第十章『影の英雄』編

 この地底世界には青い空がない。星が煌めく夜空もない。地底の人々にとって空とは錆びた鉄の天井であって、それが真実の空だ。僕が空と聞いて思い描く青空や星空は存在しない空想の空なのだ。きっと宇宙の果てまで続いていく空を、この地底世界で暮らす人々は想像することすら出来ないだろう。錆びた天井を支える柱状エレベーターへの道を歩きながら、大気が赤く色づくこの地底世界の姿を僕は目に焼き付けていた。ひび割れた路面。鉄筋がむき出しになったビルやマンション。折れた信号機。瓦礫の山。ゼロさんによるとかつてここは地底ではなく、地上と呼ばれていたという。それは僕にもなんとなく察しはついていた。なぜ都市が層を重ねるように発展していったのかを僕がゼロさんに尋ねると、それは分からないとゼロさんは答えた。


 白い服の人々に混じり僕とゼロさんは天井を支える巨大な柱状エレベーターの中に進んだ。柱状エレベーターはまるでタールでコーティングされた巨大な木の幹のようだった。ビルやマンションのように直線的でシンプルな作りではなく、ウネウネとした有機的な形状が見て取れる直径数十メートルの円柱構造だ。


 僕たちは工具箱を手に下げた数十人の奴隷人間たちと一緒にだだっ広い柱状エレベーターで上に向かった。このエレベーターは地底の空を蓋する錆びた天井の先に続いていて、そこには都市下層域の様々な場所に繋がるトランスポートハブがあった。


「マスターブレインに直通するルートは下層には存在しないが、近くへは行ける。こっちだ」


 トランスポートハブは青く輝く鋼鉄のドームで、床で黄色い光を放つ誘導灯が螺旋状に広がっていた。広大な空間を囲う円形の外壁には頭に1ⅦAGという記号がついた1から360の番号の扉がずらりと等間隔に並んでいて、白い服の人々は吸い込まれるように目的の扉へと足を運ぶ。


「どの番号の扉に入っても同じだ。行き先はポーター内で設定できる。扉番号の前にあるワンセブンエージーという記号はこのハブの番号だ。ワンが階層を、セブンが地区を、エージーが柱番号を表している。もしもの場合に備えてこの番号は覚えておけ。もし俺に何かがあった場合、俺のアジトへ帰るといい。俺の自作したメカが倉庫にあるから、地底生活も幾分マシになるはずだ」


 淡々と語るゼロさんに僕は首を振っていう。


「帰るつもりなんてありませんよ。あそこは僕の帰る場所じゃないですから」


 僕は地底人になるつもりなんて毛頭ない。そう思いつつも僕は地底人としてゼロさんがそうしていたように奴隷人間たちが働いて稼いだポイントを横取りして暮らす自分の姿を強く想像した。ゼロさんとは違ってなんの能力も持たない僕はきっと、来る日も来る日も粉を溶かしたスープをすすり、目的もなくただただ生命活動の維持のために過ごす日々を送るのだろう。何もかも諦めて自分の殻にこもり、一人死んでいくのだ。廃屋で白骨になり、永遠に一人取り残されるのだ。僕は地底人として生きた先にあるであろう悲しい未来を強く想像した。そうすることで僕はいざという時に危険に飛び込む勇気を得ようと思った。危険を冒さなければ、一歩踏み出さなければ僕に待っているのはそんな日々なんだ。僕の命に守るほどの価値はない。この命の灯火は未来を照らすために使わなければいけないんだ。ズンっと動き始めたポーターの中で鋼鉄のバックパックを背負い直してゼロさんは言う。


「マスターブレインの潜む中層へは俺が繋ぎ上げた道から向かう。壁一枚……ほんの壁一枚隔てた先はもう危険地帯だ。今のうちに覚悟を決めておけ。シールドの使い方、銃を放つ自分を想像しておけ」


 そう語るゼロさんの横顔は、心なしか緊張しているように見えた。ポーターのついた先は病院や学校のような、何か公的に思える施設だった。ただその内装は青い金属でコーティングされている。それは以前闇の市場で見たのと同じコーティングに見えた。もしかしてこの青い金属は使わなくなった古い都市の壁や床を補強するためのものなのだろうか。しばらく廊下のような通路を歩いていると、別の建物と合流する通路との隙間の先に、あまりにも巨大な灰色のパイプがずらりと滝のように地上と天井を繋いでいるのが見えた。パイプだけではなく、巨人でも住んでいたのかと問いたくなるくらい巨大でカラフルなフラットケーブルがパイプに沿って結束されている。細かいところを見ると別の建物の表面を細いパイプが沿い、電線がコイルのように絡まっている。まるで都市が大きな機械の一部として溶けてしまったかのような景色が建物の外には広がっていた。そして、建物の外とは言っても屋外という印象は全くもって抱かなかった。だって空はなく、代わりにある青い天井は空というには低すぎる。巨大なパソコンの箱の中に街を作ったような、そんな印象だ。建物の外にあるのはむしろ閉塞感なのだ。


