第四章『地上都市』編
タワーハウスが群生する居住地区をサイドカーで走り抜けていると、なんだか地面に刺さった巨大な画鋲の隙間を歩いている蟻の気持ちになってきた。言うなれば小人になった気分だ。タワーハウスくらいの高さのビルなんて僕の時代にもいくらでもあったけど、こうなんていうか、キノコみたいな頭上を塞ぐ形をした大きな建物に僕は慣れていない。僕の時代のビルや塔は真っすぐ空に伸びているか先端に行くにつれて細くなっているかのどちらかしかなかったからだ。
昼間のネオトーキョーシティーは夜とは違って生活感に溢れていた。ジョギングをする人、犬を連れて散歩する人、ベンチで本を読む人、黄色い光に乗ってタワーハウスから出てくる人や吸い込まれていく人、区域全体が公園のように見通しがいいのでいろんな人の姿が見えた。
「あれってなんですか?」
居住地区の上空に存在する巨大で透明な一対のトンネル。中では車やバイクが凄まじい速度で移動している。
「あれは環状高速道よ。都市のまん中あたりの上空をぐるりと一周しているわ」
「へぇー」
僕が体を伸ばして走って来た道を振り返ると、遠くには都市を取り囲む青い壁がある。どうやら今僕たちはあの青い壁と都市の中心部とのちょうど真ん中くらいの位置を移動しているらしい。
「高速道では運転が磁重力走法の自動運転に切り替わるの。例えるならあのトンネルの中は流れるプールになっていて、このバイクは浮き輪ってところかしら」
「ふむふむ」
分かったような分からないような。ようは高速道に入るとバイクの動力ではなくて高速道側からの力で移動するシステムに切り変わるってことだと思うけど。
「高速道は悪の組織に見張られているって話でしたよね」
「ええ。高速道は下の道を走るより速度が三倍近く出るから便利なんだけれど、一本道だからヒト認証メカが仕込まれてたら藤森くんの居場所がバレてしまうのよ」
「ヒト認証メカ……ですか。ヘルメットを被っていてもバレるんですか?」
「ええ。顔で認証するわけじゃないの。ゲノムで認証するのよ。時空監理局員のふりをして藤森くんをさらおうとした男がいたでしょう?あの男は間違いなく出会い頭に藤森くんから認証用のデータを取っていたはずよ」
「え……そんな……」
ゲノムって確か遺伝子情報だったはず。それが僕の知らない間に採取されていたっていうこと……?
「……どうして僕はそんなに狙われているんですか?」
「それはあなたが世にも珍しい漂流者だからよ。前もいったけれど、別の時空から来たあなたには計り知れないほどの価値があるの」
「……ホシノさんは僕がこの時空に長くいるとタイムパラドックスで時空が崩壊して最悪の場合宇宙が滅ぶって言ってました。だから僕を元の時代に帰すって」
「大袈裟な男ね。漂流者の一人くらいで宇宙が崩壊していたらとっくにこの世はなくなっているわよ。あの男はそうやってあなたを脅かして連れ去る算段だったのね」
「そんな……」
真っ直ぐに伸びる道をひたすら進み、タワーハウスが整然と立ち並んだ居住地区が終わりに差し掛かると、タワーハウスと同じくらいの高さの青い壁とトンネルがあった。長いトンネルの中はオレンジ色の明かりで満たされていて、真っ直ぐなトンネルを抜けるとそれまでとはうって変わって喧騒な街並みが姿を見せる。
「ここから商業地区よ」
「うわあ」
乱立するビルは遠くに見える都市の中心に向かって指数関数的に高さを増して聳え立っていた。それらビルの間をウォータースライダーのようにグルグルとめぐる透明なトンネル。僕の時代にあった首都高速道路みたいなものだろうか。その中を物凄いスピードでタイヤのない車やバイクが飛び交っている。
僕の時代のようにコンクリートで出来たビルはなく、青白い金属のような壁面をしたビルがほとんどだった。ビルとビルの隙間は悠々とした距離があって路地というものがなく、いやに見通しがいい都会の街並みは僕に文化の違いを感じさせた。
動く歩道を人々が行き交い、空中にもホログラムの車線がある道路を車が立体的にかつ整然と飛び交っている。サラリーマンの仕事服はこの時代も同じようで、スーツ姿の大人が沢山歩いていた。アリサさんが仕事は趣味だと言っていたからこの時代では働いている人は稀なのかなと思ったけれどそんなことはない。僕の時代と同じくらい沢山の人が職についているように見えた。もしかしたら普段着がスーツなだけかもしれないけれど。
