第1話 セシルの下層攻略配信

 ダンジョンを探索する者には、格安でダンジョンカメラを提供する。

 国がこのような事を言い始めたのは、今から約18年前…ダンジョン内での死傷者数及び犯罪件数が最高値を更新した年。

 探索者の総数は防衛力と同義であり、政府の…いや、各国の頭を悩ませる最大の種であった。

 そんな折、在野の天才がダンジョン内でも通じる電波及び高性能カメラを発明。政府がこれを全面的に支援し、国際ダンジョン管理機構を通じて世界中に浸透させた。


 そして、そんな商機の富士山を見逃すような企業家・資産家などいるはずもない。当然の帰結として、様々な事業が展開された。

 中でも、一際存在感を放ったモノが一つ。人間誰しもが持つ獣性を解放する、太古より存在した娯楽――化物との命を懸けた戦闘。即ち殺し合い…その生配信だ。

 血沸き肉躍る、バイオレンスなそのポップカルチャーは大流行。

 成功を収めた人間は、無視できない程の影響力を持つこととなった。 



 ♢ ♢ ♢



【#ダンジョン配信】ソロ・神奈川ダンジョン・下層攻略【マーナガルム/セシル】 


『待機中』

 :うぉおおおおお!遂にこの時がやって来たぁあああ!!

 :セシルん!

 :セシルん!セシルん!

 :セシルん!セシルん!セシルん!

 :マーナガルムの新星が下層攻略すると聞いて

 :ソロで此処はヤバイわよ!

 :ドラゴンは妖精には勝てないものさ。古事記にもそう書かれている


「ふぅ......」


 スマートコンタクトレンズに映った、凄まじい勢いで流れるコメントの数々。

 それを尻目に、私は端末に表示された自分の身形を確認してゆく。


 ツーサイドアップにした、背中まで届く白髪と、黒に碧のヘアバンド。

 女性にしては少し高めの華奢な身体を包む、白と水色のミニワンピース。その上には、黒のヒラヒラした上着を羽織っている。

 そして脚は、黒と水色のオーバーニーに、同じく黒と水色のショートブーツ。太ももには、黒と碧のガーターベルトが巻いてある。

 ......こんな女の子した服装、二年前の私が見たら卒倒するかもね。


 あとは最後に、頬を揉んで笑顔の練習。...うん、問題ない。......まぁ、多分、目は全く笑ってないと思うけど。

 でも、大丈夫。黒い目隠しをしてるから、誰にもバレない。それでいて、視界は塞がない謎設計。複雑だけど、助かってるのは事実だから文句はない。

 ――今の私は『セシル』ただのセシルだ。


 準備が整ったのを確認し終え、配信を開始する。


「皆さんおはようございます。もしくはこんにちは、こんばんは。マーナガルム所属のダンジョン配信者、セシルです」

 カメラに全力の笑顔を向け、言い切る。


 :うぉおおお!!待ってましたぁあ!

 :朝から妖精の笑顔が見れるとは、明日死ぬかも

 :下層攻略、頑張ってください!

 :セシルん!セシルん!セシルん!


 付けたばかりにも拘わらず、視聴者数は約2万人。

 配信業を始めてからそこそこ経ったけど、未だに慣れない。元々、私は人に注目されるのは、あまり得意ではなかった。

 でも、仕方ない。

 目的の為に全てを捧げると決めた。

 そして、これが最適な方法だった。ただそれだけのこと。


「昨日に引き続き、現在地は神奈川ダンジョン第20階層です。そして、タイトルにもある通り、本日から下層。通称”竜のうろ”を攻略していきます」

 カメラに写る最適な角度、光の加減すらも計算しながら。


 :がんばれぇええ!!応援してるぞぉおおお!!!

 :セシルん!セシルん!セシルん!セシルん!

 :まじか...本当にやるんだね

 :成功したら何年振りの認定だ?

 :マーナガルムの聖女が最後だから、日本だと約20年振りだな

 :でも、よりによって日本2位のダンジョンでやらなくても......


 そう。私はこれから、下層の攻略に挑む。

 ダンジョンの最奥と言われる深層。そこで通用するか否かの指標の一つが、ソロでの下層踏破だ。

 一流の探索者ですら梃子摺るのが下層の魔物。

 そんな奴らが犇めく魔境を、一人で突破出来なければ、深層の魔物とは同じ土俵にすら立てない。


 そして、攻略の場に選んだのは神奈川ダンジョン。日本で上から二番目の深さを誇り、世界でも屈指の高難易度である。

 出現するモンスターは地竜。魔物の中でも強力な種族だ。


 :下層のドラゴン相手にソロ、しかも此処は29層まである超大型だ。控えめに言って超貴重映像になるな

 :でも泊まり掛けでしょ?本当に配信したまま行くの?