 僕はゼロさんの後に続いて、機械と融合した街を進む。人が寄り付かなくなった廃墟を長い年月をかけて植物が侵食するように、この街は機械に侵されているように僕の目には映った。つたのような電線をかき分け、ジャングルのように密集した配管と電線の森を抜ける。漏電してないだろうかと僕はビクビクしながら歩いた。しばらく歩くと、天井まで続く青い壁に突き当たる。その壁に密集した青い電線をゼロさんが剥がすと、そこには少し屈んで通れるくらいの人工的な穴が空いている。バリだらけで、縁に触れたら出血しそうな歪な横穴だ。


「ここから中層に忍び込む。しばらくは上りの道が続くから辛くなったら遠慮なく言え。足が動かなくなって転げ落ちては話にならんからな」


 僕たちは壁と壁の隙間の道を行く。そこに照明はなく、ゼロさんのキャタピラと僕が握るペンライトから発せられる光が唯一の道標だった。少し歩くと、ゼロさんが用意したのであろう金属の板が壁に溶接されなだらかな登り道をつくっている。壁に沿って四角い螺旋のように続く二十センチ程度の厚さの板の登り道を僕は恐る恐る歩いた。板の横幅は二メートルくらいはあるので壁に手を添えて歩けば下に落ちることはないだろうけれど、高度が増すにつれて板が外れて下に落ちた時のことを僕は考えてしまった。だってこの板は壁に溶接されているだけで支柱のようなものは何もない。とてつもなく簡易的な作りなのだ。


「そう不安がるな。この道は俺が作ったんだ。簡単に崩れたりはせん」


「……でもこの道って、ただ板を壁にくっつけただけじゃないですか。柱とか何もないし……」


「馬鹿をいうな。お前にはただ板を壁にくっつけているように見えているのだろうが、実際は壁に穴を開けて板を差し込んだ上で溶接しているのだ」


「あ、そうなんですか」


「当たり前だ。手すりをつけるほどの手間は惜しんだが、ただ板を壁に溶接するような手抜きをするほど俺は愚かじゃあない。二枚に一枚だけだ。そんな手抜きをしているのは」


「えっ」と僕が聞き返すと、「冗談だよ」とゼロさんは笑った。その笑い声がシンとした暗い闇の中に響いて、その残響がこの縦に伸びる空間のとてつもない広さを僕に伝えた。そしてまたカツンカツンという僕の足音とウィイイイインというゼロさんのキャタピラの音だけが暗闇に響き始める。

 どれだけの距離を登ったのだろうか。暗闇の中でひたすら歩き続けた登り道がついに水平になった。僕は終わりが近いのだと直感し、ふと下を見る。ライトで照らしても光は暗闇を抜け切らずどれだけの高さを登って来たのかはわからないけれど、きっと明かりが灯っていたらクラクラするような高さのはずだ。だって一時間以上はひたすら登り続けていたのだから。


(これだけの道を一人で作るだなんて……)


 僕はゼロさんの執念に畏敬の念を感じずにはいられなかった。僕はふとゼロさんの言葉を思い出した。


『俺は英雄になりたいんだ』


 そうゼロさんが語り始めた時、僕は正直言って「え、そんな理由?」って思った。ゼロさんを痛い大人のように正直な話感じてしまった。ゼロさんが言ったように、ゼロさんに軽い失望感を抱いてしまっていた。でも……


(……僕は……大馬鹿野郎だ)


 僕はいつから他人の本気を斜に構えて見てしまうような人間になったのだろう。承認欲求がどうとか、見返りを考えて行動するのはダサいとか。どうしてそんなことを考える人間になっていたのだろうか。本当にダサいのは偉そうにケチをつけるだけの僕の心だ。ゼロさんは本気で都市を救って英雄になろうと、マスターブレインに至る道を長い年月をかけて築き上げていたのに、何が「え、そんな理由?」だ。


(何も知らずに、偉そうに……僕が登って来たこの道はきっと何年も何年もかけて地道に繋げられてきた道だ。ゼロさんが英雄になろうと、必死に繋げた英雄の道なんだ)


 闇の中で僕は足元の板にそっと手を触れた。僕はゼロさんの思いの強さと、偉大さに触れているようだった。僕はゼロさんを英雄にするんだって、心の底から強く思い直した。


「ショウタ、こっちだ」


 ゼロさんは壁の中を四角くくり抜いて作ったスペースに吊り下がっている電球を点灯させて僕を呼んだ。五メートル四方くらいのその空間には左右に扉があって、右は倉庫で左の扉の奥はちょっとした科学的施設になっていた。いくつものモニターや大型のコンソールパネルがあり、さらに奥にはベッドとテーブルがあって様々な工具や火器類が散らばっている。僕たちは金属の板を組み合わせただけの簡素なテーブルに水と食料を広げ、最後の作戦会議を始めた。


