第6話 服が破けるのは主人公の特権

 ――何故こうなった……


「……武器を捨てて、セシルちゃんと3人の少女をこちらに引き渡しなさい。そうすれば命までは取らないわ」

 そう命を刈り取る眼差しと共に吐き捨てたのは、腰まで届くプラチナブロンドのナイスバディなお姉さん。

 豊満な肉体美をゆったりとしたローブで包み、清楚さと妖艶さを両立させている。

 慈愛に満ちた瞳と微笑が似合いそうなその尊顔は、今は剥き出しの殺意とガンギマリの覚悟に塗れていた。


 ――魂まで取る気満々ないじゃない……。一体全体何故こうなった………


 魔物の出現しない安全地帯となっている階層。第20階層。

 周りを見渡せば長閑な林や小川が目に入る、ランチにでも洒落こみたいベストなスポットで私達は…いや、正確には私一人ね。

 私は謎の女性に神をも震わせる殺気を叩き付けられていた。


 私はハードボイルドだから効かないけど。


「すぅー……ふぅー。………私は何か貴女の気に障る事をしたかしら?」

 千里の道も会話から、ということで。

 私はクールに葉巻を燻らせ、取り敢えず尋ねてみた。

「なにか、…きにさわる、こと……です、って?」


 鬼だ。今此処には伝説の日本の鬼が居る。

 私の質問を聞いた彼女は、視線だけで神を殺せそうな般若の形相を浮かべ、うわ言のように繰り返した。


「セシルちゃんの、ファーストキスを、奪っておいて……ドローンを、破壊しようとしておいて………幼気いたいけな、少女を、3人も誘拐しておいて…………なにか、きに、さわること、ですッッてぇぇえええ?!!!」


 ……どうやら早速踏み外した、というか、そもそも道にすら立てていなかったらしい。

 やれやれだぜ。


「合図をくれ、ボス。何時でも準備は出来ている」

「どうするイブ。消す?」

 唯衣とレミリーが、物騒なセリフと共にアップを始めた。

 唯衣は腰の後ろに差した三尺三寸の大太刀、その鯖口に手を添えて。

 レミリーの傍には戦闘待機状態の重装ポッドMk4が浮かんでおり、本人も武装を構築する気満々。


 ――こいつらヤバいわね。引くわぁ……流石にそれはないでしょう。

 それと、今貴方達が話すと更にややこしくなるから黙ってなさい。

 ただでさえ――


 :コウェェェェエエエエエ!!!ブチギレ聖女怖すぎだぜぇぇぇぇええ!!

 :やばぁ……普段慈愛に満ちた瞳が殺意に満ちているそのギャップ!何かに目覚めそうッ!!

 :フッ、ようこそこちら側へ。まぁ、既に私は旅立ったがね。楽園エデンへと……

 :なんだろう。気持ち悪いこと言うの、やめてもらっていいですか?

 :男の人っていつもそうですね…!聖女様のことなんだと思ってるんですか!?

 :私はバイよ

 :私はゲイだ

 :私はオカマよん。新しいウェイが開いたわん


 ――この豚共が五月蝿いのだから。


「黙ってなさいカス共」

「黙るのは貴方ですっ!早く懺悔して自害なさいッ!!いいえ!それですら生温い!死すら許さず一生破壊と再生を味合わせてあげましょう!!!」


 :ブヒィ!

 :ブヒィ!

 :ブヒィ!


 えぇ……。

 どうすればいいのよこの状況。


 ……はぁ。今日は厄日ね。



 ♢ ♢ ♢



 シャクティが九割九分九里屍少女の疑似コールドスリープ作業を始めてから数分。

 作業が一段落したのを見計らい、私は前々から気になっていた事を尋ねた。


「ところでシャクティ」

「なんでしょうか?」

 極低温の白い息を吐きながら此方に目を向けるシャクティに、私は上空――先程から宙を飛び回る、を指し示す。

「私たちの頭上に浮かんでる丸い機械。あれ何か知ってる?」


 まるで此方を監視しているかのように一定の距離を保つ、黒光りした拳大のそれ。

 この凍結少女もレミリーと同じ魔法が使えるのかと思ったけれど、周囲の戦闘跡を見るにその可能性は低い。

 脅威も全く感じないし、多分武器ではないでしょうね。

 ……となると、あれは一体何なのかしら?