 :下層攻略を配信なんて、最高にクールだぜ!感謝しなきゃなぁ!地母神によ!

 :でも実際、深層探索者はそれ位できるんだよなぁ。人間辞めてるぜ


「私はマスターみたいに人間辞めてないので、下層の床を破壊したりは出来ないです。なので、最低でも数日の長丁場になると思います」


 私が現在所属するギルド、マーナガルムのギルドマスター、ギルベルトさん。

 現役の深層探索者である彼ならば下層の床も破壊出来るが、私にはまだ無理。

 必然、長丁場になる。下層での長期間配信など殆ど自殺行為同然だ。

 でも、だからこそ価値がある。世界でも数えるほどしかいない深層探索者。その末席に、新たに加わる瞬間を全世界に生放送、なんて、そんな事をしているのは私の知る限り自分だけ。


「ですが、この配信で私は人間を辞める!...半分だけですけど」

 握り拳を作って言い切る私。


 :うぉおおお!!セシルん最強!セシルん最強!

 :セシルん最強!セシルん最強!セシルん最強!

 :『こんな楽しそうな催しをしているとは。新たな同胞候補は頭が可笑しいらしいね』

 :『Wooooooooooo!!!セシルん!セシルん!セシルん!holy shit!!なんで私は彼女に貢げないんだ!誰でもいいから私の助手をせっとk――』


「それでは。これより、下層攻略を開始します」

 眼前には、21階層へと続く階段。

 怪物達が手をこまねいて待っている、その入り口に、私は笑顔を顔に張り付けながら踏み出した。



 ♢ ♢ ♢



 神奈川ダンジョン下層・竜の虚――第21階層

 なだらかな起伏を描いた荒野が何処までも続いている。所々に大きめの岩が転がってはいるものの、視界を遮るものはそれと丘陵のみ。

 私がいるのは、その丘のてっぺん。小手調べの為に獲物を探していた。


 :うわぁ...まじで何もないな

 :目が合ったらバトル!って感じのフィールドね

 :これが70kmも続いてるんだからやべぇよなぁ

 :ん?なんか揺れてね?


 辺りを見渡していたその時、地面が少しだけ揺れる。

 微かなその前兆を認識した瞬間、私は既に大きく横に飛んでいた。

 そして、一瞬前に私が居た場所に向け、地面から大きな竜が大口を開けて飛び出してきた。


「グゥォォオオオオオオ!!!」


 :うわぁあああ!出たぁああああ!!

 :画面越しでも迫力やばいな......


「早速出ましたね。この地竜の呼称は潜岩竜せんがんりゅう。初撃は地中からの不意打ち、それを外したら、魔法を乱打してきます。このように」


 砂色の体色をした、平らな身体の地竜、潜岩竜。

 口が大きく発展したそいつは、初撃を外した数瞬後に地魔法を発動。着地したばかりの私に向け、全方位から砂礫が襲い掛かってきた。

 それを私は、最小限の動きで捌いてゆく。


 :初っ端から殺意高すぎなんですけど!

 :魔法発動まで早すぎじゃね?

 :もしかして不意打ち避けられるの読んでたとか?IQ高杉!

 :っておい!何か口に溜めてない?


 その場から動かずに砂礫を捌き続けて十数秒。

 潜岩竜の大口に多大な魔力が集まるのを確認した私は、魔力を取り込んで雷魔法を準備、――次の瞬間。私を囲うように、地面が隆起してきた。


 ;はぁああ?!閉じ込める気か?!

 :閉じ込めてからの竜の吐息とは、恐れ入るね。ちびりそう

 :セシルんが見えなくなったぞ!

 :おいおいこれ大丈夫なのか?!


 隆起した地面が私と奴の視界を遮ったのを見計らい、私は全力で地面を殴りつける。

 舞い上がった砂塵は、唯一の逃げ場を求め空高く舞い上がる。それに紛れて、私は全力で跳躍した。

 潜岩竜はすぐさま反応し、狙いを変えて来るが、遅い。悪化した視界のせいで、一瞬反応が遅れている。

 その隙を利用して準備していた雷魔法を発動。

 空中と私の足に強力な磁気を纏わせる。そして、反発する強力な磁力を仮の足場とし、空中で踏み込んだ私は、その勢いのまま潜岩竜の大口に上から蹴りを叩き込んだ。


 ボッカァァァアアアアアン!!!!


 :アイェエエエエエ?!!一体何が起こった?!

 :俺馬鹿だから分からねぇけどよぉ......馬鹿だから分からねぇわ

 :あ...ありのまま今起こった事を話すぜ!セシルんが閉じ込められたと思ったら、何時の間にか潜岩竜の上に移動していて、蹴りを叩き込んでたぜ...