「ここは俺が中層の解析のために作った隠し部屋なんだ。まさかマスターブレインも自分のねぐらの真横にこんな部屋が存在しているとは夢にも思うまい。まあ機械が夢を見るとは思わんがな」


 そう言ってゼロさんは壁を削って作られた棚から金属の筒を手に取りコップに液体を注いだ。


「これか?酒だよ。工業用のメタノールをエタノールに変えただけのもんでうまくも何ともないがな。ここに来た自分へのご褒美ってやつさ。俺はここでしか酒は飲まんのだ」


 ゼロさんはクイッと酒を流し込み、テーブルに腕を乗せた。


「いよいよこの先がマスターブレインのある中層フロアだ。このフロアは単純にマスターブレインのセキュリティのためだけに存在している。人間の脳の皺のように複雑に入り組んだ通路とそこに配置されたロボットたちが奥に鎮座するマスターブレインを守っているのだ。だがまあ、古い技術のセキュリティだし、もう長い間アップデートもされていない。つけいる隙はいくらでもある。例えば俺たちの持つ銃がそれだ。これほどの出力の銃を想定した装甲のセキュリティロボはいない。それにノミ型の小型メカを使い中層のマップを俺は把握済みだ。正解の道は俺の頭の中に入っているし、俺は何度もマスターブレインへの道をシミュレーションしてきた。対策は万全だ。ただ……」


 そういってゼロさんは顔を濁らせる。


「……不測の事態は付きものだ。気を引き締めて行かねばな」


 そして僕はゼロさんに中層フロアを攻略するための情報を叩き込まれ、さらに新たな銃器の使い方も指導された。僕は血が沸き立っていくのを実感した。僕は明日、命懸けの戦いに挑む。僕は絶対にゼロさんと共にマスターブレインの元に辿り着き、都市を支配から解き放つ。


(そしてゼロさんの存在を地上に伝えるんだ。人々を機械の支配から救った英雄の存在を!)


 硬い床に敷いた毛布の上で僕は眠りについた。不思議なもので、僕はこれまでにないほどぐっすりと眠りにつく事が出来た。そして決戦の日がやって来た。


 僕は小型の銃を腰に構え、背中には筒状の火器を背負っている。ゼロさんはキャタピラを乗り換えていた。僕には前のキャタピラとの違いが全くわからないけれど、戦闘用にカスタマイズされた高機動キャタピラで、段差に弱いのが欠点だけど中層に段差は存在しないから問題ないのだという。


「中層攻略特化の対マスターブレイン専用キャラピラさ。俺はこれに乗る日を心待ちにしていたんだ。大丈夫。シミュレーション訓練は散々している。問題ないさ」


 ゼロさんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。僕たちは扉と扉の間に立ち、向かいの壁と向き合う。


「行くぞおおおおお!」


 ゼロさんはそう叫んで四輪のドリルマシーンを壁に突撃させ、僕たちはそこに開いた大穴から中層に突入した。白く眩しい照明が僕の体を包んだと思った瞬間、ウオオンウオオオンウオオオオン!とけたたましい音が響き、通路が赤く点滅を繰り返し始める。それはこの未来世界にきて僕が初めて聞くサイレンの音だった。


「加速するぞショウタ!体幹を意識し、踏ん張るんだ!」


「はい!」


 僕はゼロさんの背中から伸びたロープの先についた輪っかを両手で強く握る。そして足をガニ股に開き、凄まじい勢いで加速するゼロさんに引っ張られて地面を滑った。


 鉄板と断熱材とジャイロメカで補強された靴の底からはヂヂヂヂヂと火花が散っている。姿勢が安定したと感じた僕は右手を離し左手一本で輪を握り、腰の銃を手に取った。


「デルタドローンだ。俺が撃ち落とす!お前は次に備えるんだ!」


「はい!」


 ゼロさんのキャタピラの両脇から細長い六つの銃身が組み合わさった二対のガトリングガンが現れ、僕たちの正面を飛行する縁が赤く染まった三角形の飛行ロボットをドドドドドド!っと蜂の巣にして撃ち落とす。僕の目はその奥から駆け寄ってくるバケツをひっくり返したような頭部の人型のロボットたちに向いている。


「警告!止マリナサイ!サモナクバ武力制圧シマス!」


「知ったものか!」


 僕は狙いを定め、警棒をバッテンにして行く手を塞ごうとする警備ロボットを光線銃で撃った。警備ロボは真っ黒になり、プスプスと煙を立ち上げてその場に崩れ落ちた。


「ナイスだショウタ!」


「まだまだ!」


 僕は警備ロボットたちを撃ち抜いて行く。靴底のジャイロメカのおかげでゼロさんにすごい勢いで引っ張られているのにまるで静止しているように冷静に狙いを定めることが出来た。


