第二話 平凡な俺の秘密
DEA。
それは世間一般的にはなんの意味のない言葉である。
しかし、ここいずみ野高校においては、それは特別な意味を持つ。
それはとあるSNSのアカウント名である。
DEAに相談して勉強が出来るようになりました。
DEAに相談してトラブルが解決しました。
DEAに相談して恋が実りました。
ただのSNSのアカウントではあるが、DEAはいずみ野高校専用の相談所、目安箱みたいなものなのだ。
ただ、それは昔からあるわけではなく、ほんの半年ほど前出来たばっかりである。
しかし、いずみ野高校内では知らない人がいないくらい浸透しており、多くの生徒たちがDEAへと毎日悩みを打ち明けていた。
それほどまでに依存されている存在。
それがDEAである。
しかし、その中身が誰なのか誰も知らないが、自分達に近しい人間なのは誰もが感じている。
それこそがDEAなのである。
そのDEAの中身ではないかという疑惑を、今まさに俺はかけられているのであった。
「えーっと……ナニカカンチガイシテルンジャナイデスカ」
俺は焦りながらも言葉を紡いでいく。
だけど、どう見ても逆効果だ。
「んー、でも今後ろから見たよ?デアの管理者画面っぽい画面」
クリティカルヒットだ。
これは勘違いで済ますか、誤魔化すしかない。
「えっと……あっ!そもそも兎沢さんはどうしてここにいるんですか?」
同級生であるのに何故か敬語になってしまう。
仕方がない、陽キャの頂点のような存在なのだから。ヒエラルキーが違う。
「実はさ。朝も見ちゃったんだよねー。あ!見ようと思ってみたわけじゃないよ?偶然だよ」
朝?コンビニだ。そう言えばいた。
それで、俺がDEAの管理人だと確信し、つけ回したと言うことか。
「あ……あ……」
ツーアウトである。
でも、俺はまだ諦めない。
「これ!知ってる?」
俺は手に持っているジャングルマンを前に差し出した。
「ん?」
この反応からするに、どう見ても知らないだろう。自販機にあっても知らない人が多いのだ。
「これはチェリオが出している。エナジードリンクで――」
「ごめーん。ちょっと見せてもらうね」
俺の手から奪われた。
それはもちろんジャングルマンではない。
俺のスマホだ。
って、それはいくらなんでもルール違反だろう。
普通は人のスマホは覗き込まないし、ましてや許可なく触る事なんてないだろ?
え?あるの?陽キャの間では普通なの?
「ほら、やっぱり」
そして、俺は焦っていたのかスマホの画面を消し忘れていた。
なので、あっさりとバレてしまったのだ。
彼女は勝ち誇ったような顔で、DEAの管理画面を俺へと向けたのだ。
「はい……俺がデアの管理人です……」
そうされては、俺も白状するしかなかった。
そう、DEAの管理人は俺なのである。
これこそが、平凡な俺の、平凡ではない秘密であった。
「やっぱり。やった!」
彼女は嬉しそうに飛び跳ねる。まるで兎のように。まるで兎のように。
上手い事言ったから二回言いました。
「あ、ごめんね。スマホ取っちゃって!えっと……烏野太陽君だよね?」
流石に謝る事らしい。
って、そうじゃない。
「え?」
なんで名前を知っているのだろう。
彼女からすれば俺なんて路傍の石である。
「あれ?名前違った?」
彼女が首を傾げる。
その仕草はとても可愛い。
大抵の男はころりといってしまうのだろう。
俺も9割くらいは傾いた。
「いや、あってます」
辛うじてそう答える。
「なんで敬語なの?同級生だよね、ソル君」
いきなり名前呼び。
10割傾いてしまった。何がかはわからないが、何かが10割傾いてしまったのである。
「ああ、まあ、そうだけど……」
途切れ途切れになんとか答える感じだ。
「そう、良かった!」
いちいち可愛い仕草はやめて欲しい。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「え?同じ学年の人の名前は全部覚えてるよ?」
普通でしょ、と言いたげに彼女は言う。
俺なんて数人くらいしか覚えていないのに。
これが学年一の陽キャの力か。
「それで、俺をこれからどうするんだ?」
「それはね――」
彼女は何かを言おうとしたが、途中で自分のスマホを見た。
「あっ!もう昼休み終わりそう!」
釣られて俺もスマホを見ると、確かにもうそんな時間である。
「話はまた後で!放課後待っててね!」
彼女はそう言うと、元気に走り去ってしまう。
「って、やべ」
俺も行かないといけない。
なんとなく、彼女が消えた方向とは別方向に俺も走り出した。
そして曲がり角を勢いよく曲がったのだが、
「きゃっ!」
誰かにぶつかってしまった。
なんだか柔らかく、悲鳴も聞こえた。
女の子の声である。
「す、すまん」
相手は倒れたと言うわけではないが、ぶつかってしまったのだからとりあえず謝る。
ぶつかった相手は、背の低い、少し気弱そうな女の子である。
それは見知った顔であった。
「上水流さんか」
上水流星(かみずるすてら)。
同じクラスの女子である。
というか、アクルと一緒で小学校の頃からの同級生だ。
といっても話したことはあまりないが。
「すいません。ボーっとしてて……」
なんというか……小動物系の美人である。
といっても、胸は小動物という感じではないが。
おっといかんいかん。胸を見てたらバレると言うしな。
ていうか、
「聞いてたか?」
聞かれたらマズい話だ。
まだ兎沢月以外、誰にもバレていないのだ。
「何の話ですか?」
上水流さんは首を傾げた。
流行ってるのだろうか、そのポーズは。
男を落とすのには効果は抜群だ。
しかし、今はそんな場合ではない。
「もう昼休み終わるぞ。先に行くからな」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺は上水流さんを置いて、教室へと駆けたのだった。
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