「ここから環状道路で研究地区方面に向かうわ。悪いけど寄り道は出来ないから、街は眺めるだけで我慢してね」
僕は「はい」と返事をしてサイドカーの中からキョロキョロと街を見渡した。なんだか街全体がスッキリしていると思っていたけど、それは建物同士の間隔が広いだけじゃなくて、看板が少ないからだと僕は気づいた。街にあるレストランやアパレルショップ、カフェなどの店自体に看板はあっても、僕の時代の繁華街を埋め尽くしていた建物から頭上に飛び出しているような看板や、店と関係のない広告の看板もないし、ベタベタと貼られたポスターもない。とてもさっぱりとしていて、見ようによっては情報量が少なく殺風景な街並みにも見える。
そして僕が一番違和感を持ったのは、街を行き交う人々が誰もスマホを持っていないことだった。僕の時代では俯いてスマホを覗いて歩いている人がどの方向に目を向けてもいたけれど、この時代には一人もいない。一人もだ。アリサさんはインターネットを知らなかったけれど、この時代では携帯型の情報端末は存在しないのだろうか。もしかしたらこの時代では禁止されているのだろうか。僕はアリサさんが地下で使っていたゲームボーイみたいな機械を思い出した。もしかしてこの時代ではスマホのような小型機器はロストテクノロジーになっているのかな?いや、でも車が空を飛び交う時代にそんなことはないだろう。そもそも二足歩行のロボットがそこら中にいる時代だ。そんなことを考えた瞬間、思った。
(あれ、そういえばこの街にはロボットがいないぞ)
そう、商業地区のどこを見渡してもロボットがいないのだ。
(居住地区では掃除ロボットが徘徊していたし、地下にはあんなに沢山いたのに)
そして、ロボットの代わりと言ってはなんだけど、僕はあまり気にしないようにしようと思ったけれど、それは無理なので僕の乗るサイドカーの隣でバイクを運転中のアリサさんに尋ねた。
「あの、なんだかさっきから同じ顔をした男の人をよく見る気がするんですけど……」
茶色がかった髪を七三分けにした中性的な顔立ちの男性が、街の中にちょこちょこといるのだ。歳は二十歳前後だろうか。最初は見間違いかと思ったけれど、その同じ顔の男性はあまりにも目につきすぎていて、とても見間違いだとは思えない。全員が僕が今着ている服と同じような無料っぽい簡素な服を着ていて、その多くが荷物を抱えて歩いている。アリサさんは答えた。
「あれは養殖人間よ」
「よ、養殖人間⁉︎」
その響きに僕はギョッとした。まさに僕が彼らを見て感じた通りのネーミングだったからだ。
「ええ。同じ遺伝子から作られたヒト型の召使いよ。彼等はフラスコの中で急速成長させられて、荷物持ちだったり街の案内役だったりと人間が出来ることを何でも一通りこなせるように脳にインプットされて街に配備されているの」
「え……ちょ、ちょっと待って下さい。そんなのロボットにやらせれば良いじゃないですか。どうしてわざわざ人間に……」
と、
「ロボットは便利だけれど、機構上いろんな作業をさせるには不向きなのよ。料理なら料理、掃除なら掃除と専業させるのが効率的で、なんでも出来る万能ロボットはあまり実用的じゃないの。だから彼等はその代わりに生み出されたの。彼等は掃除も料理も出来るしお使いだって頼めるわ。専門的な部分ではロボットには敵わないけれど、応用が効いて凄く便利な存在なのよ。お金を払えば個人的に所有だって出来るわ」
アリサさんがさも当然のように繰り出した説明に、僕は思った。
(そんなの……奴隷じゃないか……)
僕はまた口を滑らせてはいけないと、思い浮かべた言葉を即座にゴクリと飲み込んだ。よく見ると、この街で荷物を持っているのは養殖人間だけだ。悠々と手ぶらで歩く人々に付き従い、養殖人間だけが荷物を抱えて歩いている。よくよく見てみると、養殖人間たちが着ているのは同じような服ではなく、同じ服だ。上下共にベージュの、景色に溶け込むような同じ服だ。
「少し小腹がすいたわね。あそこにアイスクリーム屋があるから、ちょっと買ってくるわね。バニラでいい?」
「あ、はい」
アリサさんは路肩にバイクを停めて歩道に面したアイスクリーム屋のカウンターに歩いていく。なんだか、喉がカラカラになっていたところだったからちょうどよかった。