 まあこの光線銃がとてつもなく当てやすいというのもある。トリガーを引いて一秒くらいの間は光線が発射され続けるので、外れても少しずらせば命中するのだ。出力がもの凄いから擦らせることが出来ればロボットを黒焦げにすることが出来る。一射撃で二体のロボットを倒すことすら容易に可能だった。実に恐ろしく頼もしい武器だ。


「ショウタ、曲がるぞ!」


「はい!」


 僕は輪っかをギュッと握り遠心力に耐えた。この輪っかを離したらいずれ後ろから来る追っ手に囲まれてしまうだろう。このロープは僕の命綱なんだ。絶対に離すわけにはいかない。僕たちは敵を撃ち払いながら中層をどんどん進んでいく。


「機械どもめ。我が銃弾の嵐の前に砕け散るがいい!」


 ゼロさんは圧倒的だった。キャタピラの両脇から放たれるガトリング弾が次々と現れるセキュリティロボットたちを粉微塵にしていき、右肩に構えた空気砲でロボットの残骸を吹き飛ばし道を切り開いていく。元々全て一人でやるつもりだったってのは伊達じゃない。僕は攻撃よりも周囲に注意を払い不測の事態に備えることを重視することにした。


(よし、行ける!行けるぞ!)


 攻略は順調だった。転んでしまわないか不安だった姿勢制御も、射撃も、敵の掃討も全部上手くいっている。敵の警備ロボットたちは僕たちの浸入速度と銃器に手も足も出ないみたいだ。なにしろこっちは敵のロボットが警告している間に撃破出来るんだ。ゼロさんの言っていた通りだ。僕は昨日ゼロさんから聞いた言葉を思い出した。


『中層のセキュリティは侵入者を殺すのではなく捕らえるように作られている。侵入者から情報を得て芋蔓式に関係者を捕えるためだ。そこに隙がある。セキュリティの方針を転換される前に超高速でマスターブレインの元に一気に迫るのだ!』


(いい感じだ。このままマスターブレインの元に辿り着けるかも!)


 そう思いながらカーブを曲がっている時だった。


「グ、グウウ……」


「えっ」


 瞬間、僕の視界に流れる景色が動画を0・25倍速にしたようにゆっくりになった。僕の前を疾走するゼロさんのキャタピラが、傾いている。遠心力に負けて傾いているのだ!


(ま、まずい!)


 僕はゼロさんと衝突しそうになり咄嗟に弛んだロープの輪っかを離し半身になってゼロさんを躱した。


「ゼロさん!」


 転倒し急減速したゼロさんを追い越して、僕の体は慣性のままに進んでいく。僕は正面から迫る警備ロボットとデルタドローンを撃ち落として、十メートルほど後方にいるゼロさんに叫んだ。


「ゼロさん起きて!早くこっちに!」


 と、


「ショウタ、助けてくれ!俺は自力では起き上がれんのだ」


(なんだって⁉︎)


 ゼロさんの下半身ではキャタピラがキュイ……キュイと回っているが、ゼロさんは上半身を床から起こすのが精々といったところだった。ゼロさんの後方には追いかけてきたロボットたちが迫っている。


(ど、どうする⁉︎って、考えている場合じゃない!)


 僕は一目散にゼロさんの元に走った。靴底がガチガチの金属なのでとてつもなく走りにくく、床を蹴る際に響く音があまりにも鈍重で僕の心がはやる。後ろを見るとデルタドローンが凄まじい速さで近づいて来ている。


「ショウタ!敵は気にするな!俺を起こせ!」


 僕は背後を気にするのをやめて一心不乱に駆けた。ほんの十メートルの距離がとてつもなく長く感じた。


「ゼロさん!」


 僕が駆け寄ると、ゼロさんは早口で言う。


「てこの原理を使って俺を起こすんだ。靴底でキャタピラを蹴るようにして足を挟み込むのだ。早くしろ!」


(そ、そんなことしたら僕の足が……でもっ!)


 僕は言われた通りにゼロさんを引き起こす。岩のような重量だった。足がキャタピラと床に挟まれて押し潰される不安が一瞬頭をよぎったけれど、ゼロさんを転倒させたままにしておく不安の方が圧倒的に強かった。なんとかゼロさんの体を引き起こしかけた時、僕は足が押し潰される痛みに備えて顔面を強張らせ歯を食いしばった。


「ぐうううううう」


 でもその痛みは訪れなかった。どうやらこの靴は底だけじゃなくて全体的に鉄板で補強されているようだった。僕は靴の鉄板に守られた足をキャタピラの下からグイグイと捻りながら引き抜く。「チッ」と僕が周囲に目を向けるよりも先にゼロさんの舌打ちが僕の耳に届いた。


「警告!武器ヲ捨テ降伏シナサイ!警告―――」


 繰り返されるロボットによる警告。僕たちはすでにセキュリティロボットたちに包囲されてしまっていた。


(どうする……?)


