麦わら帽子

 麦わら帽子を先輩に渡したら、お気に召したらしく夏休みに出かける度に被るようになってしまった。正直、よく似合ってるので良いのだけれども、先輩が気にいるとそれに関連した事件が起きやすい事を忘れていた。

 ちょっとお金を下ろしてくる、と言った先輩が銀行に行くので着いていった。そこまでは良かったのだ。問題は、銀行強盗に巻き込まれた事だった。麦わら帽子を被っていた先輩はそりゃあ、もう銀行の中で目立っていたので人質になってしまったのである。せめて麦わら帽子を脱がせておけば良かったかと後悔しても、もう遅い。

 銃を突きつけられた先輩は、興味深げにそれを眺めている。人質として泣き喚くのも犯人的には迷惑だろうが、怖がられないのもやりにくそうだ。俺はひやひやとしながら、先輩を見ていた。落ち着きなく、指先を動かしながら見ていた銃から目を離し、辺りを見渡した先輩はにこりと笑う。この場で一番死ぬ可能性が高い人間だとは思えない笑みだった。俺の周りにいる人たちが、こんな状況だというのに先輩に目を奪われているのが分かる。そして、それは犯人も同じだった。

 先輩の笑顔に俺は小さく頷いてやる。仕方ない。腹をくくるしかない。俺が頷いた途端、先輩は自分に銃を向けている男の顎を思い切り掌底で攻撃する。俺も走って、近くの銃を持った男の側頭部を狙って殴った。銀行強盗はあと二人いる。しかし、奥の方で金を回収しに行っているので時間の余裕があった。先輩が銃を回収しているのを視界の端に捉えながら、俺も銃を男から取り上げる。

「よくやったね、後輩くん!」

 麦わら帽子の位置を調整した先輩が、近付いてくる。

「危ないから救助を待ちましょうって言いましたよね?」

「でも、この方が早いだろ?」

 危険が無くなったので、銀行員が通報を行なっている。確かにあのままだと夕方までかかりそうだったし、先輩も丁度良い人質として拐われていた可能性はあった。

「だからといって、危険をおかすのはやめてください。いつバレるかとヒヤヒヤしました」

「えー、だってさあ……君以外にモールス信号伝わってなさそうだったし。君だって、僕にモールス信号で文句言ってきたじゃないか」

「そりゃ、この銃は偽物だからこいつらを気絶させようって言われたら文句の一つや二つ出てきますよ」

 先輩のおかげなのか、先輩のせいなのか、荒事にすっかり慣れてしまった俺だが、銃を持ってる人間を気絶させたのは初めてだった。例え、偽物だよと先輩に伝えられたとしても怖いものは怖いのである。

「でも、上手くいっただろ?」

「それはそうですけどね……先輩はもっと安全について考えて行動した方がいいと思いますよ」

「だって、あのままだと今日遊べなくなっちゃうだろ? 君に貰ったこの麦わら帽子だって、邪魔だと捨てられてしまうかもしれない。それは、とても困るんだ」

 いじけた先輩が、口を尖らせる。

「……最近、俺が喜びそうな事を言ったらお説教から逃げられると思ってませんか?」

 そっぽを向いた先輩が、調子のはずれた口笛を吹く。怒っているのが馬鹿らしくなってきたが、先輩には責任を取ってもらう必要があるのでちゃんと安全を意識してもらわなければならない。俺はもう、先輩のいない刺激のない生活をどうやって過ごせばいいのか分からないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る