君の奏でる音楽

「先輩って、楽器とか出来そうですよね」

 部室で詰将棋を持ち出して遊んでいると先輩に乱入されて、普通の将棋になってしまった。パチパチと駒を置く音を響かせながら、俺は先輩の細い指先を眺める。

「急だね。どうかしたの?」

「なんとなく?」

 こうして夏休みにほぼ毎日顔を合わせているというのに、相手のことを全く知らない事に気がついた。俺の知っている先輩の事といえば、名前と学年、好きな食べ物と嫌いな食べ物、事件に巻き込まれやすい事、好奇心が旺盛すぎるところぐらいだ。

「楽器は一通り触らせられてるけど、得意なのはそんなにないよ」

「そうなんですか?」

「うん。学園の七不思議を調べる時にピアノをちゃんとしておいたら、楽しいかなって思って練習してるけどね。強いて言えば、僕の得意楽器はピアノかな」

 白い指先で鍵盤を叩く先輩を想像してみる。うーん、似合いそう。先輩は胸を張って、俺に笑いかける。

「君が聞きたいって言うなら、第三音楽室を予約してきてあげてもいいよ? 一年生はまだ教室の予約出来ないでしょ」

「あ、普通に聞かせてくれるんですね。俺はてっきり、僕のピアノが聞きたいなら夜中に忍び込んで七不思議を確認ついでに聞かせてあげるよ! とか言われるのかと」

「すごい声真似上手いな……。流石に僕もそんな非常識な事は言わないよ?」

「ああ、先輩にもその辺りの常識が残って」

「七不思議の確認をするなら、しっかり準備しなくちゃいけないだろ! こんな突発的に計画したら危ないじゃないか」

「ちょっとズレてるけど、先輩らしくって少しだけ安心しました」

 先輩が不満げな顔をする。話しを微妙に逸らそうか。

「……学園の七不思議って前に調べたって言ってませんでした?」

「うん。そうだよ」

「それなのにまた調べたいんですか?」

 言ってなかったっけ、と首を傾げながら言う先輩が言葉を続ける。

「うちの七不思議は定期的に変わるんだよ。僕が調べた時と全然違うのになっちゃったから、また調べなきゃ」

「……この学園、なんか変じゃないですか?」

「とても変だよ。だから、入学したんだ」

 嬉しそうな先輩に王手、と言うと途端に絶望の表情になるので面白い。

 感情がくるくる変わる先輩のピアノの音も面白い音がするのだろうか。聞かせてもらうのが、楽しみだった。

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