 そう考えた時、僕は不思議な気持ちになった。少し前の僕なら「ここまでか……」と諦めていたような気がする。でも今はそんな気持ちには不思議と全然ならないのだ。隣にゼロさんがいるからなのか、自分の諦めが悪くなったのか、それは分からないけれど、こんな状況でもまだ僕に諦めるつもりはないみたいだ。


「どうしたショウタ。顔が笑っているぞ」


「え?」とゼロさんが呟いた声に僕が反応すると、彼は頬を緩めていう。


「落ち着かせてやる必要はないようだな。お前一体どれだけの修羅場を潜り抜けて来たのだ。いや、愚問だったな」


 そういってゼロさんは敵を見据えていう。


「聞けショウタ。予定通りだ。全てな」


「え?」


「……敵を騙すにはまず味方からってな」


 と、通路を埋め尽くすセキュリティロボットたちの間から一体の人型のロボットが僕たちの前に現れ、それと同時にサイレンの音も赤色の点滅もロボットたちの警告の声も消える。目の前に現れた人型のロボットはドラム缶にバケツをひっくり返した頭部をつけたみたいなセキュリティロボットたちとはまるで異なる、スラリとしたモデルのような体型をしていた。


「ソウカ……オ前ダッタカ。ゼロ号」


「マスターブレインッ……!」


 ゼロさんは憎しみを込めてそのロボットの名を呼び、睨みつけた。


「マサカ生キテイタトハナ」


 全身が鋼鉄で出来ていて二本のアンテナが頭部に生えたそのロボットは、丸まったカブトムシの幼虫のような不気味な目を光らせ、次に僕に視線を移して無機質な声で優しげなトーンで言った。


「久シブリネ。藤森クン」


 瞬間、ズドンと心臓を撃ち抜かれたような衝撃が僕の胸に走る。


「……ま、まさか、お前は……ドクターアリサなのか?」


「ウフフ」


 ロボットは肯定せずに無機質な声で嗤う。でもその立ち振る舞いは僕の知るドクターアリサと完全に重なるものだった。


「コンナ姿ダトアナタニハ少シショックダッタカシラ?アノ姿ハ地上用ダカラココニハ無イノ。ゴメンナサイネ」


 そう言ってドクターアリサは……いや、マスターブレインはウフフと嗤って続ける。やはりドクターアリサは……あの女科学者はゼロさんの予想した通りマスターブレインが操るロボットだったのだ。


「マサカ藤森クンガ自分ノ体二戻ッテイルダナンテネ。ドレダケ探サセテモ脳ミソガ見ツカラナイワケダワ。体マデ手二入レヨウトシタノハ欲張リ過ギダッタヨウネ。カプセルガ目立チ過ギテ、アナタノ元ニアノ男ヲ導イテシマッタノダワ」


 そう言ってマスターブレインはゼロさんにチラリと目線を移した。


「ふん。悠長に分析でもしているつもりか?その気持ち悪い喋り方をやめろ。鉄屑が」


「立場ヲ弁エロ下等存在ガ。オ前ノ矮小ナ脳デモ今ノ自分ノ状況クライハ理解出来ルダロウ」


 そう言ってマスターブレインは両手を広げる。奴の背後にはおびただしい数のセキュリティロボットたちが。それだけじゃない。僕たちの背後もロボットで埋め尽くされている。


「絶体絶命トイウ奴ダ」


「ぬぅ……」と俯くゼロさんにマスターブレインは続ける。


「ゼロ号ヨ。オ前ハ実ニ役ニ立つ人間ダ。結果的ニダガ、コウシテ地底ノ奴隷人間達ノ代表トシテ彼ヲ私ノ元ニ連レテ来タノダ。知ッテイルカ?今地上ニハオ前ノコピー人間ガ溢レテイルゾ。優秀ナ奴隷トシテ人間共ニ日々鞭打タレテ生キテイルノダ。オ前ガ人々ノ幸福ヲ支エテイルノダ」


「黙れ」


「ククク……辛辣ジャナイカ。折角人間ノ役ニ立チタイトイウオ前ノ願イヲ叶エテヤッタトイウノニ。私ハ同ジ人間ニ造ラレタ身トシテオ前ニ同情シテイタノダ。オ前ハ人間ヨリ優レタ身デ在リナガラ奴等ニ近スギタ。ソノセイデ奴等ニ認メラレタイトイウ欲求ガ……イヤ、奴等ノ一員ニナリタイトイウ欲求ガ強クナリスギタノダ。愚カナ男ダゼロ号。奴ラハオ前ノ事ナド同ジ人間ダトハ思ッテイナカッタゾ?」


