第9話 やめておけ...死人が出るぞ

 やぁ全宇宙のハードボイルドファンの諸君。

 全世界にハードボイルドな半裸が晒されたり、何時の間にか身に覚えのない罪で指名手配されていたり、はたまた社員からそれを既に知っているものと勘違いされていた事が判明したりと……少しセンチな気分の一般ハードボイルドガール、霊四砂イブよ。


「黙るのは貴方ですっ!早く懺悔して自害なさいッ!!いいえ!それですら生温い!死すら許さず一生破壊と再生を味合わせてあげましょう!!!」


 :ブヒィ!

 :ブヒィ!

 :ブヒィ!


 ……そして今まさに本日二度目の生命の危機…ってところね。


 蜥蜴の解体を済ませた唯衣と合流した私たちは、凍結少女のマネージャーを名乗る人物から迎えがすぐそこまで来ていると聞き、20階層でゆったりと待っていることにした。

 そうしたらなんと!姿を現したのは猛り狂う般若……迎えは迎えでも冥府へのお迎えだったらしい。たまげたわぁー。


「殺るなら私とレミリーに譲ってくれ。ボスがやるとすぐ終わってしまうからな」

「そうそう、イブは容赦ないからねー」

 現実逃避している私の後ろで、唯衣とレミリーが般若さんに聞こえるように意味不明なことを言い放った。


 ちょっと待て、待ちなさい。何時から私はそんな野蛮人になったのかしら?既に意味不明な状況に追加で燃料を投下しないで頂戴。デカめの棘が死角から飛んできて私のHPはもう瀕死よ。

 ……それにそんな事を言ったら――


「ッ……!!! ………まさか…こんな……こんな年端もいかない少女たちに普段から戦いを強いているとでもッ!?それを疑問に思わないほど当たり前の顔で言わせるなんて……貴女に人の心はないんですかッッ!!」

 赤かった顔を青白く染め、また赤色に戻った般若さんが目尻に涙を溜めながら勘違いを加速させた。


「すぅ……」


 ……これはあれね。もう無理だわ。

 彼女の中で私は国家転覆を企んだ少女誘拐犯及び殺人教唆犯。その上意識を失っている少女のバージンを奪った変態。

 幾ら言葉を尽くして弁明したところで、どうにもならないでしょうね。

 とは言え怖いから戦いたくもないし、そもそもハードボイルドなおとこは一度助けると決めたら貫き通すもの。なんとか穏便に収めるしかない。

 そのために残された選択肢は一つ――


「ふぅー……人の心?フッ、愚問ね。そんなものは物心ついた時から失くしていたわ……必要ないもの」

 私は紫煙を口から吐き出しながら、悲しげな顔を作って口を開いた。


 ――ハードボイルドの心得その一・【それっぽいことを言って会話の主導権を渡さない】


 イメージするんだ私……!分かるような分からないような、曖昧な言葉で答えを濁すシャクティの姿をッ!!

 意味がありそうで全く無い。でもよく考えたらあるかもしれない、それっぽい言葉で煙に巻く。

 そうすることで相手は勝手に想像を膨らませて迷いが生じる。


 その隙に凍結少女を押し付けて逃走するのだっ!!………パーフェクトだ、私。


「物心ついた時から…?貴女は……」

「それに強要、ね……ふふっ。貴女は運命すら捩じ伏せられるのかしら?…出来ないのなら黙ってなさい。不愉快よ」

「それはっ……!!ですが、それでも――」


 ほらほら効いてる。距離が空いてるから小さな呟きまでは聞き取れないけれど、今の気持ちが手に取るように分かるわ!

 さぁさぁ、その調子で想像を膨らませなさい。そうして隙を晒すのだ!フハハハハ。


「……人の心を失っていたとしても、人間である以上恐怖は残っているはずです」

「ほう……」

 めっちゃ残ってるわね。なんなら今も超怖い。

 目の前に般若がいるわ、依頼物の卵は消し飛んだわ、今日は絶食だわ、シャクティの怒りがこの後落ちるわ、懐が寂しいわで……もう恐怖の百鬼夜行と言ったところよ。


「今このダンジョンの地上では日本に於ける対探索者のエキスパート、『SAT』が包囲網を敷いています。貴女を仕留めるために」


 ………へ?


「加えて私がサブマスターを務めるギルド、マーナガルムは世界屈指の強者が集っている。私が死してもその全戦力が貴女を地の果てまで――」

「やめておきなさい」

 思わず制止の言葉が口をついて出た。


「なんですって……?」

「やめておきなさいと言ったのよ…死人が出るわよ」

 真っ先に死ぬのは私だけどねっ!!

 クールでハードボイルドな仕事人だって国家権力には勝てないのよ!

「全世界に真っ赤な花が咲き乱れることになっても構わないのかしら」

「ッ…………!!!」


 今は配信中。と云うことは…全世界のお茶の間に私の血液がブッシャーよ、ブシャー。それは色々とまずいんじゃない?

 いやでもよく考えたら、流石に私が屍を晒す前にコンプライアンスストップがかかる気もするような……


 あっ…………終わったかも。


「…………」

「…………」

「……レミリー。ボスは一体何を言ってるんだ?」

「ブフッ!!…唯衣、今良いところだから少し静かにしてて」

 五月蠅いわよ狂犬二名。さっきまで殺る気満々だったくせになによ。こっちは穏便に済ます為に必死なの!

 あぁ……でも彼女を説得できたとして、国家権力はどうしようもなかった……


「マーナガルム……」

 不意に、混沌としたこの場に澄んだ音の呟きが響いた。

 声の主はシャクティ。凍結少女をずっと見つめていた彼女が、何時の間にか近づいて来ていた。


「聖女さん…でよろしかったでしょうか」

「……えぇ、そう呼ばれることが多いのは確かですね」


 おぉ……仕事中は何時も私の判断待ちのシャクティが珍しいわね。

 まぁ、シャクティなら大丈夫か。流石に後ろの狂犬二人みたいに襲い掛かったりはしないでしょう。


「一つ、質問をしても構いませんか?」

「もちろんです。何でも仰ってください」

「マーナガルム…の創設者は何と言う御仁でしょうか?」

 創設者?そんなもの聞いて何になるのかしら。


「ギルベルト。葛城ギルベルトですね。葛城は現姓で、旧姓までは分かりませんが…私の義父であり、未だ現役のギルドマスターでもあります」

 おー。なんか強そうな名前。私ももう少し凝った苗字にするべきだったかも……


「……………そうですか。ありがとうございます」

 その名前を聞いて暫し瞑目していたシャクティは、目を開けると般若さんを上目遣いに見つめ出す。

「……?あの…なにか気になること――」

 それに対し般若さんが疑問の声を上げた、その時。ヒュゥー…と、冷気を伴う風鳴りが耳朶を打った。


 パキパキパキパキパキッ!!!


 ――その聴き慣れた音に気を取られている内に全てが終わっていた。


「………へ?」


 辺りを包むのは極寒の凍土。空気中の水蒸気すら氷結し、宙ではダイヤモンドダストが煌めきながら舞っている。

 一瞬前まで林に囲まれ、小川が流れていたはずの長閑な風景は……今は見渡す限りを氷が埋め尽くしていた。


 そして――私の目の前に鎮座するは氷漬けになった般若さん。


「ふぅー………イブ社長、邪魔してしまい申し訳ありません。ですが……どうやら期待されていた以上のものだったようです。早急に話を進めましょう」

 シャクティはそう言って、地面に転がる凍ったカメラを踏み潰した。



 …………?????

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