終点

「さて、自由研究の始まりだ!」

 先輩が高らかに宣言する。

「俺らの高校は自由研究ないですよね」

「こういうのは雰囲気が大事なんだよ。自主的に自由研究してもいいだろう?」

 ほら早く、と先輩に手を引かれて電車に乗り込んだ。

「先輩って俺の記憶によると今年受験だったと記憶してるんですが」

「うぐ……遊んでる時ぐらいは勉強の話はやめようよ。今日は禁止!」

 普段は恐ろしい程に混んでいる車内は、もぬけの空だった。それも当たり前の話だ。俺たちの乗った駅は学園前という、学園の目の前にある駅なのだ。今は夏休み。この駅を使う人間も殆どいなければ、路線自体の使用率も減っている。

 俺と先輩は適当な場所に並んで座る。

「あー、いつもこうならいいのにな」

「あれ、君って寮じゃなかったっけ?」

「たまに外に買い物に行く時に乗るんでるよ」

「へえ……学園の中にもスーパーあるのに、物好きだね」

「……まあ、そうですね」

 変わり者の先輩に物好きと言われるのは釈然としないが、先輩と行動を共にしているのは物好きと呼ばれても否定出来ないので、頷いておく。

「で、今日はどこまで行くんですか?」

「言ってなかったっけ」

 流れていく木々を眺めながら、俺と先輩はいつものように会話をしていく。

「終点だよ。終点。僕、この三年間で行ったことなかったなぁって思ってさ」

「終点!? めちゃくちゃ遠いですよね? だから朝早くに集合だったんですか」

「うん。そうだよ。終点でちょっと散歩してからまた電車に乗ろう」

「……それだけですか?」

 先輩が俺を引っ張り回して何処かに連れていく時は、事件が起こりそうな時だ。例えば遺産相続争い中の島だったり、殺人事件の起きた教室であったり。終点で何か事件が起きるのか、或いは乗車中に事件が起こるのか。

「そうだよ?」

「今までの己の行いについて胸に手を当てて考えてみては如何でしょうか。何かあるんでしょう?」

 先輩が首を傾げる。

「単に終点まで時間が掛かるから、君と一緒だと退屈しなくて済むので呼んだんだ。君も暇だろう?」

 君と喋ると楽しいからね、と続ける先輩が全く恥ずかしそうにしていないので、俺だけ照れるのもおかしな話だ。……おかしな話ではあるのだけれど。

「えっ、君なんか顔が赤くないか!? 大丈夫? 熱中症対策の為に水とか飴とか持ってきたよ!」

 わたわたとする先輩に問題ないから落ち着いてと伝える。

「……じゃあ、部室で喋らないことを喋りましょうか。一年の時の夏休み明けの試験にどんな問題が出たか、とか是非聞きたいですね」

「勉強の話は禁止って言っただろ!?」

 先輩の悲鳴のような声に俺は頬を緩ませる。先輩の持ってくる事件に巻き込まれるのも楽しくて好ましい。けれども、たまには、こうしてゆっくり過ごすのも悪くはないだろう。

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