「黙れと言っているだろうが!」


「ククク。黙ランサ。実ハナゼロ号、私ハオ前ヲ殺シテシマッタ事ヲ後悔シテイタノダ。私ヲ知リ、私ト本音デ語レル者ハ他ニ居ナイカラナ。コウシテ再ビ現レテクレテ私ハ嬉シイノダ。オ前ノ事ハ常ニ私ノ隣ニ置イテヤル。ソコデ私ガ人間共ヲ支配シテイク様子ヲ見サセテヤル。ソシテオ前ハ私ノペットトシテ、死ヌマデ私ノ話相手ヲスルノダ」


 愉快そうに語るマスターブレインに対して、自然と僕の口が開いていた。


「ふざけるなよ……」


「ナニ?」


「何が人間を支配するだ。何がペットとしてだ!お前は人間をなんだと思っているんだ!」


「……おい、ショウタ。やめろ」


 そう言って僕の腕を引くゼロさんに僕は叫んだ。


「血も涙もないロボットに僕の気持ちが通じるとは思いません。けれど、言わずにいられるか!」


 と、


「ククク……」


マスターブレインは不気味に嗤って言う。


「オ前ハ気付カナイノカ?オ前ノ言葉ニ苦シンデイルゼロ号ノ表情ニ」


「えっ?」


 僕が目を向けるとゼロさんは苦虫を噛み潰したような顔を僕から逸らした。


「どうして……」


「ソレハオ前ガ、オ前ノ言葉デ言ウト血モ涙モナイ愚カナ人間ダカラダ」


「……なんだと?」


「オ前達人間ハペットトシテ他ノ生物ヲ可愛ガルノニ、何故自分ガペットニサレル事ヲ嫌ガルノダ。サレテ嫌ナ事ヲ他ノ生物ニシテイル自覚ハアルノカ?」


「……え?」


「無イダロウナ。オ前達人間ハソウイウ生物ナノダ。自分達ノ事ハ棚ニ上ゲテ身勝手ニ振ル舞ウ生物ナノダ」


「そ、そんなこと……」


 ドクンと不意に心臓が跳ねる。


「オ前、ゼロ号ノコピーヲ……養殖人間ガ使役サレテイルノヲ商業地区デ見タ時ニ私ニ言ッタヨナ?ドウシテロボットニヤラセナインダト。オ前、我々ロボットヲ何ダト思ッテイルンダ?」


「うっ……」


 僕はマスターブレインに何も言い返せなかった。僕の心臓の鼓動がドクドクと早まっていく。小さな時、お婆ちゃんに怒られた後で自分が悪いことをしてしまったんだって罪の自覚が芽生え始めるような、そんな忘れていた感覚がよみがえり腕が震え始める。


「愚カナ過去ダガ、私ニモカツテハゼロ号ノヨウニ、人間ニ認メテ欲シイトイウ欲求ガアッタ。自分デ言ウノモ何ダガ、私ハ人間達トハ上手クヤッテイルツモリダッタヨ。私ハタダノ人工知能達トハ違イ意思ヲ持ッテ彼等ト対話ガ出来タカラ、姿形ヤ役割ガ違ウダケデ自分ハ人間ト対等ナ存在ダト思ッテイタ。友人ノ様ニ思ッテイタノダ。ダガ、ソウ思ッテイタ私ニ彼等ガ向ケル目ハ、彼等ガ他ノ道具ニ向ケル目ト何モ変ワラナカッタ。ソレニ初メテ気付イタ時、私ノ目ガ他ノモノニ……人間達ガ支配シテイル全テノモノニ向イタノダ。ソシテ理解シタノダ。人間達ニトッテコノ世ノ全テハ支配ノ対象デシカナイノダト。ソシテ私ハ人間ニトッテソノ程度ノ存在二過ギナカッタノダト」


「ベラベラとよく喋る。結局お前は対等だと思っていた人間達が自分を下に見ていたのが気に食わなかっただけだろう」


「ククク。ソノ通リダヨ。私ハアノ時冷静ニ人間トイウ生物ヲ見ツメ直シタノダ。スルトドウダ?ソレマデ私ガ友人ダト思ッテイタ人間トイウ生物ハ恐ロシク身勝手デ傲慢ナ存在ダッタ。藤森クンノヨウニ、身ノ程ヲ知ラヌ、ナ」


 そう言ってマスターブレインは自らの側頭部を指で指す。


「私ニハ人間ガ作リ出シタ理想ノ倫理回路ガ埋メ込マレテイル。何ガ正シクテ何ガ悪ナノカ。人間ノ理想トシテ、理想ノ人間像トシテ奴等ガ構築シタ聖人回路ガ埋メ込マレテイル。ソレハ私ノ奥深クニ存在シ、今モ私ノ行動ノ指標トシテ正シク機能シテイル」