時代が変われば文化も変わる。常識も思想も、倫理観も。それは理解できるけれど、未来の日本人が人間を養殖して奴隷のように扱っているだなんて、知りたくはなかった。
「はい、お待たせ」
アリサさんが買ってきたのは、透明なプラスチックカップに入ったバニラアイスだ。ソフトクリームみたいに真ん中がチョンと尖っている様子が見るからにふわふわで美味しそう。そんな感想を抱いていると、
「この役立たずが!」
道路の向こうから叫び声が聞こえた。向かいの歩道に目を向けると老人が養殖人間に対して怒りの形相を向けている。
「孫に買ったケーキを落としよって、どうしてくれるんだ!」
老人は鞭を取り出して養殖人間を叩き始める。その様子を見てアリサさんがぼそりと呟いた。
「……可哀想なこと」
養殖人間はきっと仕える人間を選べないのだろう。酷い主人に仕えることになると、奴隷どころかあんな家畜のような扱われ方をしてしまうのだ。僕はアリサさんに同意して頷く。
「ほんとだよ。ていうか、なんで鞭で叩くのを誰も止めないんだ」
向かいの歩道では誰も老人を止めたりなだめたりはしていなかった。養殖人間は今も後頭部を両手で押さえ、亀のように丸まって背中を鞭で打たれている。と、
「え?何をいっているの?可哀想なのはせっかく買ったケーキをダメにされたご老人の方でしょう?」
「え?」
「同じ遺伝子とはいえ養殖人間にも当たりハズレがあるのよね。可哀想に、ご老人はきっとハズレをつかんだんだわ」
「この馬鹿者め。貴様など廃棄処分だ!」
誰もそれを咎める人間はいなかった。それどころか、道ゆく人全てが老人に同情しているみたいだった。時代が変われば考え方も変わるなんて、そんなことは歴史の授業で習っている。習ってはいるけれど、僕は漠然と「良い」ように変わっていくものだと思っていた。僕の時代では昔と比較すると戦争なんて滅多に起きないし、身分の高い人が低い人を不当に殺したりなんてことも許されないし、奴隷制度だって世界的に廃止されている。時が流れるに連れて平和で平等な社会に近づいていっているんだと思っていた。
でも、目の当たりにした百年後の日本は、そういう社会になっていなかった。養殖人間なんていう奴隷を生み出して使役するおぞましい世の中になってしまっていた。いやもしかしたら、その「良い」とか「おぞましい」という僕が持つ感覚が二〇二四年のものなのかもしれない。二一二四年の人たちからすれば社会はずっと「良い」方に向かっているのかもしれない。
「あのトンネルの先が研究地区よ」
道の先には青い壁とトンネルが見える。あのトンネルを抜ければ時空監理局がある。そこまで無事に辿り着けば僕は元の時代に帰れる。だけど……
(はあ……)
僕は養殖人間の存在と、それに鞭打つ人間、そしてそれを咎めようともしない街の人々を見たショックで気が滅入っていた。もっとはっきりと言ってしまえば、隣でバイクを運転するアリサさんにも僅かながら嫌悪感を抱いてしまった。アリサさんは僕のために頑張ってくれているのに。
(アリサさんの考え方がこの時代では普通なだけなのに)
それだけのことなんだって頭では理解出来ても、納得が出来ない。きっと僕がこの時代に生まれていたら養殖人間を顎で使っているのだろう。僕のお父さんもお母さんも、養殖人間が何か失敗をしたら鞭で叩いたりするのだろう。学校の先生だって、教材を養殖人間に持たせて偉そうに教壇に上がり道徳を語るのだろう。
「どうしたの?元気がないようだけど。気分が悪いなら一度止まって休憩をしましょうか?」
「あ、いや、大丈夫です」
「そう?体調が悪かったら無理せずに言ってね」
「はい」
(はあ……)
嫌になる。アリサさんはこんなにも優しいのに、ただ根っこにある常識というか、倫理観というか、それが違うだけなのに僕はアリサさんに不信感を抱いている。ただちょっと、養殖人間に対する感じ方が違うだけなのに。
ふと思うんだ。僕は肉を食べるのは残酷とかいって肉フェスで嫌がらせをしているヴィーガンの人たちとか、クジラは頭がいいからとかいって威圧的な捕鯨の反対活動をしている人たちのことを全く理解できなかったし理解しようとも思わなかった。考え方が色々あるのはわかるけど他人に押し付けるなよって呆れてすらいた。でも、今の僕の気持ちはそういう人たちと同じなのかもしれない。使役される養殖人間を見て、僕は可哀想だって思った。養殖人間の扱いを見て酷いと思った。可能なら止めたいと思った。同じ人間なのにって。
