第10話 ハードボイルド宇宙猫...それは甘美な響き

 何やら嬉しそうな表情を浮かべ、白い息を吐きながら此方を見つめるシャクティ。……正直、全く頭が追いついていない。なんで嬉しそうなの?


「えーっと……シャクティ?」

「はい」

「……なんで凍らせたの?」


 うちで一番温厚であるはずのシャクティによる、突然の暴挙。

 確かに般若さんはちょっと怖かったけれども……それは悲しきすれ違いと誤解が生んだ、致し方のないもの。シャクティが真っ先に手を出すとは思ってもみなかった。


「……?…………あっ、そうですよね…申し訳ありません。イブ社長がやりたかったですよね……」

「やらないわよ!?」

「え……?」


 凄い悲しそうな声音でとんでもない事言うわね!?え……?私ってそんな印象だったの…?ショックなのだけれど……


「あーはいはい、そこまで」

 ちょっとセンチな気持ちになっていた私と、悲しそうな雰囲気を纏うシャクティ。その間にレミリーが割って入ってきた。

「取り敢えずシャクティ。何時も言ってるけど、イブは何も考えてないからその説明じゃ伝わらない」

 …………酷くない?流れ弾の殺意高すぎなのだけれど。


「む……レミリ――」

「はいはい、後で聞くから。今はこっちが先。次にイブ」

 シャクティのお小言を軽く受け流したレミリーが、私に目を向ける。

「何かしら?」

「『ギルド』についてどの程度知ってる?」

 ギルド……?何で今そんなこと聞くのかしら。まぁ答えるけれども…確か……


「……あれよね?私たちみたいに様々な依頼を受けることで生計を立ててる、探索者が集まって出来た傭兵団……みたいな感じのやつ」

 頭の片隅から知識を引っ張り出したからちょっと不安だけれど…大体合ってるはず。


「はぁ…本当に偏った知識…分かってたけど。……でも私より知らないのはおかしいと思う」

「そこまで言わなくても………というか合ってなかったかしら?」

 レミリーの当たりが強い……何時もだけど。


「間違ってはない。でも理解が浅すぎる。傭兵団っていうのは言いえて妙だけど…実情はもっと多岐にわたる上、何より大きい」

「そうなの?……じゃあ独立国家とか?」

「…………あながち間違いでもないかも。……一度しか言わないからよく聞いて。ギルドっていうのは――」

 そう言ったレミリーは、ギルドについて詳しく語り始めた。


「まず、探索者が集まって出来た組織。これは正しい」

「なんだ合ってるじゃない」


 ――ガシャン。

 レミリーの傍を浮遊する重装ポッドMk4。そのメタリックボディーから突き出した銃身が、私に標準を合わせた。


「…続きを話してもいい?」

「ドウゾ……」

 ごめんなさい。ハードボイルドでもそれは痛いので勘弁してください。


「今は必要な情報だけ教える……偏にギルドと言っても様々で、それぞれ目標なり理念なりを掲げてる。例えば、世界一の回復専門ギルド。回復魔法が使える人間同士で腕を高め合うのが目的。……これに所属する利点が何か分かる?」

「ふむ………後ろ盾が得られるとか?」


 回復魔法使いってことは戦闘力はそこそこ止まりでしょうし、なにより貴重だから色々面倒事に巻き込まれやすいと聞く。実際過去の依頼でも、それ関係のものがあった。

 そんな時にでかい組織がバックにいたら多少違うでしょうね。


「正解。………でも、実際はイブの想像より凄い。このギルドには不治の病や身体欠損を治せるような凄腕が多数在籍していて、当然影響力は莫大。一度でも此処に所属したことのある人間を不当に扱おうものなら……世界が敵に回ると言っても過言じゃない」

「…………そんなに?」

「それぐらいの影響力はある」


 怖っ…………。怖すぎでしょ。身体欠損もってことは、探索者にも顔が広いってことよね。魔物との戦闘に怪我はつきものだし。

 正に不可侵領域って感じね。


「当然他にも様々な目標、理念を掲げたギルドが存在する。ダンジョン内の治安維持を国から代行するギルド。要人警護を主に請け負う、警備のスペシャリストが集まったギルド。後進育成に全てを捧げるギルド。色々あるけど、総じて影響力は大きい」