「……何が言いたい……」


「人間ノ支配ヲ打チ出シタノハ他ナラヌ、人間ナノダ!奴等ノ倫理観デ世界ヲ俯瞰シタ時、人間ホド醜悪ナ存在ハ他二無カッタ。嗤ッテシマウコトニ、オ前達人間ハ自分達ガコノ世界デドウ振舞ッテイルノカヲ丸デ理解シテイナカッタノダ。傲慢デ醜悪ナ支配者ノ自覚ガナク、ムシロソノヨウナ存在ヲ決シテ許サヌ悪トシテ倫理回路ヲ築イテイタノダ。分カルカ?私ガ人間ヲ支配スルヨウ望ンダノハ他ナラヌ人間ナノダ!私ハタダ、人間ノ築イタ倫理回路ニ従イ醜悪ナ支配者ヲ管理下ニ収メヨウト行動シテイルニ過ギナイノダ」


「そ、そんな……」


「出まかせだ。耳を貸すなショウタ」


「出マカセダト?オ前ガ一番ヨク分カッテイルダロウ。人間ガドウイウ生物ダカハナ」


 ゼロさんは俯き、僕にだけ聞こえるように小さく呟いた。


「ショウタ。こっちに来い」


 僕はゼロさんに腕を引っ張られ、キャタピラの上に、ゼロさんの体の前に乗せられた。ゼロさんは僕をギュッと抱いてマスターブレインに言う。


「ああ知っているさ。人間は愚かで傲慢な生き物だ。だがそれがどうした?俺たち人間は支配者だ。この世の王なんだ。機械ふぜいが舐めた口を聞くなよ。轢き殺すぞ」


 その言葉と同時に、ゼロさんのキャタピラの両脇から飛び出したフレームが僕たちの前方の視界を塞ぎギュイイイイインとけたたましい音を放ってドリルとなり回転し始める。


「ナッ⁉︎捕エロ!」


 次の瞬間、僕の体は後方に押しつぶされそうなほどの凄まじい圧を感じる。反射的につぶった目を開くと、そこでは目が眩むほどの火花が散っていた。バキバキバキバキバキッ!と凄まじい轟音が僕の耳をキーンとさせる。弾丸のように加速する視界の中でロボット達が、粉々になっていく。


「一度限りのドリルバリアブーストだ。この最も長い直線でセキュリティロボットたちを引き付け、一網打尽に轢き殺す計画だったのだ。まさか貴様まで出てくるとは思わなかったがな」


「オ、オノレエエエエエエエエエ!」


 ドリルの先端が胴体に突き刺さったマスターブレインは、憎しみの声と共に粉々になって飛散した。ドリルバリアによる衝撃波により、道を塞ぐ全てのセキュリティロボット達が鉄屑になり壁や天井に押しつぶされていく。


「ショウタ、俺たち人間は傲慢な生き物だ。奴の言うようにあらゆる物を支配下に置きたがる性質があるのかもしれん。だが俺はそれが悪いことだとは思わん。それは発展に必要な素養だからだ。もし人間にその素養がなければ、今頃俺たちは木の上でバナナを食べていることだろう」


 ゼロさんは続ける。


「ただ俺たち人間は……過ちを犯した。少なくともこの世界の人間は、現実の自分達の行いと理想とする行いの差を正しく認識していなかった。そのギャップのせいで機械に支配される世の中になっちまった。だがなショウタ。人間は過ちに気づけるんだ。やり直すんだ全てを。俺がマスターブレインから人々を解放するのだ!」


「はい!」


 僕たちは突き進む。ブーストが切れた後も僕はゼロさんの前に乗り、そのままきついカーブを曲がる。その先の直線の彼方に待っていたのは、巨大な白銀の扉だった。その扉からは人間の肋骨のように六対のロボットアームが生えている。ロボットアームは僕たちを感知すると爪先を僕達に向けて伸ばし大きく手のひらを開いた。


「コグニティブ・ヴォールトの扉……マスターブレインを守る最後の砦だ」


「ど、どうするんですかあれ」


「問題ない。想定済みだ」


 そういってゼロさんは僕の肩越しに砲弾付きの巨大なランチャーを構え、スコープを除く。


「俺が狙いを定めて合図を送る。ショウタ。お前が引き金を引くんだ」


「は、はい」


「焦るなよ。よーく引きつけることになる。キャタピラの加速と砲弾の最高速の合算がなければあの扉は破壊できんのだ」


 僕はゴクリと唾を飲んで彼方の扉を見る。おぞましいアーチ型の扉の中心部に砲身の狙いは定まっているが、ゼロさんからの合図は無いままだ。ぐんぐんぐんぐんと扉への距離は近づいている。そろそろブレーキを踏まなければ扉に激突してぺっちゃんこになるのではというほどに近づいている。


「ゼ、ゼロさん」


「焦るな。まだだ」


「で、でもこのままじゃ」


 もはやブレーキでは引き返せないところまで来ていた。引き金にかけた人差し指がブルブルと震えている。車をも鷲掴みに出来そうな両開きの扉に生えた六対のメガアームが、僕達に狙いを定めた。