「…私も分かりません。ですがこの少女の所持品なのではないですか?」

「まぁ、確かにそうね。……ふむ」

 そこで私は上空の機械に顔を向けると――

「とりあえず捕まえましょうか」


 即断即決。

 地面を蹴って跳躍し、そこそこの速度で宙の機械に肉薄、捕まえようと手を伸ばし――空を切る。

 謎の機械の方が一瞬早かった。手が触れる直前で避けられ、目的を達せぬまま私は地面に帰ってくる。


「………………」

「避けられましたね……」


 ……中々やるじゃない。全然本気ではなかったけれど、この私から逃れるとは。

 手加減していたとはいえ、直前で避けるなんて。

 いくら手心を加えたとは言っても……もしかして舐められてる?


「……私が取りましょうか?」

 シャクティが窺うように提案する…が、その必要はない。


 仏の顔も三度まで。日本で有名なこの諺を私は気に入っている。

 でも、三度は少し多いと思うのよね。

 私ならこうするわ――


「不要よ」

 ――ハードボイルドの顔は一度のみ。

 壊さないようにセーブしていたけれど……面倒だしいいわよね!

 リボルバーに弾を一発込め、シリンダーを回す。

 そして宙に浮かぶ謎の機械に標準を合わせて、ハードボイルドな決め台詞を一言。


「3秒。3秒だけ時間をやる。鉄屑になりたくなければ降りてきなさい」

 ハードボイルドな解決法。――それ即ち脅し。

 単純にして明快。そして完璧な答えね。

 機械に脅しが通用するのかは知らないけれど、別にどちらでもいい。

 破壊するのもまたハードボイルドだからだ。


 ……パーフェクトだ、私。


「さん」

 魔力を籠め。

「に」

 引き金に指を添える。

「いち…」

 そして添えた指に力を籠めて――

「ぜ――」


 ――引き金を引こうとした、その瞬間。謎の機械が高度を下げ始め、少しすると私の目の高さで停止した。


「フッ、命拾いしたわね」

「イブ社長………流石ですね」

 シャクティからの称賛の眼差しが私に突き刺さる。


 ふふん。ハードボイルド式解決法に不備はないのよ。

 さて、肝心のブツだけれど、近くで見たそれは目玉のような作りをしており、瞳孔に当たる部分には光学レンズらしきものの姿と、赤く点滅するランプ。

 そして、其処には私の顔が映り込んでいた。


「それで……結局何なのかしらこれ。見たところカメラに見えなくもないけれど」

「かめら…それはレミリーが言っていた、風景を切り取って保存する機械のことですか?」

 シャクティが首を傾げながら聞いてきた。

「そのカメラね。というか使った事ないの?」

「……そうですね。ありません」


 どうやら、シャクティはカメラを使ったことがないらしい。

 大分偏った生活をしていたみたいね……。

 シャクティは割と、いや、大分常識に疎い。その癖変なところで博識なのよね。

 その上、二年前から全く姿が変わってないし、超冷たい。物理的にね。

 正直彼女の過去が気にならないかと言えば…………別に気にならないわね。ハードボイルドなおとこは人の過去など探らないものだし。


 そして、私も大分知識が偏っている自信がある。これがカメラだとして、何故ダンジョンにそんなものを持ってきているのか、見当もつかない。

 つまり、お手上げってことね。


「……大人しく二人を待ちましょうか」

 こういう物はレミリーが詳しいからね。

「加勢しないのですか?」

「必要ないでしょ」

 蜥蜴一匹程度なら二人で十分。

 私は奇跡的に残っていた葉巻に火を着け、味わいながら待つことにした。



 ♢ ♢ ♢



 私とシャクティ、それに凍結少女の間を行ったり来たりと、忙しない動きを披露する推定カメラ。

 それをジッと見つめているシャクティと共に、クールに待つこと数分。


