第19話 女神の涙と、義妹の涙

「エミーリア様、とてもお似合いです」

「女神の涙がお似合いになるのは、エミーリア様だけです」

「エミーリア様は、オーフィリア国の女神さまです」


城内の女性たちに宝石を見せびらかし、私に似合うかしら? と言いまわるエミーリアに対して、次期王妃を皆が褒めたたえる。

当然私にも宝石を見せつけてきたエミーリアは、勝ち誇ったように椅子に座ると、私を床に跪かせる。


「特別に義姉様にも見せてあげるわ」


宝石に光が当たるように翳しながら、「みてごらんなさい」と、宝石を見るように指示する。

宝石なんかに興味なんかないけど、逆らったらどんな罰を受けるか分からない、だから私はゆっくりと顔をあげて宝石を見る。

確かに見たこともない輝きをもつ宝石だった。『女神の涙』と言われている価値は十分にあると、少しだけ見入ってしまう。


「私に相応しい輝きだと思わない」

「よくお似合いです」

「そうよね、宝石の方が負けてしまったら可哀想だわ」


世にある宝石よりも自分の方が美しいと言いながら、女神の涙は特別なのだと、うっとりとした声を出す。


「こんなにもエリオット様に愛されるなんて」


王妃の証を贈られたことで、エミーリアは羨ましいでしょうと言いたげに私を見る。それから義姉様と血が繋がっていたら、きっと同じように美人になれたのに残念だわと、鼻で笑いだす。


「私と義姉さまでは、まるで月と小石ほど違いますものね」


輝きが違うと、まるでゴミを見るように見下されて、私は口を閉じる。

エミーリアに比べたら、私はとても綺麗とは言えない。平凡というのがきっと正しい。

ただ自慢をしたいだけなのは分かっているけど、エミーリアはもう手が届かないくらい遠い存在となり、口を開くことが出来ない。

神様が私の家を残してくれた。いつかきっと戻る、それだけを胸に秘めて、私はエミーリアの前に跪いたままじっと耐える。

しばらく続いた自慢話と私を虐げる言葉は、ふと終わりを迎え、目の前に何かが転がってきた。それは小さな石ころ。


「義姉様にお似合いの石を見つけたの」

「……石?」

「磨いたら輝くのではなくって?」


宝石だって磨けば輝く、その石を磨いてみたらどう? と、笑いを堪えながらエミーリアが言う。これはどう見ても石で、磨いても輝きなど出てくるはずがない。だけど、ここで反論なんかすればエミーリアの思う壺だと、私はグッと歯を食いしばりながら石を拾い上げる。


「ありがたく頂戴いたします」


心にもない言葉を吐き出して、私はその石をそっとポケットにしまう。


「もっと喜んでくださる」


せっかく見つけてきたのだからと、エミーリアが要求する。


「……、次期王妃様にこのような素敵なものをいただけ、幸せでございます」

「そうだわ、磨いたらぜひ見せてくださいね、義姉様」

「分かりました……」


最後まで私を馬鹿にしたエミーリアは、存分に自慢話ができて、満足そうに席を立つと素敵なドレスを翻して、そのまま自室へと戻って行く。

残された私は、エミーリアの姿が完全に見えなくなったころ、ゆっくりと立ち上がり、ポケットにしまった石を取り出す。


「仕事、……増えちゃった」


これを磨いてエミーリアに見せないといけないと、ふと零れた笑みは、弱さを隠すため。

必ずセシルのいる家に戻るのだと、私は負けないと再度強く誓った。






重大な事件が起こったのは、エミーリアが女神の涙を贈られてからすぐだった。

いつものようにフォリアがラーハルドと本の話で盛り上がって、内緒の時間を過ごしているときだった。

突然エミーリアが城に戻ってきたのだ。

当然、戻ってきたことを知らないフォリアたちは、仲良くお茶を。

そして、それを目撃したエミーリアの怒りは頂点へ。


「なぜ義姉様がラーハルド王子と一緒に……」


仲良く話している姿を目撃してしまい、エミーリアは壁に姿を隠してその様子を伺う。

まるで友達のように会話をして、とても楽しそうにしているフォリアに憎しみの念を抱く。


「まさか」


二人の楽しそうな姿を見て、エミーリアはラーハルド王子とフォリアが結婚するのではと、疑惑を浮上させた。そんなことになれば、フォリアも王族としてもてなされる、それだけは嫌だと、エミーリアはドレスを強く掴む。


「絶対させないわ」


ラーハルド王子と結婚なんて、どんな手を使ってもさせないと、エミーリアは急いで母マリッサの元へと駆けた。






その夜、エミーリアは母であるマリッサを部屋に招き入れると、ラーハルド王子とフォリアの関係について話をした。

全てを話し終えたエミーリアは、マリッサに抱きつき、突然泣き出すような声をあげた。


「お母様、義姉様が同じ王族なんて嫌よ」


ラーハルド王子と結婚なんてことになったら、姫として扱われる。それが我慢ならないと、エミーリアはマリッサに縋る。


「なんて卑しい女なのかしら」

「ラーハルド王子と結婚するなんて、絶対に嫌っ」

「私の可愛いエミーリア、そんなに泣かないで」


マリッサは、エミーリアの頭を撫でながら、フォリアを忌々しく思う。

どんな手を使ってラーハルド王子に近づいたのかは分からないが、愛する娘エミーリアと同じ王家に入るなど、厚かましいにもほどがあり、身の程を知れと、マリッサの心は怒りに満ちる。

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