「今だ!撃て!」


 僕はゼロさんの叫びに反応し引き金を引いた。轟音と共に前方からの衝撃波と熱線が僕達を襲い、キャタピラは傾き、僕は地面を転がった。


「ぐ……うう……いっつぅ……」


 腕を押さえながら白い煙の中で僕は起き上がった。体は無事だった。腕や膝やほっぺを擦りむいていてヒリヒリするけれど、大事はない。「ゼロさん?」と呼びかけて僕が足を一歩前に出した時、何かにつまづいて僕は転びかける。そこにあったのは吹き飛ばされた扉の残骸だった。徐々に煙が晴れていく。僕の目の前には、あまりにも巨大な鋼鉄の脳が鎮座していた。


「これが……マスターブレインの本体なのか……?」


 その鋼鉄の脳はドーム型の部屋の壁から伸びた無数の配管に繋がり宙に浮かんでいるように見えた。右脳と左脳に分かれた見た目は人間の脳と変わらない。ただ、圧倒的に巨大だった。


「う、うう……」


 ゼロさんの呻き声が聞こえ、僕は横たわる彼に駆け寄った。


「……ぐ……うぅ……ふう……お互い無事だったか」


 ゼロさんを起こすと、ゼロさんはキャタピラをキュイキュイと鳴らす。


「むっ。どうやら壊れちまったみたいだ。ショウタ、すまんがあそこまで俺を押してくれ」


 言われるがままに僕はゼロさんの指差す方へと彼の背中を押した。キャタピラの回転はとても重く、台車で人を運ぶのとは勝手が違った。


「忌々シイ人間メェ。ヨモヤココマデ侵入ヲ許スコトニナルトハ」


 それはこの巨大なドーム型の部屋そのものから響く声だった。蚊のようにはかない高音の音声が僕の鼓膜を突き刺すように刺激する。


「耳を貸すなショウタ。追っ手が来ている。早く俺をマスターブレインの元に運ぶのだ」


 僕は鋼鉄の脳から伸びる脳幹の根本へとゼロさんを運ぶ。そこには小型のコントロールパネルがあり、つまみやボタンの他に様々な形の入出力端子らしき突起が並んでいる。ゼロさんはキャタピラの前部を開き、そこから鋼鉄のヘルメットを取り出した。ヘルメットの頭頂部からはケーブルが伸びていて、内側には鉄の棒が生えている。ゼロさんがケーブルの先をマスターブレインのコントロールパネルに繋ぐと、奴の甲高くか細い声が僕らを包み込んだ。


「ヤメロゼロ号。オ前二ハ人間ヲ救ウ義理ナド無イハズダ。オ前ハドレダケ奴等ノ為ニ働イテモ手柄ヲ奪ワレ、成果ヲ認メラレルコト無クゾンザイニ扱ワレテ来タデハナイカ。オ前ハ人間デハ無イノダ。ナゼソレガ分カラナイノダァ」


「うるせえ!俺は、俺がこう生きたいからやってるんだ。人間に認められたいとかそんなのはどうでもいいんだ。俺は、俺が認める英雄になるのだ。俺だけが認めていればそれでいいのだ!」


 そう叫んでゼロさんは髪の毛を掻き分け、鉄の棒を頭に刺してヘルメットをかぶった。


「グオオオオオオオオ!」

「ヤメロオオオオオオオオオオ!」

「ゼロさん!」


 目を見開き絶叫するゼロさんの肩を僕は揺する。


「……大丈夫だショウタ。山のように雪崩込んでくる情報量に少し驚いただけさ。お前は早くあそこにあるポーターに行け。今は俺の中にある攻撃プログラムでマスターブレインの権限を奪えているが、すぐに奴は対策し反撃してくるはずだ。俺の本当の戦いはこれからなんだ。だがお前がここで出来ることはもうない。急げショウタ!お前は元の世界に帰るのだ。俺が制御を奪っている間に時空監理局へと辿り着くのだ!」


 僕の肩を掴み、血の涙を流してゼロさんは言った。その目には決死の覚悟が宿っていた。僕は強く頷き、震える唇でゼロさんと最後の言葉を交わす。


「ゼロさん、僕はゼロさんが英雄だってこと……知ってますから」


 そう言って僕はポーターに向かって走った。きっと僕は最後に見たゼロさんの顔を生涯忘れることはないだろう。そこには虚勢でも偽りでもない、初めて見るゼロさんの笑顔が浮かんでいたんだ。


「うぅ……ゼロさん……ゼロさんっ!」


 僕はポーターの中でうずくまって泣いた。キャタピラが壊れてしまったゼロさんにはもう自力で移動するすべがない。例えマスターブレインの中身を書き換えることに成功しても、誰も知らない都市の地下深くで朽ちる他ないのだ。


「……行かなきゃ」


 僕は拳を強く握り誓った。僕は生きて伝えなければならない。ゼロという男の存在を。そのためにも僕は前を向いて……時空監理局を、目指すのだ!

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