第5話 急募・変死体の片付け方...シャベッタァァァァァァ?!!

「すぅー……」

 ――状況を整理しましょう。


 銜えた葉巻。…これは問題ない。甘い。


 右手の中にある壊れた相棒リボルバー。……まぁ、これもいい。魔力に耐えられなっただけ。


 目の前で魔石に代わってゆく元・ゴリラ。………これもよし。弱っていたのか一撃で死んでしまったのが残念だけれど、卵を壊した罪は許してやろう。


 ――そして、眼下に転がる変死体。…………よくない。これは、超よくない。


「…ふぅー。……なに、この…やばそうな屍」

 葉巻を燻らせ、口内に残る甘い煙を楽しみながら吐き出すと、現実に――いや、地面に在るそれに目を向ける。


 少女だ。それも多分私と同じくらいの。

 それが地面とキスしながら倒れている…超ボロボロで。

 肌は罅割れてるし、なんか変色してる……怖っ。

 それを見下ろす私………えぇ、ナニコレ。こういう場合どう対応するのがハードボイルドなの?

 仇は取った…って言ってクールに立ち去る?


「―――――ぁ」

 不意に私の下から聞こえて来た僅かな音。

 ――ん?

「シャベッタァァァァァァ?!!」

 軽くホラーな現象に驚きのあまり叫ぶ私。銜えた葉巻が飛んで行ったわ。

 えぇ?これで生きてるの?怖すぎなのだけれど。

 …あぁ、生きてるなら前言撤回しないとね。ただの屍じゃなくて九割屍よ。


 それでー…これ、どうしようかしら。

 ……ふむ。真のハードボイルドならこの場合クールに助けるべきよね。

 ここから入れる保険は~………

 あ~(模索)、う~ん…(悩む)、……あぁ!(閃き)


 先延ばしにしましょう!うん。名案ね。

 そのためにも先ずは――


 その時、私が空けた大穴から誰かが飛び出してきた。

「はぁ…イブ。上の階層までは索敵出来ないんだから、ゆ…っく……り――」

 ダウナーでダルそうな声と共に姿を現したのは、宵月の頭脳担当、レミリー。


 唯衣と同い年でありながら、細く、小さな体を包む、白と青のワンピース ドレス。

 起伏に乏しいその体は、低い身長も相まって正直中学せ――

 此方を見つめる常に眠そうな目つきの茶色の瞳に、右後ろでローポニーにした腰まで届く月白色げっぱくいろの髪。

 月のように輝く淡い髪と眠そうな童顔は庇護欲を誘い、その姿はやっぱりロリ――


「…イブ。これは一体どういう状況?それに、卵が見当たらないけど」

 無表情で訪ねてくるレミリー。

 その声音は静かで、然れども確かな怒りを内包していた。

「………レミリー。ハードボイルドなナイスガールはね、過去を振り返らないものなの。それに、今は他に優先すべき事があるわ。シャクティは?」

 私はキリっとした表情で言い切った。


 そう、今は優先すべき事がある。過ぎた事を気にしても仕方がないのだ。

 九割五分屍少女を五割瀕死少女にするには、シャクティの力がいる。

 だから、シャクティを運んでいたレミリーが今来てくれたのは間が良かった。丁度呼ぼうとしてたしね。


「……確かにそうみたい。今降ろすから後はよろしく」

 九割五分屍少女を一瞥したレミリーは、傍を浮遊していた数十センチサイズの箱型独立随行ポッド、愛称『重装ポッドMk4』のアームで掴んでいた金髪の幼女を地面に降ろした。