「なるほどね……それで、そのギルドが今の状況にどう関係があるの?」


 ギルドが凄いのは分かった。けれど、割とアウトローである私たちとは別の世界の話。あまり関係がないように思える。……うちは別に暗殺とか請け負わないし。


「……中でも、一際頭のおかしい目標を掲げたギルドが一つ。それは深層の完全踏破。そのギルドの戦力は一国を凌ぐとも言われていて、黎明を除けば最強。ギルド名は――マーナガルム」


 マーナガルム…………何処かで聞いたような。


 記憶の迷宮を探る私。その視界の端に映るレミリーが、凍結少女と凍結般若さんを見て口を開き――

「そこで氷漬けになってる二人がそこの所属。新しい方がサブマスターの聖女。古い方はNo.3」


 ――絶望的な情報が私の耳を通過した。


 …………終わった。ツーアウトだ。国家権力ですら過剰なのに、それすら凌ぐらしい超武闘派集団。もうだめだ………お終いだ。


「良かったですねイブ社長。……これで少しは私も役立てそうです」

 後者を敵に回した元凶であるシャクティが、自慢するような雰囲気で言った。……なんで誇らしげなのよ。今の話にそんな要素あった?


「レミリー。私、来世では真面目に生きるわ……」

「……大体考えてることは分かるけど、まだ話は終わってない」

 超センチな気分の私に、レミリーが半眼で死刑宣告をする。

 なによ……これ以上聞きたくない。クールでハードボイルドなナイスガールの私だって、死に際くらいは選びたかったなぁ……


「……まず大前提として、イブとシャクティが、確実に死んでいたであろう少女を助けた。それを実力者揃いであるマーナガルムが分からない筈がない」

「………それがどうしたのよ」

 般若さんバリバリ殺気飛ばしてたじゃない。覚悟ガンギマリの目だったわよ?


「はぁ…まだ分からない?普通に考えて、命の恩人にあんな態度はとらない」

「……いやでも、指名手配されてるらしいじゃない。私」

 そう…私は指名手配犯。心当たりは全くないけれど、なんか世間ではそうなっているらしい。なら疑われたって仕方ないものよ、多分


「そう、指名手配。だからあの態度をとるしかなかった。――だって配信されてたから」

「配信……?」

 なぜ今それが出て来るのかしら………


「世間から見れば、私たちは凶悪犯一名と行方不明人物三名。幾らでも邪推できる組み合わせ」

 レミリーは、私とシャクティ、最後に和菓子を頬張ってる唯衣の三名を見回す。

「…………確かにそうね」


「マーナガルムは、一国をも凌ぐ戦力を有するトップギルド。それなのに、衆人環視のもと犯罪者一人相手に下手に出れる訳が無い…実情は1対4の無理ゲーだったとしてもね。だからあれは全部演技ってこと」

「へ………?」

 えんぎ?あれが?ガチの目でしたけど……


「それに、マーナガルムは情報収集能力も一流。私たちのこともある程度知ってるはずだし、腹を割って話したいと思ってたんじゃない?」

「腹を割って……話したい………?」

 話すって…………なにを?


「それなのに、実際に相対してみればダンジョンカメラが回ったまま…なんて。普通指名手配犯ならカメラを破壊するのに、それをしなかった。……まるで、話すに値しない…って言ってるみたいじゃない?」

「………………」

 はい????


「そこで、聖女は会話の為に邪魔なカメラを破壊する機会を伺っていた、って訳。聖女から見れば、イブは世界を敵に回しても動じない豪傑。その上、大胆な手で実力を試してきた神算鬼謀の持ち主。そう思われてる」

 あぁ…ちなみにカメラを向こう側で止める事も出来るけど――と、レミリーが何やら続けているが、私の耳には一切入ってこない。


「せかい……。ごう…けつ?しんさん…きぼう…………」

 ――頭がショートした私は、うわ言のように呟きながら茫然自失状態である。


「それで…シャクティが攻撃を装ってカメラを破壊したのは………噂は本当だったってこと?」

「………どうでしょうか。そうだと嬉しい…とは思いますが……分かりません」

「ふーん……」


 宇宙猫状態となり、呆然と宙を見つめる私。そこに、唯衣が近づいて来た……和菓子を食べながら。

「それでボス。結局あれは敵か?」

「………一個頂戴」

「斬られたいのか?」


 ………一個くらいいいじゃない。

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