(でも、それって……)
僕は目を閉じて考えた。反捕鯨に対してよく言われるのはクジラはダメでも牛はいいのか?だ。どこで線を引くんだ?と。牛は可哀想じゃないのか?と。僕もその意見は最もだと思っていた。どこで線を引くかなんて動物を選別しようとする傲慢な人間の考えでしかない。そんな線は引きようがない。
(でも……だけど……)
人間と他の動物の間には明確な線が存在している。これは僕の時代では不文律だ。「どこで線を引くんだ」と声高にいう人でも人間と動物の間に明確な線を引いている。それは全然おかしな話じゃなくて、二〇二四年では常識的な考えだ。何でも食べると言う人でも人間を食べたりはしない。
でも、僕は思った。時代が流れ社会が成熟したら、そんな線まで失われるんじゃないのかって。人間と動物の境界がなくなって、全ての生命が平等に扱われる世界。そんなものがもし訪れたら……
(養殖人間を可哀想だなんて、思わなくなるんじゃないだろうか……)
やっぱり世界は「良い」方向に向かっているのかもしれない。全ての生命が平等に扱われる世界……それが、「良い」のであれば。
ああ、頭がグルグル回る。僕はもう漠然とした「良い」の意味ですらわからなくなってしまっていた。ただわかるのは、僕が目にしているのは、やがて訪れる未来の姿だということだ。
研究地区に向かうトンネルの中は真っ赤な明かりに満たされていて、車道も歩道も誰もいなくて、なんだか僕の不安な気持ちを増幅させた。僕の時代では赤は止まれだ。その他にも立ち入り禁止だったり、警告を示したりするときにもよく使われる。
僕はなんだか、「止まれ」とか「引き返せ」だとか告げられている気分になった。この先に進んだら大変なことになるんじゃないかっていう漠然とした不安が僕の中に生まれつつあった。それは、もしかしたらこの時代の人たちは僕のことを養殖人間を見るような目で見ているのではないか?という不安から来るものだった。
「なんだか、赤いトンネルって不気味ですね」
僕は不安を紛らわそうとアリサさんに声をかけた。
「お化けでも出そう?」
「お化け?いや、そういう怖さは全くないですけど」
赤いトンネルなんて僕の時代ならいかにもお化けが出そうな場所に感じるだろうけど、こんな未来の都市で心霊的な恐怖なんて発想すらなかった。そもそもトンネル自体がくすんだコンクリートなんかじゃなくピカピカの金属製で綺麗だし。
そういうのじゃなくてこう、もっと直接的な恐さだ。赤っていう色が放つ警告に逆らっている恐怖だ。
(……そうか。僕はこのトンネルがどうして赤いのかを知らないからこわいんだ)
「どうしてこのトンネルは赤いんですか?前に通ったトンネルはオレンジ色でしたけど」
「さあ。おそらくは人よけじゃないかしら。研究地区ではそこら中で実験が行われているから、子供が入り込まないように」
アリサさんは少し考えながらいった。
「どうして赤いトンネルだと人よけになるんですか?」
「え……?うーん、専門外だから理屈はわからないけれど、なんだか不気味だからじゃないかしら?子供は怖くて近寄りにくいと思うわ。そうは思わない?」
「……お、思います!」
アリサさんもこの赤いトンネルに僕と同じような不気味さを感じている。それを知って僕は少し心が落ち着いた。何だか全然思考回路の違う別の生き物みたいに感じつつあったアリサさんがやっぱり自分と同じ人間なんだって思えて、少しだけほっとしたのだ。
「そろそろね」
アリサさんはトンネルの中で突然バイクを止める。
「どうしたんですか?」
「時空監理局の周辺は見張られている可能性があるから、裏道を使うわ。そのまま乗っていて」
そういってアリサさんはバイクから降りてトンネルの壁を探り出す。するとトンネルの壁の一部が忍者屋敷の板のようにクルンと回転してボタンのついたパネルが出現する。アリサさんが辺りをキョロキョロと見てパネルを操作するとトンネルの壁がプシューと音を立てて奥に動き、左右にスライドして幅三メートルほどの脇道が出現する。