「じゃあ私は下に戻って唯衣と一緒に異常個体の竜片づけてくるから。……あと、イブは今日ご飯抜きね」

 絶対零度の瞳で私を射抜いたレミリーは、そのまま大穴から飛び降りて行った。


 ……先程、過ぎた事を気にしてもしょうがないと言ったわね。――あれは嘘だ。過去に戻れるなら鉛玉をぶち込んででも私を止める。

 …まぁ、うん。今はやることをやりましょうか。


 左手に持ったリボルバーに弾を一発だけ込め、うつ伏せで寝ている金髪幼女の頭に銃口を向けて引き金に指を添える。


「起きなさいシャクティ。悪いけど緊急事態よ」

 引き金を引き、発砲音と共に放たれる銃弾。

 普通であれば脳髄をぶちまけるであろうそれは、鈍い音を立てて金髪幼女の後頭部に弾かれた。

 そして、弾かれた銃弾は一瞬で塵も残さずに消滅する。


「ん……。おはようございますイブ社長。今はどんな状況ですか?」

 耳に届く、静かで優雅な、鈴を転がすような声。

 それは澄んだ音色でありながら、一度聴いたら絶対に忘れないような、そんな存在感と気迫に満ちていて、およそ幼女に相応しくない覇気をまとっていた。


 そんな声と共に目を覚まして起き上がったのは、女神と見紛うような美しさの、可憐な幼女。

 純白の軽装に包まれた細身の体。

 鎧から覗くしなやかな肢体は眩しいくらいに美しい。

 腰どころか太ももにまで届きそうなほど長いウェーブの掛かった金髪は、いかなる金銀財宝にも負けない輝きを湛えていて。

 凛々しさと可憐さを絶妙なバランスで両立させたその顔は、まるで作り物のよう。

 此方を見上げる瞳の色は、碧色。


「緊急事態ね。九割七分死んでる少女が居るから冷凍してちょうだい」

 私は眼下を指さしながら言った。

「……なるほど、理解しました。――ところで、何故イブ社長は裸なのですか?」

「へ?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえたので自分の体を確認する。

 そして目に映るのは、着ていた筈の服が殆ど消滅し、唯衣よりも露出度の高くなった私の姿。……自慢のクールなコートも消失していた。


「……シャクティ。クールなおとこはね、そんな些細な事は気にしないものよ」

「貴女は女性ですけれど……イブ社長がよいのであればいいです」


 シャクティはそこで一度区切り、地面の九割七分屍少女を一瞥。

 珍しく明らかな不機嫌顔を浮かべて口を開く。

「ですが……すみません。これは私でも厳しいです」

「え?貴女なら魔力毒も凍らせられると思ったのだけれど」


 魔力には毒が含まれており、この少女は閾値を超えて魔力を取り込んでしまった。

 普通なら助からないが、シャクティであれば魔力毒を含めた全てを凍結させて延命できる……のだが今回は難しいらしい。


「魔力毒は問題ありません。ですが……このの魔力が問題です。何故彼女がこれを身体に宿しているのかは分かりませんが、私の力では………」

 そう言ったシャクティは、悲しみや怒り、悔しさに後悔など、様々な感情が混ざった複雑な表情をしていた。

 ……彼女がここまで感情を表に出すのは本当に珍しいわね。


「ふむ……なら私が一肌脱ぎましょう」

「…え?」

 間の抜けた声と共に困惑するシャクティ。

 それを尻目に、私は九割七分屍少女の体に触れた。


 荒れ狂う風の魔力に干渉しようとし、失敗。

 余計に身体の浸食を早めることになったが、問題ない。

 自分に掛かった身体強化を解除した私は、そのまま九割九分九里屍少女の顔に近づき……


 ――唇と唇を重ね合わせた。


「なっ?!イブ社長!?そんな事をしたら貴女が――」

 慌てたシャクティが止めようとしてくるが、時すでに遅し。

 風の魔力が私を壊さんと合わさった口を通して流れ込んできて――

「…ん」

 ゴクリ、と音を立てて私は風の魔力を嚥下した。


「……そん…な」

「ふぅ…。これでよし。完全には喰らえなかったけど大分マシになったはずよ。これでいけそう?」

 私は口元を拭いながら確認する。


「これでよし、じゃないですよっ!身体は大丈夫なんですか!?」

「ちょっ、そんなに揺らさないでシャクティ。首が、首が取れる!」

 急に掴みかかってきたシャクティに、ガックンガックンと揺さぶられる。

「っ、ごめんなさい。ですが!――」

「心配しすぎよ。これぐらいなら問題ないわ。…少しお腹痛いけど」


 クールでハードボイルドなナイスガールはこれぐらいでは死なない。

 よって問題ない。


「えぇ…?少しお腹が痛いって…あれはそんな軟な代物ではないはずですが……」

 信じられない、といった目で此方を見てくるシャクティ。

「私のハードボイルド力には勝てなかったってことでしょう。ほら、早く冷凍保存しなさい」


「……分かりました。これなら問題ないでしょう。…ですが!」

 ずいっ、とシャクティが私に顔を寄せて来る。

「戻ったら覚悟しておいてください」

 零距離で告げられた絶対零度の宣告。

 物理的な冷たさを伴ったその息吹を私に吹きかけたシャクティは、作業を開始した。


 ……私の肌ちょっと凍ったのだけど。

 謎魔力を呑み込んだ時よりダメージあったわよ。



 ――――これは、あれね。

 私、死んだかも。

「はくちゅッ!」

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