第7話 悟りを得た者は白目を剥く運命にある...半裸で

 死刑


「あー…イブ、待って」

「いいや待たない!こいつを跡形もなく消し飛ばして私も死ぬ!」


 配信。詳しくは知らないけれど、今この鉄屑に写ってる映像を多数の人間が見ているってことは分かる。

 つまり、全世界のお茶の間に私のハードボイルドな半裸が晒されたのよ?


 ――半裸で葉巻を燻らせながら突っ立ってる私……痴女じゃない!紛うことなき痴女よこれ!

 その上、幼女にしか見えないシャクティがすぐ傍に居るのだからヤバさは五割り増し。


「大丈夫大丈夫。写り込み対策の為にフィルターがかかってる筈だから」

「……フィルター?」

「そう。画面に映るイブの姿にはモザイクが入ってる。スマホのコメント欄見てみて」


 絶望の淵に居た私に、一筋の光が差し込む。

 モザイク。つまり、私のプライバシーは守られているらしい。

 なぁんだ、それなら問題ないわね!心配して損したわ。


 :いや、すんません。がっつり見えてます

 :指名手配犯にプライバシーなんてないんだよなぁ

 :100万人近い人間にあられもない肢体が晒されてますねぇ

 :しかし凄い肉体だな。一切無駄が無い。下劣な欲すら湧かない程だ


 ――一筋の光が私を焼き殺した。


「…………」

「くッ…ぷふッ!お、お腹いたいッ……!!」


 あぁ……なんというか、こう…形容し難い感覚ね。

 強いて言うなら、俗世の楔から解き放たれて果てなき空へ飛び立った、みたいな。あるいは、虚無に呑み込まれたかのような…そんな感じ。

 何でも出来そうな全能感が、私を支配している。


 そう。例えば――このダンジョンをぶっ壊したりとかもできそう。


「……レミリー。私は一つに境地に達したわ。今なら過去最高火力が出せるって囁いてるの。此処をスクラップにして新たな門出を祝いましょう」

 今の私なら、月をも穿てる。

 遠慮不要。全てを破壊するつもりで解放済みの弾丸に膨大な魔力を籠めてゆく。


「いや待ってそれは洒落にならない。ありえないけど、イブなら本当にやれそうな気がしなくもないし……シャクティも止めるの手伝って」

 なにが洒落にならない、よ。今の状況以上にまずいことなんてないでしょ。

 例えシャクティに氷漬けにされたとしても、私は絶対に止まらない!


 そんな決意を固めている私の耳に、全てを包み込むかのような、包容力に満ち満ちた声が届く。

「……私はイブ社長のことを常に凛々しく、頼りになる女性だと思っていますよ」

 ピクッ。

「…………」


「それにその鍛え上げられた肉体。機能美を極限まで追求したその姿は、正に鬼神が宿ってる、と云う表現が相応しいでしょう。イブ社長程強い女性を私は他に知りません」

 ピクピクッ。

「………………」


「そんなイブ社長の姿は、誰に見られても恥ずべき所などないのではないでしょうか?」


 ……確かに、私はハードボイルドたらんとするため日々鍛錬を積み重ね、肉体を鍛え抜いている。

 そんな私の身体はハードボイルドの化身と言っても過言ではないでしょうね。


 ――なら見られても別に恥ずかしくないのでは?だってハードボイルドだもの。


「すぅ……ふぅー」

 魔力の取り込みを中止し、銜えた葉巻を味わって一息。……甘い。


 冷静に考えれば、私の目指すべきクールでハードボイルドな仕事人は、裸の一つや二つ見られたところで取り乱さない。寧ろ堂々としているでしょうね。

 よって無罪。恩赦放免。


「それで?画面の向こうの堅気の諸君。彼女の保護者は?居たら名乗り出てくれると楽なのだけれど」


 さて…些細な問題が解決したところで、残るはもう一つの問題。

 この凍結少女は延命したとはいえ、あくまで死の淵で踏みとどまっただけ。ここから治療しなければならない。

 けれど私たちは回復は専門外だし…ではどうするか。

 導き出した答えは――丸投げ。


 :なんだこいつ。その格好のまま話し出したぞww

 :情緒ジェットコースターかよw二重人格?

 :その説得?で丸め込まれるのはチョロすぎでは?

 :あの……後ろでお腹抱えて過呼吸になってる人いますけどいいんですか?

 :いやいや待て待て、なんで超ド級の国際指名手配犯と黎明が探してる超重要行方不明人物が一緒にいるんだよ。……しかも、フィーニスって言えば――


 失礼ね、誰がマジやべぇ犯罪者よ。そこらの野蛮人と一緒にしないでもらいたい。

 確かに国の法律はちょっと踏み越えてるかもしれないけれど、恨まれる事と言えば、精々裏社会の人間を数えきれないほどボコボコにした程度。

 国際指名手配なんて、そんなまさか。ありえないでしょう。


 :≪イブ/苗字不明/生年月日不明/国籍不明/国際手配中/特級探索者手配書/DEAD_OR_ALIVE/その首に30憶$の懸賞金/罪状――≫

 :うわぁ…やべぇな。神奈川ダンジョン封鎖されてんだけど

 :外にすごい装備に包まれた集団が居るなぁ……見間違えじゃなければSATだなぁ……わぁいかっこいいなー

 :ママ、パパ。ぼく空挺降下なんて初めて見たよ……


 ……ないわよね?


「レミリー。私が指名手配されてるとか言われてるんだけれど…そんな事ないわよね?」

 いつもの発作を発症しているレミリーに、一応確認を取る。……あくまで確認。ただの確認よ。

「――ふぅ……死ぬかと思った。それで…なに?指名手配?もしかしてイブ知らなかったの?」


 ……何その意味深な回答は。


 いやいや、ありえないでしょ。

 まぁ…確かに?日本に渡る前に何か凄そうな施設を更地にしたりもしたわよ。

 でも、あの中に居たのは如何にも裏の住人って感じの人間と、マッドでサイエンスな奴だけだったし、関係ない筈。


「シャクティ、スマホ貸して」

「分かりました。――その…イブ社長」

 スマホをレミリーに手渡したシャクティが、此方に向き直る。

 その顔には申し訳なさそうな表情を浮かべており、その姿を見た私は猛烈に嫌な予感に襲われた。


「私のせいで、本当に申し訳ありません……正直、ここまでするとは思いもしませんでした。私の想定が甘かったです……。それに、私も既にご存じだとばかり……」


 あっ………終わったわ。シャクティは冗談とか言わないから。


「はいこれ。イブの分の手配書」

 いい笑顔のレミリーが私の眼前に突き出したスマホ。そこに映っていたのは――


 イブ/苗字不明/生年月日不明/国籍不明/国際手配中/特級探索者手配書/ DEAD_OR_ALIVE/その首に30憶$の懸賞金/罪状:


 ――私は白目を向いた。


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