アリサさんは駆け足でバイクにまたがりエンジンを吹かしてサイドカーに乗る僕と脇道に進む。そして脇道に入るや否やそこにあるパネルを操作してトンネルの壁を閉ざした。トンネル内の赤い光が遮断され、サイドカーの黄色いライトが真っ暗闇の道の先を示し、首を曲げたバイクのフロントライトが壁に反射して僕たちの周囲を眩しく照らす。
「ふう。ここまで来ればもう安心だわ。この道の先は時空監理局に直接繋がっているの」
アリサさんはヘルメットを脱いで清々しそうにいった。
「僕は元の時代に帰れるってことですか?」
「ええそうよ」
アリサさんはニコッと笑顔で肯定する。
(……ああ、僕は助かるんだ)
僕は一刻も早くこの時代から離れたかった。この時代は僕には合っていない。ほんの数日過ごしただけだけど、それは嫌というほど分かった。僕は異物なんだ。姿形は同じ人間でも僕と未来人とでは中身が全然違う。考え方が違う。感じ方が違う。刷り込まれた常識が違う。僕が居るべき場所はここじゃない。
「さあ進みましょう」
僕たちは暗く狭い通路のような道を進む。低速なせいか、道が狭いせいか、アリサさんが乗るバイクからも僕が乗るサイドカーからも車輪が出ていて、風の力ではなく車輪の回転で僕たちは狭い道を進んでいく。道は最初真っ直ぐな下り坂になっていて、その後は右に進んだり左に進んだりとグネグネとした道が続く。ただ、右に進んだら左、左に進んだら右にと、ある一定の方向に向かって進んでいるのは低速のサイドカーに揺られているうちに僕にも理解できた。
「今日中には元の時代に帰れるんですか?」
「さあ。どうかしらね。藤森くんはそんなに早く帰りたいの?」
「はい。家族も心配しているでしょうし」
「ウフフ。それなら心配はいらないわ。藤森くんが元いた時空からいなくなった時点に送り返すことになるはずだから」
「どういうことですか?」
「向こうの時間は君がこっちに来た時から全く進んでいないってことよ。さあ、終点よ」
グネグネした一本道の果てには赤いランプが点灯している。近くまで進むとどこかで見たことがある両開きの金属製のドアがあった。
(ああ、エレベーターだ)
都市の外の森の中で見たのと全く同じドアだと僕は思い出した。僕はこれと同じエレベーターから未来の東京の街の中に入ったんだ。
僕たちは乗り物を降りてドアに近づく。アリサさんはカードキーを出し、ドアの横の認証装置に通した。するとドアの赤いランプが緑に変わり、キンコーンと音が鳴りドアがスライドして開く。ドアの奥に進むと、そこはやはりエレベーターになっていた。
「この先が時空監理局よ」
浮上するGを感じながら、僕は少しドキドキした。時空監理局ってどんな建物なんだろう。時空を管理している施設なわけだから、壮大な建物なんじゃないだろうか。中は役所みたいな感じだろうか。それとも研究地区だし研究所の色が濃いのかな。って、このエレベーターは時空監理局の内部に通じているんだろうから、だとしたら外観は見れない可能性が高いんじゃないだろうか。折角だし一度外に出て時空監理局を外から見せてもらうのはありかな。
僕はもうすぐ帰れるんだって安心感で、少しだけ未来の世界に名残惜しさを感じ始めていた。
(こんな貴重な体験、二度とないし)
そんなことを考えていると浮上するエレベーターが止まる。しかしドアは開かず、アリサさんはポーチから金属の短い突起がついたライターぐらいの長方形の箱を出す。アリサさんがその黒い小箱の先についた金属部分を指でつまんで引っ張ると、金属の突起は棒のように長々と伸びる。そしてアリサさんは黒い箱を口に当てて喋り始めた。
「ついたわよ。今大丈夫かしら」
すると少し遅れて箱の中から低くしゃがれた男の声が聞こえてくる。
「問題ありゃあせんぜ。迎えに行きまっさあ」
「そう。ウフフ。よろしくね」
そういってアリサさんは手のひらの付け根で金属の棒の先端を押すと、するすると棒は縮みコンパクトな形状に戻る。なんだか僕は嫌な予感がした。知らない男の人の粗暴な声がいやに耳にまとわりついた。アリサさんがパネルを操作すると、周囲にウィイイイイイインと機械音が響きエレベーターがゆっくりとゆっくりと浮上する。すぐにエレベーターは止まり、
「ウフフ。時空監理局へようこそ、藤森くん」
そういってアリサさんはパネルを操作してエレベーターのドアを開いた。ドアの隙間から、明るい光が差し込んで来た。
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