 口の中で暴発した竜の吐息は、地面に突き刺さった頭を中心として、大きなクレーターを作り出した。

 その中心では潜岩竜が痛みに悶えているが…まだだ。まだこれ位では倒せない。

 でも、これで穴の底に落ちきるまで地面に潜るのは不可能。

 それまでに決める。


 接触の際に鱗に絡ませておいた鉤縄を手繰り寄せ、空中の潜岩竜に接近。

 そのまま双剣で目を狙う!


 ギャリリリリリリリリリ!!!!


 しかし、不快な音を立て、寸前で下りて来た瞼に刃は阻まれてしまった。

 ......固い。やはり少量の魔力じゃ強固な鱗は突破できない。なら――

 鱗を突破するのを早々に諦めた私は、潜岩竜の頭を蹴って一足先に地面に着地。そのまま潜岩竜が落ちて来るのを待つ。


 :え?セシルん攻撃やめちゃったけど......

 :剣が瞼に弾かれてたからね。魔力を出来る限り使いたくないんだろう

 :いやでも殆ど誤差じゃない?ほんの少し魔力を使うだけで鱗を切り裂けると思うけど...

 :まぁ何か考えがあるんでしょ


 私の上から、大口を開けた潜岩竜が降って来る。

 そのまま私を嚙み砕くつもりなのだろう。でも、それを待っていた。


「魔を、誅す!」

 双剣の片割れに雷魔法で磁気を纏わせた私は、奴の口の中目掛けて全力で投擲するっ!


「ハァッ......!!」


 それに反応した潜岩竜は口を閉じようとするが、もう遅い。

 頭に絡ませた鉤縄の先端は、強力な磁気を帯びた特別製だ。

 強力な磁力で引き寄せられた剣は、既にボロボロだった口内に到達。そのまま頭蓋を貫いた。


 ドォオオオオン!!


「ふぅ...」

 落下した潜岩竜が素材と魔石に変化してゆくのを確認すると、ため息を一つ。

 私は消えゆく竜に近づき、遺骸から剣と鉤縄を回収した。


 :.........うぉおおおおお!!

 ;セシルん最強!セシルん最強!セシルん最強!

 :下層の魔物相手に殆ど消耗なしか。ヤバいな

 :マジで行けるぞこれ

 :セシルん!セシルん!セシルん!セシルん!セシルん!

 :『悪くない腕だ。最小限の魔力で最大限の結果を。君とは気が合いそうだな』

 :『Fuuuuuuuuuuuu!!!cuteな容姿から繰り出されるcoolなfight!やはり彼女は最高だ!その双剣を私の胸に投擲してk――』


「取り敢えず、下層での一戦目は殆ど消耗せずに勝てました。まだまだ先は長いので、進みながら戦いの振り返り等をしましょうか」

 そう言ってカメラに笑いかけ、私は更なる下層を目指して歩いて行く。



 ♢ ♢ ♢



 神奈川ダンジョン下層・竜の虚――第22階層


 順調に21階層を踏破し、22階層に足を踏み入れて先ず感じたのは、違和感。それも強烈な。

 ――生物の気配が無い。全く感じられない。

 未だ22階層なのだから、そこら中に溢れている訳でもないのはそうなのだが、それにしても多少は感じる筈。

 すぐさま魔力を取り込み、雷魔法を発動。電子を操作、拡散させて、魔物の反応を探る。

 ......やはり反応は返ってこない。半径1kmの範囲に、魔物は存在しない。


 :なんか固まってるけどどうしたんだ?

 :セシルん?

 :何かあったのか?

 :『......静かすぎるな。画面越しだから何とも言えないが、妙な雰囲気だ』

 :露語で静かすぎるって言ってる人がいる。魔物が少ないってことか?

 :『badなvibeだ。セシルん、引き返した方がいい。助手にfu〇kされかけた時を思いd――』

 :Ms.セシル 悪い事は言わないので引き返した方が吉です。このゴミの感は良く当たる


 明らかな異常事態。僅かに残る慎重な私は、引き返すべきだと全力で叫んでいる。

 .........でも、それでどうなった。

 一日たりとも忘れた事はない。慎重な道を選んだ、その結果を。


 僅かな逡巡を経て、決断した私は足を一歩踏み出した。――瞬間


『――ヴゥォォォォォオオオオオオオ!!!!!!!!』

 ドッゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!


 地平線の彼方より、魂にまで響く雄叫びが此処まで届いた。

 それと同時。噴火でもしたのかと錯覚するほどの衝撃音を轟かせ、はるか遠くの地面から、階層天井まで届くほどの砂塵が舞う。


 その中心では、此処からでは豆粒ほどの大きさにしか見えない何かが、凄まじい勢いで天井まで跳び上がっていた。




 ――――――もう、逃げられない。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 九割九分九厘

 〇口竜 ハプ〇ボッカ

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