第三話 平凡な俺は逃げられない

 なんとか昼休みが終わる前に教室へと戻れた。

 5時間目は国語の授業だ。

 正直、少し憂鬱である。

 国語が嫌いなわけではない。

 先生が……少し苦手なのだ。

 嫌われている先生かと言われれば、そんな事は全くない。

 むしろ、生徒からはとても好かれている先生だろう。男子からは特にである。

 ただ、俺が苦手なだけである。

 チャイムが鳴り、国語の先生である、金上愛乃(かながみあいの)先生が教室へと入って来た。

 

「皆さんこんにちは、授業を始めます」


 そして、授業が始まった。

 金上愛乃、28歳。とても若い先生だ。

 彼女が生徒から人気な理由は単純である。

 美人なのだ。肌は綺麗だし、髪も綺麗だ。顔も綺麗で、背は高めで、はっきり言ってかなりグラマラスな体型をしている。惚れてしまう男子も多いし、女子は彼女に憧れる。

 まさに完璧美人であり、グラビアアイドルでもやっていけそうな彼女だが、一つだけ問題があった。いや、問題ではないのだけれど。


 彼女は真面目過ぎたのだ。

 生徒たちと必要以上の会話は全くせず、ただ淡々と授業をし、廊下で生徒にプライベートなことを話しかけられるものなら、「勉強に関係のない話はしません」ときっぱりと断るくらいであり、男子は告白する隙すらないくらいなのである。

 しかし、俺からすればそれが悪い事だとは言えない。

 それでも、諦めていない男子生徒は多いし、女子生徒はその毅然とした態度に憧れ直す者までいるくらいである。

 まあ、真面目なのを問題と言うわけにはいかないだろう。

 俺が彼女を苦手な理由は、それとは全く関係ないのところにあった。


「で――」


 先生の説明中に、スマホが鳴った。

 これあれだよなぁ……と思いながら俺は無視する。

 本当に器用なものである。

 と思ったら、もう一度鳴った。

 やはり無視をする。

 そうこうしているうちに時間が過ぎ、授業時間の終わりの時間が近づいてきた。


「では、今日はこれまでにします」


 きっちりとチャイムが鳴る前に授業を終わらせ、チャイムが鳴ると先生は出ていったのであった。

 男子たちの何人かがため息を吐く。

 話しかけれなくとも、目の保養にしている生徒も多いのだ。

 わからなくもない。俺もかつては少なからずそう言うところはあった。


 次の授業が始まる。

 6時間目が終われば、あとは帰るだけである。

 俺は帰宅部なのだから。

 俺を止める者は誰もいないのだ。

 


     ♦



 最後のチャイムが鳴って、放課後となった。


「ちょっと急ぐんだ。いいか?」


 俺はアクルへと声をかける。

 

「ん?ああ、いいよ」


 アクルは事情を聞かずに帰り支度をしてくれた。

 そして階段を降り、昇降口へと来る。

 いつもはビッチ先輩が来たらアクルと別れるのだけれど今日は違う。

 

「じゃ、俺先行くわ」


 俺はとっとと帰ろうとしたのだ。

 理由は言うまでもないだろう。


「ちょ、ちょ、ちょーっと待った!」


 しかし、昇降口に大きな声が響き渡った。

 俺は嫌そうな顔をし、その顔を見た。

 言うまでもないだろう、俺を呼び止めたのは兎沢月なのである。


「待っててって、言ったよね?」


 確かに言われたが、待つ義理はない。

 というか、もの凄い注目されている。それはそうだ、あの兎沢月がなんの接点もなさそうな俺みたいな平凡な陰キャを引き留めているのだから。みんな興味津々である。

 そして、ここで逃げたら何を噂されるかわからないだろう。

 兎沢月から逃げた謎の陰キャが何をしたのか、みんなより興味津々になるのは間違いない。


「ああ、校門で待ってようと思ったんだ」


 だから俺はそう言った。

 

「え?あ、そっかぁ、なんかそのまま帰りそうな雰囲気だったからさぁ」


 そう言いながら、兎沢月は上履きを靴へと履き替える。

 いや、もちろん逃げる気だったけどさ。

 というか、友達の多い彼女がこんなにも早くここに来たと言う事は、俺が逃げるのを予想していたのだろう。

 意外と頭の回る奴だ。


「おい、どういう事だよ?」


 横からアクルが説明を求めてくる。

 しかし、アクルにもDEAの事は話していない。というか、アクルにこそDEAの事は話せないのである。

 だからこそ、俺はなんと説明したものかと困ってしまった。


「今度説明する」


 仕方がないのでそう言っておいた。


「じゃあ行こうか」

「お、おう……」


 当然のように兎沢月は言う。

 どこへ?

 少なくとも家に帰れなさそうなのは間違いなさそうである。

 俺はいつも直行直帰だと言うのに。

 逃げ出してやろうかとも思うが、それはそれで本当はまずいのだ。

 それがわかった上で逃げ出そうとしていた人間が言うものではないが、逃げ出せないのである。弱味を握られているのだから。


「あのー」

「いやあ、大変だったよ。急いで昇降口に行こうとしたんだけど、何度も呼び止められてさ」


 なんか普通に兎沢月は話し出す。


「へぇー」


 俺にはそんな出来事はない。

 教室を出て、家に帰るまでの間に誰かに呼び止められるとしたら、それは何か用事がある先生くらいのものだろう。

 だから気のない返事しか返せない。

 

「うちのクラス今日は数学あったんだけどさ、タク先がさ――」


 それでも兎沢月は気にせず話し続ける。

 というか、まるで普通の友達のようである。

 俺と兎沢月は今日初めて話したと言うのに。

 これが陽キャのコミュ力なのだろうか?

 

「あ……」

「どうかした?」


 歩いて行くうちに、とある場所へと差し掛かる。

 それは、何の変哲もない曲がり角ではあるのだが、ここを曲がれば俺の家なのである。


「いや、俺ん家こっちなんだよね」


 帰っていいか?とは聞けなかった。


「ええー、そうなんだ。学校から近いんだ」


 歩いて10分程度である。


「私は電車だから、結構遠いんだよね」


 そう言いながら、兎沢月は曲がり角を過ぎてしまった。

 俺も曲がりたかったけど仕方がなく着いて行くしかなかった。

 ちなみに、この先には駅があるのだ。

 兎沢月は俺の都合などお構いなしで駅の方へと歩いて行ってしまうのだ。

 


     ♦



 主に兎沢月が一方的に会話して、駅の付近まで歩いてきた。

 しかし、駅はスルーして線路沿いを歩きだしてしまったので、流石に尋ねる事にした。

 

「ちょっと待て!どこに行く気だ?」

「んー?もう着くよ?」


 どこと聞いているのに答えになっていない。

 だが、変な所に連れて行かれるわけではないようだし、もう着くと言われてなんとなく察しがついてしまった。

 少し歩いて、その察しが正しかった事が証明された。


「いらっしゃいませー」


 ファミレスである。ガストだ。

 俺は兎沢月に、ガストへと連れ込まれたのであった。

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