれを手に取ると、早い指捌きでスマホを操作していく。

 流石は陽キャだ連絡を交換し慣れている。スマホ捌きが凄い。


「はい。電話番号なんかもいれといたから」

「あ、ああ」


 そこまでする意味が?

 

「いつでも電話して来ていいぞー」


 ルナはにやにやと笑う。


「用がある時には連絡する」


 そして、俺は山盛りポテトフライの最後の一本を食べたのだ。


「じゃっ、行こっか!」


 二人でセルフレジへと向かい、俺は山盛りポテトフライとドリンクバーの分のお金を出した。

 「いらない」と言われたが、流石にそういうわけにもいかないので機械へと入れてしまうとやはり、「ありがと」と言われたのだ。

 店を出ると、駅の近くまで歩いて行く。

 その間、ルナはよく話した。


「じゃあ、明日また学校で」

「うん、昼休みに部室棟のとこでね」


 そして、駅の近くで別れた。

 結構話したので夕方になっており、帰るにはちょうどいい時間だった。

 この日を境に、平凡な俺の日常は大きく変わることになったのだ。

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