 大穴から断続的に響いていた轟音が鳴り止み、再度レミリーが飛び上がってきた。

「………何してるの?二人とも」

 開口一番飛び出してきたのは、呆れたような、困惑しているような、なんとも言えない疑問の声。

「何って……なんでしょうね?」

「かめらなる物を見ていました。無事な様で良かったですレミリー」


「あー、うん。取り敢えず、それが何か知って――る訳ないか」

「そうね。だからレミリーを待ってたのよ」

 そう言うってことは、やっぱりレミリーは知ってるみたいね。


「よ~し。壊滅的な機械音痴であるイブに、私が特別に教えてあげよう。それは――」

 ゆっくりと此方に近づいて来るレミリー。

 そして推定カメラと私を一瞥した後、懐に手を入れると――邪悪な笑みを浮かべた。



 ……ひとつ、昔話をしましょう。

 とある依頼で反社会勢力を壊滅させた時の話よ。

 三下の集まりのくせして規模だけは大きかったから、それぞれ配置を決めて、拠点を同時襲撃する作戦だった。

 けれど、誤算が一つ。…思ったより弱かったのよね。


 消化不良だった私は、レミリーの持ち場の拠点をおかわり。…しかし、これがまずかった。

 半数ほど顔面を陥没させたところで、メールが一通届いたの。

 何かと思って見てみると、画像が添付されていて、なんとそこには――


 ――満面の笑顔を浮かべてスイッチに親指を添えるレミリーの姿。


 ……その後は語るまでもないわね。

 私ごと拠点を吹っ飛ばしたのよ!!

 酷すぎじゃない!?手加減なんて全くなくて、瓦礫と寒空のもとほぼ全裸で立ち尽くしたわっ!!


 ふぅ……まぁつまり、レミリーの笑みには碌な思い出がないってこと。


「――それはダンジョンカメラ。探索の様子を記録しておく機械。そして」

 レミリーは話しながら、私にスマホを投げ渡してくる。

 猛烈に嫌な予感がしながらも、嫌々画面を確認してみると――


 :うぉおおおお!可愛い女の子が一人増えたぜ!

 :あーっ!いけませんお客様!困ります!困ります!服を着てください!ありがとうございます!ありがとうございますっ!

 :ふぅ……ミステリアス裸美少女×セシルんか。尊

 :いや、どう見ても未成年なのに葉巻吸ってるのはいいのか?裸で

 :それ言ったら金髪幼女はなんなんだよ。いくら甘く見積もっても小学生中学年だぞ。こっちは服着てるけど

 :おっ!配信されてるのに気づいたっぽいぞ!

 :セシルんは!セシルんは無事なんですか?!

 :なんでセシルんにキスしたんですか?!

 :まぁ、待て諸君。落ち着け。一番大事なことがあるだろう

 :何故彼女達にはAIフィルターがかかってないんだ?葉巻少女に至っては殆ど裸だぞ

 :「イブ/苗字不明/生年月日不明/国籍不明/国際手配中/特級探索者手配書/ DEAD_OR_ALIVE/その首に30憶$の懸賞金/罪状――」

 :「シャクティ/国際手配中/黎明特別手配書/一切傷を付けてはならない/確保者には100億$/情報提供者には10億$の懸賞金/詳細不明」

 ;「R・フィーニス/国際手配中・黎明特別手配書/一切傷を付けてはならない/確保者には50億$/情報提供者には5億$の懸賞金/詳細不明」

 :わぁー……(思考停止)


「今は全世界に同時配信中」


 は、い、しん、ちゅう?


 その言葉を聞いた私は、ギギギギッ、と錆びた人形のような動きで自分の姿を再確認し、カメラに目を向ける。

 もう一度姿を確認し――


 ……

 …………

 ……………

 ………………


 とっておきの弾丸を相棒リボルバーに装填。そして一言。


解放リリース


 死刑

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