エピローグ

 近頃私は思い出す。子供の頃に路地裏で紫色の玉に触れ、異世界を旅した記憶を。あれから人並みの人生を歩み定年を迎え、夢か幻かのような刺激的な体験を求めているわけではないが、知らない街を当てもなく散策するのが私の楽しみになっていた。今日も私は知らない街を歩く。傾いた日に染まって赤焼けた商店街の隅っこに骨董屋を見つけ、少しのぞいてみるかと私は立ち寄った。白熱電球に照らされた薄暗い店内には古ぼけた木の棚が並んでいて、瓢箪を持った狸の置き物が私を出迎えた。壺やら皿やら骨董品のことは何も分からないが、たまにはこうして変わった空気を吸うのも悪くない。店の奥には昭和レトロとポップカードが貼られたコーナーがあった。私はそこで一体の人形に目を奪われた。


 腹部に開閉機能のついた裸の少年の人形だった。その人形はとても年季が入っており、ところどころ塗装が剥げて錆が浮いていて、お腹の開閉部分も壊れているのか黄色く変色した透明テープがベタベタと貼り付けられてとめられていた。私はその人形を見た瞬間に既視感のようなものに包まれ、直後に心が震えた。その人形はかつて私と共に異世界を冒険した人型ロボット、コスモと瓜二つだったのだ。


「あの、すみません、この人形は?」


 私はカウンターの奥で新聞を読む年老いた店主に尋ねた。


「ああ、それか。よーわからんさな。調べても出てこんし、おおかた何かのパチモンじゃろう。雰囲気だけはあるけ置いてやっとるだけじゃ」


 話によるとこの人形は店主が物心ついた頃にはすでにこの店に置いてあったのだという。


「あんたそれが何か知っとるんか?」


「……その、変な話になるのですが……」


 私は店主にかつて自分が異世界を冒険した話をする。忘れていた思い出をじっくりと思い出すように私は語った。一つ一つの思い出を丁寧に思い出し、言葉に変えていく。心がまるで少年時代に戻ったようだった。店主は聞き上手で、見守るように私の話を聞いてくれた。全てを話し終えると店主は言った。


「あんたこの人形持っていき。金はいいから」


「いや、それは……」


「いいから。元々こりゃあ売る気で置いてないもんじゃ。昔からあるから置いてやってただけでな。あんたが持ってるのがいい。巡り合わせじゃ」


 そう言って微笑む店主に人形を渡された時、人形のお腹の中でカラカラと何かが転がる音がした。その乾いた音が失っていた記憶の一つを蘇らせる。


「あの、もしかしてこの人形のお腹の中には茶色い箱のようなものが入っていませんか?」


「箱?さあのう……よし、開けてみるか」


 店主はカッターを持ってきて、ベタベタと貼られて黄色く変色したテープに刃を入れてお腹の開閉部を開いた。するとそこにはやはり、小さな茶色い箱が収められていた。僕は思い出す。それは脳みそ人間になった僕が元に戻るために使うはずだった簡易手術室だ。


「ああ、そうか。君はやっぱり……コスモなんだね」


 不意に僕が声を漏らしたその時だった。


『やあ、やっと会えたね』


 どこからか、懐かしい声が聞こえた気がした。

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